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子ども給付を巡り混乱が見られる経済対策論議

2021/11/16

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経済対策では子ども給付を巡り大きな論争

政府が検討している追加経済対策の原案が、15日に自民党に示された。最大の争点は子ども給付である。先般の衆院選で、自民党は困窮世帯への支援を公約で打ち出したが、具体策は敢えて示さなかった。他方、公明党は0~18歳のすべての子どもに一律10万円相当を支給する「未来応援給付」を公約に掲げ、選挙後はその実現を政府、自民党に強く迫った。

政府・与党が18歳以下の子どもに10万円を給付する方針を固めた、との報道が出た5日には、高市政調会長は不満をあらわにしたという(コラム「子供への給付金の経済効果とその課題」、2021年11月8日)。その後、政府・自民党と公明党との間の議論は、所得制限に集中した。困窮世帯への支援を掲げてきた自民党は、バラマキとの批判を避ける観点からも、子どもへの10万円給付に、親の所得を基準にした所得制限を設けることを公明党に強く要求したのである。

そして10日になって、両党は、子ども給付を受け取る世帯の所得が年間960万円未満であることを条件とする所得制限で合意した。この場合、給付の総額は1兆6,550億円、その経済効果については個人消費を6,630億円押し上げると試算される(コラム「自民党と公明党が子ども給付で合意に」、2021年11月10日)。

子ども給付の設計には大きな問題

しかし、子どもへの給付というのは、コロナ対策としては意味不明である。個人を経済的に支援する主旨のコロナ対策は、コロナ問題によって所得基盤を失った国民を救済・支援するものだ。しかも、失業保険、生活保護などの既存のセーフティーネットの制度で十分に対応できない国民に、一時的に資金を提供するものである。さらに、補正予算編成によって実施される経済対策は、緊急性の高いものであるはずだ。

ところが、子ども給付を支給される世帯、いわゆる子育て世帯が受けているコロナ問題の影響はまさに様々だ。所得を大きく減らした世帯もあれば、コロナ問題が追い風となり、むしろ所得が増えた世帯も少なくないはずだ。960万円の所得制限を付けても、18歳以下の子どもを持つ世帯の9割程度が対象になる。

児童のいる世帯は、全世帯の22.1%(2018年)である。所得制限がついても、全世帯の5世帯に1世帯程度が給付の対象となる計算だ。コロナ対策としては、給付の範囲が広すぎる。さらに、960万円を基準とする所得制限では、かなりの高所得の世帯も対象に含まれてしまい、コロナ問題の影響で困窮した世帯の支援とは到底言えないものだ。

960万円未満の所得制限を付けても、対象から外れる18歳以下の子どもを持つ世帯は1割程度にとどまることから、「分断は生まれない」として、公明党はこれを受け入れる考えを示した。他方、所得制限を付けることは不公平感を生む、との意見も聞かれる。しかし給付制度は、そもそも所得が大幅に減り、また生活が困窮している一部の人に対して実施するものであり、それを分断や不平等とするのはおかしいことだ。

政策目的が不明確な子ども給付制度

今回の子ども給付は、果たしてコロナ対策なのか、それとも教育費などの負担が大きい子育て世帯への支援策なのか、また、子育て世帯への支援を通じて出生率の引き上げを目指す人口対策なのか、あるいは景気浮揚を目指す景気対策なのか、全く不明である。仮に子育て世帯への支援策、あるいは人口対策なのであれば、それはこのような一時的な経済対策ではなく、新たな制度の創設や児童手当の拡充など既存の制度の見直しで対応すべきである。

コロナ対策ということであれば、子供に給付するのではなく、働く人の所得がコロナの影響によってどの程度減少したのかを基準に給付対象を絞り込み、それに所得制限を付ける、というのが適切なやり方だろう。

また、現時点で景気浮揚を主に目指す政策は不要ではないか。コロナ感染リスクを低下させることが、最大の景気対策である。また、それが達成されれば、政策的な支援がなくても民間需要は自然と高まるはずだ。この観点からも経済対策に含まれるGOTOトラベル事業は問題だ(コラム「GoToトラベル再開で3.8兆円の景気浮揚効果:再開には慎重な検討も」、2021年10月27日)。

混乱続く子ども給付の所得制限の議論

960万円未満の所得制限とは、世帯構成員のうち所得が最も高い人が960万円未満、という意味と当初説明された。これに対して、世間では大きな批判が巻き起こった。例えば、父親が年収950万円、母親が年収950万円で子供が二人の世帯では、合算所得が1,900万円の高水準であるにも関わらず、子供2人分の20万円の給付が貰える。他方で、父親が年収970万円、母親が年収0円の専業主婦で子供が二人の世帯では、合算所得が970万円とそれより低くても、子供2人分の20万円の給付は貰えないのである。

これに対して、世帯構成員のうち所得が高い方を基準にするのではなく、世帯構成員の所得の合算を基準にすべき、との意見も高まっていた。

15日に岸田首相が「世帯主ごとで判断する」と発言したことで、上記の批判を受けて政府が、世帯主の所得を基準とするように修正した、と受け止められた。ところが、16日の会見で松野官房長官は、「児童手当における所得制限と同様、主たる生計維持者の収入を基準に判断されることになる」と述べ、世帯の中で所得が最も高い人の年収で判断する、と修正したのである。

岸田首相が単に誤解を招くような表現で説明してしまっただけなのか、それともその時点では修正を考えていたのかは明らかではない。いずれにしても、世帯の所得条件と口座情報が把握されている児童手当と同じ制度設計とすることで、迅速な子ども給付を行うことを目指す公明党の考えが強く反映されたことは間違いない。

ただし、既に述べたように、子ども給付は果たしてコロナ対策の名に値するのかどうか、困っている人を救うことになるのか、その政策目的がはっきりしているのか、19日の経済対策決定までに、もう一度しっかりと考え直す必要があるのではないか。

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