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資金調達機能が加わるダイレクト・リスティング

2021/01/05

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2020年12月22日、米国の証券取引委員会(SEC)は、ニューヨーク証券取引所(NYSE)が申請した新たなダイレクト・リスティング(direct listing)の制度を創設する取引所規則改正を正式に承認した(注1)。

ダイレクト・リスティングとは、引受証券会社が予め定められた公開価格で株式を投資者に分売した上で上場する伝統的なIPO(株式新規公開)とは異なり、新規上場会社の既存株主が、上場日に市場で直接株式を売却するという上場手法である(注2)。創業者やベンチャーキャピタルなどの既存株主に対する上場後の保有株式の売却禁止(ロックアップ)が求められないことや引受証券会社への手数料支払いが不要である点などがIPOにはないメリットだとされ、スポティファイやスラックといった著名IT企業が新規上場時に活用したことで近年注目を高めている。

今回SECによって承認されたNYSEの規則改正は、これまで既存株主による株式の売出しのみで実施されていたダイレクト・リスティングに際して、新規発行株式の募集を行うことを認めるというものである。つまり規則改正が承認されたことで、ダイレクト・リスティングは従来の上場手続きの一変形というだけにとどまらず、新規上場会社による資金調達手法の一つへとその機能が拡張されることとなったのである。

規則改正の概要

今回のSECによって承認されたNYSEによる規則改正の内容は概ね次の通りである。

  1. 証券会社による引受行為を伴わない新規上場であるダイレクト・リスティングに「売出しによるダイレクト・リスティング(Selling Shareholder Direct Floor Listing)」と「募集によるダイレクト・リスティング(Primary Direct Floor Listing)」の2つのカテゴリーを設ける。
  2. 前者は従来のダイレクト・リスティングと同じものであり、SECへの登録を経ない私募によって株式を取得した既存株主が、新規上場会社が登録届出を行った有価証券届出書の効力発生に合わせて株式を取引所市場で売却するというもので、新株発行による資金調達を伴わない。一方、後者は、新規上場会社が有価証券届出書をSECに提出し、取引開始時にオークション方式で決定される初値で新株を発行して資金調達を行う場合を指す(注3)。
  3. 売出しによるダイレクト・リスティングに適用される上場基準の規模基準は、独立の第三者による鑑定意見及び取引所や登録ブローカー・ディーラー(証券会社)によって運営される未公開株の取引システムにおける取引価格に基づいて、新規上場会社の役員や10%以上を保有する主要株主等の保有分を除く浮動株(publicly-held shares)の時価総額が1億ドル以上となる見込みであることとする(注4)。ただし、浮動株時価総額が2.5億ドル以上となる見込みである場合には未公開株取引システムでの取引実績がなくともダイレクト・リスティングによる上場が認められる。
  4. 募集によるダイレクト・リスティングの場合、上場初日に新規上場会社が売付ける株式の総額が1億ドル以上であれば上記の浮動株時価総額1億ドル以上という基準を満たしたものとする。一方、上場初日に新規上場会社が売付ける株式の総額が1億ドルを下回る場合は、売付けられる株式と上場前から存在する浮動株との合計が2.5億ドル以上となることを求める。ここで上場前から存在する浮動株の時価は、有価証券届出書に記載された想定価格水準の下限の数値を用いて算定する。
  5. いずれのダイレクト・リスティングについても、株主数基準(100株以上を保有する株主が400人以上)、株式数基準(浮動株式数110万株以上)、株価基準(上場時の株価4ドル以上)といった新規上場の数値基準が通常のIPOと同様に適用される。
  6. 募集によるダイレクト・リスティング時に利用される新たな注文形式として発行者ダイレクト・リスティング注文(Issuer Direct Listing Order、IDL注文)を導入する。これは募集によるダイレクト・リスティングの上場初日の取引開始時に新規上場会社によって出される注文で、その指値は有価証券届出書に記載された想定価格水準の下限の数値と同一のものとされ、その数量は新規上場会社が売付ける株式の総数と一致させるものとする。IDL注文のキャンセルや変更は認められない。上場時の初値形成は、IDL注文とそれに対当しようとする買い注文の需給状況を見極めながら取引所の指定マーケットメイカー(DMM)が遂行する。

紆余曲折を経た承認

実は今回の規則改正をNYSEが公表したのは、2019年11月のことであった。そこから改正の実現までに1年以上の期間を要することとなった一因は、少なからぬ市場関係者からダイレクト・リスティングの利用が拡大されることで引受証券会社による審査(デュー・ディリジェンス)や公開価格の決定といった従来のIPOに伴うプロセスを通じて維持されてきた投資者保護の水準が低下しかねないといった懸念が示されたためである。

とりわけ、年金基金を主要メンバーとする機関投資家評議会(Council of Institutional Investors: CII)は、2020年8月にいったん行われたSECによる規則改正承認決定に異議を唱え、改めて改正の是非を検討するよう求める請願文書を提出した。今回のSECによる承認は、この請願を受けて行われた再審査の結果を踏まえたものである。

今回SECによって承認されたNYSE規則改正の内容で、NYSEが当初公表した案や2019年12月にSECによって受理された案と最も大きく異なる点は、募集によるダイレクト・リスティングにおける初値形成のプロセスに関して詳細な規定を設け(上記の6)、新規上場会社やそのファイナンシャル・アドバイザー等が恣意的に価格を操作するといった懸念を払拭しようとしていることにある。

SECはダイレクト・リスティングに期待されるメリットを認めつつも、募集によるダイレクト・リスティングでは初値形成時に新規上場会社が唯一の売り手となるため、新規上場会社自身や売付け価格についてアドバイスを提供するファイナンシャル・アドバイザー等が価格形成過程に不当な影響力を及ぼす懸念があることは否定できないと考えてきた。

NYSEは、そうしたSECの懸念に応え、ファイナンシャル・アドバイザーと協議した上で有価証券届出書に記載した想定価格水準の下限を指値とするIDL注文という制度を新たに導入することとした。また、新規上場会社がファイナンシャル・アドバイザーと協議する際には株式募集時の不正な空売りを禁じるレギュレーションMを初めとする相場操縦防止のために設けられている証券法令の諸規定を遵守することを求めることとしたほか(注5)、当初提案していた株主数基準についての猶予期間(注6)の制度を撤回したのである。

規則改正の意義

今回NYSEによる規則改正が承認されたことで、ダイレクト・リスティングは、創業者等による換金と創業者利得実現の手段から新規上場会社による資金調達手段へとその機能が拡張されることとなった。NYSEのステイシー・カニンガム社長は、今回の改正は「我々の資本市場におけるゲーム・チェンジャーとなる」とその意義を強調した。

ベンチャー企業やベンチャーキャピタル関係者の中には、ダイレクト・リスティングはIPOのプロセスを「民主化」し、投資銀行の関与を排除することにつながるといった見解もみられるようである。しかし、筆者は、ダイレクト・リスティングが従来型のIPOを一掃する存在となるかどうかは疑問だと感じている。

従来型のIPOには、引受証券会社によるデュー・ディリジェンスで新規上場会社の「品質」が一定程度保証されるとともに、ブック・ビルディングを通じて妥当な公開価格決定が行われるというメリットがあるとされる。それとともに忘れてはならないのは、引受証券会社によるマーケティングが適切になされることで、適正な初値形成が実現し、その後の市場における流動性の確保が図られるという点である。

NYSEが新たに導入する募集によるダイレクト・リスティングでは、ファイナンシャル・アドバイザーの関与やIDL注文の採用を通じて、デュー・ディリジェンスや妥当な公開価格の決定といった機能はある程度まで代替できることも想定される。しかし、ダイレクト・リスティングを志向する新規上場会社のすべてが適正な初値形成を実現できるような投資者の需要を確保できるかどうかは未知数である。

これまでダイレクト・リスティングを実施したスポティファイやスラックといった企業は、上場前から知名度が高く、個人を含む多くの投資者の高い関心を集めた。しかし、知名度がそこまで高くない企業が募集によるダイレクト・リスティングを行おうとすれば、指値や数量の変更が許されないIDL注文で募集株式を売付けることが、想定を下回る規模の資金調達しか実現できないという結果につながる可能性もあるだろう。その点、引受けを伴う従来型のIPOであれば、手数料の支払いというコストは要するものの、証券会社と合意できさえすれば計画通りの資金調達が可能である。知名度を含む見込み違いで買い需要が低迷したとしても、その結果は初値の下落であり、調達資金の不足ではない。

もちろん今回の規則改正の意義は過小評価できない。今後、米国におけるダイレクト・リスティングがどこまでの拡がりを見せるのか、日本のベンチャー株式市場のあり方に対してどのような示唆を与えるのかを含め、大いに注目されるところである。


(注1)SEC, Release No. 34-90768, Order Setting Aside Action by Delegated Authority and Approving a Proposed Rule Change, as Modified by Amendment No. 2, to Amend Chapter One of the Listed Company Manual to Modify the Provisions Relating to Direct Listings, December 22, 2020.
(注2)ダイレクト・リスティングを直訳すれば「直接上場」となるが、日本の株式市場では「直接上場」はIPO時に東証(東京証券取引所)マザーズ市場やジャスダック市場、東証二部市場といった区分でなく東証一部市場に株式を上場することを指す。そこで誤解を避けるために、あえて原語の表現をそのまま用いることとする。
(注3)厳密に言えば、規則案では「新規上場会社が売付ける株式」を問題としており、新株発行だけでなく、新規上場会社による保有自己株式の売出しも含まれることになる。
(注4)従来型のIPOによってNYSEに上場する場合の最低基準は、浮動株時価総額4,000万ドルである。
(注5)レギュレーションMは、株式募集時に予め空売りを行った者に募集株式を割り当てる行為やIPO時に市場での株式の追加購入を約束させる行為など株式募集に伴う相場操縦につながりかねない不正な行為を禁じるSEC規則である。
(注6)募集によるダイレクト・リスティングで2.5億ドル以上を調達する新規上場会社は上場後90日以内に達成することで足り、当該猶予期間は改善計画の提出によって6カ月以内の範囲で延長できるというもの。

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