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中国企業3社の上場廃止に向かうNYSE

2021/01/08

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大手中国企業のADRが取引停止へ

2020年の年末から2021年初めにかけて、米国のニューヨーク証券取引所(NYSE)が自市場に上場する中国企業のADR(米国預託証券)の取引をめぐる方針を二転三転させ、市場関係者を困惑させた。

NYSEは2020年12月31日、中国電信(チャイナ・テレコム)、中国移動(チャイナ・モバイル)、中国聯通(チャイナ・ユニコム)香港の3社のADRの上場廃止手続きを開始することを公表したが(注1)、年明け後の1月4日になって、「関係当局との更なる協議の結果」上場廃止の方針を撤回した。ところが、その2日後の1月6日には、改めて上記3社のADRが1月11日以降取引停止となり、上場廃止手続きが進められることになると発表したのである(注2)。

中国軍関連企業への投資を禁じる大統領令

事の発端となったのは、ドナルド・トランプ大統領が2020年11月12日に署名した、「共産主義中国の軍事企業に資金を供給することとなる証券投資の脅威に対応するための大統領令」(大統領令13959号)である(注3)。

この大統領令は、近年激化している米中の対立を背景として発出されたものであり、その内容は、国防長官が国防承認法の規定に基づいて「共産主義中国の軍事企業」であると認定した企業の発行する上場証券やその関連デリバティブ商品については、2021年1月11日以降の米国民による取引や保有を禁じるというものである。ただし、1月11日時点で既に保有している上場証券等に係るポジションを解消するために2021年11月11日までに行われる取引は、この禁止の例外とされる。また、新たに「共産主義中国の軍事企業」であることが認定された企業の発行する上場証券等については、認定の60日後以降は取引等が禁じられるが、認定後1年以内に行われるポジションを解消するための取引は許容される。

大統領令の付属文書では、「共産主義中国の軍事企業」と認定された航空宇宙、造船、建設、通信等の31企業が掲げられていた。国防省は、その後12月3日になって4社を追加認定した。今後テンセントやアリババといった著名企業が、認定企業のリストに追加される見通しであるといった報道もなされている。

今回取引停止となる3銘柄の発行会社は、いずれも当該会社自体もしくはその親会社が「共産主義中国の軍事企業」リストに明示されており、11月の大統領令の内容を見る限り、上場廃止となることはやむを得ないように思われる。

NYSEは、最終的な決定に至るまでに大統領令の規定の解釈をめぐって財務省の外国資産管理局(Office of Foreign Asset Control)と協議してガイダンスを得たとしており、1月4日の上場廃止方針撤回は、財務省当局者の意向をも反映した結果であった。NYSEと財務省当局者がどのようなやり取りを行ったかは不明だが、恐らく、大統領令はあくまで米国民(United States person)による対象銘柄の取引や保有を禁じているだけであり、NYSEで取引する主体には「米国民」以外も含まれることやポジション解消のための11月までの猶予期間が設けられていることなども考慮して直ちに上場廃止を進める必要はないという判断がなされたものと推測される。

しかし、各種報道によれば、これに対して財務省トップのムニューシン財務長官や国防省等から異論が出され、最終的に上場廃止手続きが進められることになったのだという。

次期政権下でも基本的な流れは継続?

おりから米国では、トランプ現大統領からバイデン次期大統領への政権移行が進められている。1月6日には、トランプ氏自身の演説によって扇動されたともいえるような状況の下で、同氏の支持者が大統領選挙の結果を確定させるための上下両院合同会議が開かれていた国会議事堂に乱入するという前代未聞の事態が生じたこともあり、党派を超えたトランプ氏の政治姿勢に対する反発が高まっている。そうしたこともあり、中国企業の上場廃止をめぐる動きについても、バイデン次期政権下では対応が変化するのではないかといった推測もなされているようである。

しかし、今回の3銘柄の取引停止がトランプ大統領の大統領令に基づくものだからというだけで、バイデン次期大統領が大きく異なる政策を打ち出すと判断するのは早計だろう。その理由はいくつかある。

第一に、大統領令はあくまで行政の長である大統領の政策的な指示内容を示す法的な拘束力を有する文書であり、トランプ氏の個人的な意向だけを反映するとか恣意的に作成されるようなものではない。トランプ氏が退任した後も、同氏が署名した大統領令は、廃止や改正といった手続きを経ない限り、有効なものとして残る。

もちろん前任者が発出した大統領令の見直しは新大統領が就任直後に手掛ける重要な仕事の一つであり、バイデン次期大統領が11月の大統領令を廃止する可能性も否定できない。また、トランプ氏の就任直後に米国外からの入国を制限する大統領令が出されて混乱した際に、その違憲性や違法性を主張する訴訟が提起されたように、大統領令の内容は司法審査に服するので、問題の規定が違法・無効とされる可能性はゼロではない。とはいえ、政権交代で大統領令の効力が失われるものではないことは留意すべきだろう。

第二に、米国の株式市場から中国企業を締め出そうとするかのような大統領令の内容が、トランプ大統領の対中強硬姿勢を反映するものであることは間違いないが、バイデン次期政権を支える民主党も、中国企業の米国資本市場へのアクセスという問題に関しては、決して大きく異なるスタンスをとっているわけではないのである。

今回の取引停止は、中国軍と関係の深い企業への投資を制限するものであり、もっぱら国家安全保障上の観点から実施される措置だと言える。それとは観点は異なるが、同じように中国企業による米国資本市場へのアクセスを制限するものとして、2020年12月2日に議会で成立し、同月18日にトランプ大統領の署名を得て発効した「外国企業説明責任法」がある。この法律は、外国企業の監査を行う監査法人への米国当局の監督権を強化する等の内容を3年以内に遵守するよう求めるものである。法律の文言上はすべての外国企業が規制対象となっているが、役員に中国共産党の党員が含まれるかどうかを開示するよう求める規定が設けられているなど、中国企業を標的とするものだとの見方が一般的であり、結果的に米国で上場する200社以上の中国企業の半数近くが上場廃止に追い込まれるのではないかといった推測がなされている。

この「外国企業説明責任法」は、共和党が多数を占める上院だけでなく、野党民主党が多数を占める下院でも全会一致で可決されて成立した。もともと自由貿易志向が強く、政府による国際経済関係への過度の介入を好まない共和党とは異なり、民主党は経済活動における公正性に極めて敏感であり、中国企業の経済活動に対する不信感も根強い。一部で強調されているようにバイデン次期大統領個人の対中外交姿勢がトランプ氏のそれとは異なるものとなったとしても、民主党が党派として対中融和的であるといった見方は決して正しくないのである。

おわりに

もちろんバイデン次期政権が発足し、その経済政策に関する姿勢が明らかになるまでは判断の難しいところではあるが、米国の資本市場から中国企業を排除しようとするかのような現在の動きは少なくとも当面は継続しそうである。「共産主義中国の軍事企業」と認定される企業が更に増加するのかどうか、そうした中国企業排除の動きが米国の金融業界、とりわけ資産運用会社や投資銀行にどのような影響を及ぼすのかなど、今後の動向が注目される。

(注1)NYSEの規則では、自社の発行する株式等の上場廃止決定に対して当該上場会社は異議を申し立てることができる。上場廃止の決定は、この異議申し立て手続きを経た後、監督機関である証券取引委員会(SEC)による承認を得て発効する。
(注2)"NYSE Announces Suspension Date for Securities of Three Issuers and Proceeds with Delisting", 1/6/2021.
(注3)"Addressing the Threat From Securities Investments That Finance Communist Chinese Military Companies", 11/17/2020.

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