フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 TSMC半導体工場の国内誘致と岸田政権の経済安全保障政策

TSMC半導体工場の国内誘致と岸田政権の経済安全保障政策

2021/10/18

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

政府は台湾半導体メーカーの新工場を国内に誘致

TSMC(台湾積体電路製造)が、日本国内で初めてとなる新工場を建設し、2024年の稼働開始を目指す方針を10月15日に発表した。TSMCは、半導体の総売上高で米インテル、韓国のサムスン電子に次ぐ第3位の半導体メーカーだ。時価総額は約60兆円で、日本のトヨタ自動車の2倍近い規模である。

TSMCの半導体工場は、熊本県内にソニーグループと共同で建設し、画像センサー用半導体や車載用半導体などを生産する見通しだ。回路線幅が22~28ナノ・メートル(1ナノ・メートルは10億分の1メートル)のロジック半導体を生産する。国内の半導体工場で作れるのは40ナノ・メートルの普及品までで、ロジック半導体の技術はもはや失われた状態だ。それでも、スマートフォンなどに用いられる10ナノ・メートル前後の最先端半導体の供給確保は、今後の課題として残る。

政府は6月に、「半導体・デジタル産業戦略」を策定し、半導体のてこ入れに「国家事業として取り組む」と宣言した。半導体を含む先端技術に関わる原材料の調達先を中国企業から別の国へ振り替えるなど、各国ともサプライチェーン(供給網)の見直しも迫られている。そして日本は米国から、中国を外した半導体のサプライチェーンの構築を求められている。

しかし、日本メーカーの半導体製造は、かなり弱体化してしまった。1980年代には日本の半導体産業は世界で首位であったが、今やシェアは10%程度まで低下してしまった。しかも、先端半導体は製造できない。また政府が主導して国内3社を統合したエルピーダメモリは2012年に経営破綻するなど、これまで政府による半導体産業の育成策は失敗している。

コスト面など課題が山積

そこで政府は、海外企業を誘致するという、いわば中途採用で新事業に対応しようとしているのである。しかし、それはかなり高くつく。TSMCは新工場の設立に1兆円程度を投入すると見られているが、そのうち数千億円、あるいは最大で半分を政府が補助する見通しだ。工場誘致にはかなりの財政資金が投入されるのである。国民が負担する財政資金が、海外に流出してしまうことを意味するものだ。

これを、日本の半導体メーカーの復活へつなげていくことが政府には求められる。ただしそこにも追加のコストがかかる。先端半導体の製造が日本メーカーに引き継がれる前に、TSMCが撤退してしまうリスクもあるだろう。

政府がTSMCを選んだ背景には、台湾が中国と対立していることがある。台湾企業を誘致するのであれば、半導体の調達で中国依存度を下げるという米国側の要請や、経済安全保障上の日本政府の方針とも整合的となる政治色の強い決定だ。

しかしそれだけではなく、台湾海峡の緊張が高まる中、有事の際に台湾から半導体の調達が難しくなる事態に備える、という狙いもあるのではないか。だが、今回のTSMC新工場の国内誘致は、中国をかなり刺激することになるだろう。その結果、台湾海峡を巡るリスクを高めてしまうことにはならないだろうか。

さらに重要なのは、TSMCへの巨額の補助金は、世界貿易機関(WTO)のルールに違反する疑いもあるという点だ。日本は、輸出補助金を中心に、中国の補助金政策を米国と共に強く批判してきた。今回のTSMCへの巨額の補助金が、今後、日本が中国の補助金政策を批判することの制約となってしまう可能性があるのではないか。

本格化する経済安全保障政策の課題

岸田政権は、中国への対抗を強く意識して経済安全保障政策を本格化させる。TSMC新工場の国内誘致は、その一環と位置づけられる。しかし、今回の件も踏まえて改めて検討すると、経済安全保障政策には看過できない課題も残されており、慎重な執行が求められると考えられる(コラム「岸田政権の経済安全保障政策を検証」、2021年10月6日)。

第1に、国産化、内製化を急速に進めようとすると、割安な輸入品が割高な国内製品、サービスに置き換えられることでコスト高が生じる。これは経済活動にもマイナスとなってしまう。そしてこれは、日本が国是とする自由貿易の推進に逆行するのである。国産化、内製化は、コストや貿易への影響にも十分配慮し、分野を絞って進めることが求められる。

第2に、経済安全保障政策の推進が、財政環境を一段と悪化させてしまう恐れがある。政府は経済安全保障の観点から、人工知能(AI)やバイオ、ロボットといった先端技術を育成するために、1千億円規模の基金を創設する考えだ。これが成長力強化につながらなければ、国民負担だけが残ることになる。

第3は、経済安全保障政策は、対中戦略を強く意識したものであり、また、バイデン米政権の中国包囲網戦略とも深く関わる。米国は今後も中国との間のサプライチェーンの分断を進めていくとみられる。

しかし今回の件も含めその政策を推進させれば、中国との政治的関係をいたずらに悪化させてしまう恐れがある。その結果生じる中国との経済・貿易関係の変化は、日本経済に悪影響を与える可能性が高いだろう。

日本の国益を考えれば、外交、安全保障政策では米国と強く連携しつつも、中国との間の経済関係の悪化はできるだけ避けるよう優れたバランス感覚も求められるところだ。

(参考資料)
「TSMC:台湾のTSMC、日本に工場建設 半導体確保、「国策」正念場」、2021年10月16日、毎日新聞
「TSMC新工場に政府補助 経済安保と公正さ、両立課題」、2021年10月15日、日本経済新聞電子版 1291文字
「台湾半導体大手、日本に工場 熊本検討 政府、5000億円支援で調整」、2021年10月15日、朝日新聞
「台湾半導体の新工場、日本の経済安保に追い風 TSMC誘致」、2021年10月15日、産経新聞速報ニュース

執筆者情報

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn