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ゲームストップ株騒動とペイメント・フォー・オーダーフロー

2021/03/11

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ゲームストップ株をめぐる市場の混乱

米国の株式市場では、コロナ禍の下「ステイホーム」が推奨される中、取引用アプリのダウンロードや取引手数料などがすべて無料と宣伝する証券会社ロビンフッド社を通じて頻繁に売買を行う個人投資家が急増している。そうした中で、2021年1月下旬、投資家向けのネット掲示板 Reddit への投稿内容に刺激された一部の個人が、空売りファンドに対抗するためとしてゲーム小売りチェーンであるゲームストップ社の株式に大量の買い注文を集中させるという事態が生じた。

この時ロビンフッド社が、ゲームストップ社株式の買付けに必要なマージン取引(信用取引)の証拠金引き上げや買付け株式数の制限といった規制措置を突然導入したことで、市場に大きな混乱が生じた。不測の事態の発生を嫌気した投資家による売り注文の急増で、他の多くの銘柄も株価が急落するなど、市場全体に影響が拡がった。

これに対して市場の監督機関である証券取引委員会(SEC)は、市場の混乱を注視しており、投資家保護と公正で秩序ある効率的な市場の確立のために行動するといった内容の声明を2021年1月27日と29日の2度にわたって発表した。また、ゲームストップ株の買いを煽るRedditへの投稿が相場操縦行為に該当するのではないかといった指摘がなされたことも念頭に置きつつ、2月10日と25日にはSNS上で不正確な情報が流布されているとして延べ16銘柄の取引を停止する措置を発動した(注1)。

ロビンフッド社は、ゲームストップ株の取引をめぐる自社の対応について、株式市場における決済サイクルがT+2(約定の2日後に受渡決済を行う)となっていることで、同社を始めとする清算参加資格を有する証券会社(クリアリング・ブローカー)は約定時に清算機関(具体的にはDTCC)に対して一定の証拠金を納める必要があるが、買い注文の急増で証拠金納付のための資金手当てに支障が生じかねなかったためやむを得ず規制措置を講じたと釈明している(注2)。

ところが一部の投資家は、ゲームストップ株を大規模に空売りしていた空売りファンドが買い注文の急増で高騰する株価での買戻しを余儀なくされることを恐れた大手HFT(高速取引)業者シタデル社が、ロビンフッド社に対して買い注文を制限するように求めたに違いないと主張して両社を強く非難した。こうした陰謀論とも呼ぶべき憶測が生まれた背景には、シタデル社がゲームストップ株を大規模に空売りしていた空売りファンドであるメルヴィン・キャピタルの出資者であると同時に、ロビンフッド社に対して多額のペイメント・フォー・オーダーフロー(PFOF:payment for order flow)を支払って同社顧客の売買注文を買い取るマーケットメーカーでもあるという事情があった。

ペイメント・フォー・オーダーフロー(PFOF)とは

このPFOFは、日本の株式市場には見られない慣行であり、かつインターネット上で見つかる日本語情報の中に大きな誤解を含むものも少なくないだけに(注3)、一定の解説が必要であろう。

米国の株式市場では、ニューヨーク証券取引所(NYSE)やナスダック証券取引所に上場される主要銘柄は全米市場システム(NMS)という仕組みに組み込まれている。

米国の株式市場構造は極度に分散化しており、NMS銘柄を売買できる取引市場(trading venue)は16の株式取引所市場と代替取引システム(ATS)など50ヵ所以上もある。それら多数の取引の場で表示される最も高い買い指値と最も低い売り指値が情報システムによって集計され、それらの中で最も売り手あるいは買い手にとって有利な価格が、全米最良気配(NBBO:national best bid/offer)として公表される。顧客からNMS銘柄の売買注文を受託したブローカー証券会社は、原則としてその時点のNBBOよりも顧客にとって不利な価格で注文を執行してはならないものとされる。これが最良執行義務(best execution obligation)である。

ブローカー証券会社が最良執行義務を果たすための有力な方法は、ある瞬間にNBBOを示す取引市場へ自社の対当する注文を回送することである。現在の米国株式市場は、ミリ秒、マイクロ秒単位で注文状況が変化する高速取引の場となっている。そこでNBBOを表示する取引市場の変化に対応して、ある取引市場に回送された注文を他の取引市場へと迅速に転送する高度な取引システムが必要となる。そうした仕組みを構築して顧客注文の最良執行の確保を図る手法をスマート・オーダー・ルーティング(SRO:smart order routing)と呼ぶ。

もう一つの方法は、取引所市場外でNBBOでの注文執行を保障するマーケットメーカーに注文を回送することである。NBBOには常にスプレッド(価格差)が存在する。米国では株式の呼び値の刻み(ティック)の最小値は、今世紀に入って4分の1ドルや8分の1ドルといった値から原則1セントに改められている(decimalization)が、それでも最小1セントのスプレッドが存在する。従って、マーケットメーカーが売りと買いの量がほぼ同じ注文を大量に集めることができれば、NBBOでの注文執行を確約しながら最低限1セントのスプレッドに株式数を乗じただけの収益を上げることができるのである。

こうしたマーケットメーカーが、大量の売買注文を集めるための手段として生まれた取引慣行がPFOFである。大量の売買注文から得られるスプレッドの総量がブローカー証券会社に支払うPFOFの額を上回れば、マーケットメーカーは収益を確保できる。他方、ブローカー証券会社はPFOFで多額の収入を獲得できれば、顧客から徴収する売買手数料を割り引いたり、場合によっては無料にしたりすることが可能となる。

ロビンフッド社が赤字体質に陥ることなく「売買手数料無料」を実現できるのは、このPFOFが存在するからであり、他方で大手マーケットメーカーであるシタデル社は、多額のPFOFをロビンフッド社に支払うことで大量の売買注文を回送してもらい、NBBOのスプレッドから生じる大きな収益を獲得しているのである。

ちなみにPFOFを受け取ることで売買手数料を割り引いたり無料にしたりするという手法は、ロビンフッド社が考案した独自のアイデアでも何でもない。インターネット証券取引の草創期であった1990年代後半に登場したEトレードを始めとするインターネット証券会社は、いずれもPFOFとマージン取引顧客に貸し付ける資金から得られる金利収入を収益の大きな柱とすることで、伝統的な「対面型」証券会社に比べて大幅に安い手数料水準を実現したのである(注4)。また、PFOFそのものは、更に歴史が古く、上場銘柄を取引所市場外で売買する「第三市場」のマーケットメーカーの草分けとして知られるバーナード・メイドフ社が、主に機関投資家の売買注文獲得の手段として1980年代から行っていたものである(注5)。

PFOFをめぐる賛否両論

PFOFは「リベート」などと表現されることもあり、ある種の不透明感やいかがわしさを伴っていることも否定できない。これに対してPFOFを擁護する論者は、PFOFを受領する証券会社の顧客は、自らの注文をNBBOで執行されており、かつ取引手数料も少額あるいは無料なのだから何ら不利益を被ってはいないと反論する。それどころが、PFOFを支払うマーケットメーカーが価格改善(price improvement)を実現することすらあるとも主張する。

例えば、ある銘柄のNBBOが「10ドル10セントの売り、10ドル6セントの買い」という状況で、マーケットメーカーが「10ドル9セントの売り、10ドル7セントの買い」という気配を提示すれば、顧客の注文はその時点のNBBOよりも売り買いともに1セントずつ有利な条件で執行され、かつマーケットメーカーは1セントのPFOFを支払ったとしても1セントの収益を確保することができる。

しかし、PFOFには根強い批判もある。最も根本的な指摘は、顧客の注文を執行するブローカー証券会社はフィデューシャリー(信託受託者)として顧客に対する忠実義務を負い、顧客のために注文を執行することで顧客が支払う手数料(取引ごとのコミッションのほか残高ベースのフィーもあり得る)以外の収益を得てはならないはずなのに、第三者であるマーケットメーカーからPFOFを受領しているのはフィデューシャリー・デューティー(受託者責任)に反するというものである。

もっとも、この点については、PFOFの存在が顧客に開示されずブローカー証券会社が密かに利益を得ているのであれば当然問題だが、情報開示が行われ、かつ顧客がPFOFの授受を伴わない取引市場への注文回送を求める機会が確保されているのであれば、特に問題にはならないと解することもできる。実際、SECはPFOFを全面的に禁止するのではなく、ブローカー証券会社に対してPFOFに関する情報を開示させるという対応をとってきた(注6)。

過当取引を助長するという観点からのPFOF批判もある。ブローカー証券会社が収益を極大化するために、PFOFを支払うマーケットメーカーにより多くの売買注文を回送しようとして顧客である投資家が必要以上の頻度で売買するよう促すインセンティブが働くというのである。確かに、投資家の売買頻度が高まることがメリットになるという点では、PFOFを支払うマーケットメーカーとそれを受領するブローカー証券会社の利害が一致するだけに、顧客の最善の利益を損なうような高頻度での売買を促す、あるいは止めようとしない方向への動機づけとなる可能性は大きい。

更に、市場構造や価格形成の効率性といった観点からのPFOF批判もある。NBBOは、売買気配を公表する義務を負う取引所やATSの情報を集約することで形成されるが、取引高が小さいことなどで公表義務の対象外とされるATS(いわゆるダークプール)や顧客の指値注文を取り扱わないマーケットメーカーの処理する売買注文は、NBBOの形成に寄与しない。PFOFを支払って顧客注文を買い取るマーケットメーカーは、NBBOを利用するが、NBBOの形成には関与しないのである。そうしたNBBOに反映されない売買注文の規模があまりに大きくなれば、NBBOの代表性と信頼性に疑念が生じることになりかねない。とりわけNYSEなど取引所の関係者は、この点を以前から問題視してきた。

前述したPFOFが価格改善を実現するという議論についても、マーケットメーカーがNBBOよりも有利な条件で注文を処理できるのであれば、市場全体に向けて当該条件(気配)を公表することでNBBOの形成に寄与すべきであり、そうすればNBBOが売り買いいずれについても1ティック改善してすべての投資家に利益をもたらすはずではないかという批判が可能であろう。

また、PFOFを擁護する観点からは、PFOFを支払うマーケットメーカーは売買注文の即時執行を保障できるが、PFOFが禁止されるといった事態になれば、それほど売買注文の多くない低流動性銘柄ではNBBOのスプレッドが非常に大きくなり、投資家は不利な条件を嫌ってNBBOを改善するような指値注文を出さざるを得なくなるものの、当該条件での即時注文執行を保障する業者が存在しないので約定まで長時間待たされることになるといった指摘もなされる。そうした指摘に対しては、少なくとも高流動性銘柄については、PFOFを禁止しても価格形成に支障が生じないのではないかといった反論が可能である。

ゲンスラー次期SEC委員長のスタンス

2021年3月2日には、ジョー・バイデン大統領によってSECの次期委員長に指名されたゲイリー・ゲンスラー元商品先物取引委員会(CFTC)委員長が、議会上院での公聴会に臨んだ。公聴会では多岐にわたる論点が取り上げられたが、とりわけゲームストップ株騒動とPFOFの問題が、大きな焦点の一つとなった。上院議員によるゲンスラー氏への質問には、上で述べたようなPFOF批判のほとんどが含まれていたのである。

これに対してゲンスラー氏は、ゲームストップ株をめぐる市場の混乱はテクノロジーの変化が背景となったものであり、投資家保護の観点から最良執行をどう確保するかが課題であり、まずはPFOFを含む市場構造の現状について調査することが必要だとの見解を示した。それに関連して、ロビンフッド社に対して多額のPFOFを支払っているシタデル社を始めとする少数のマーケットメーカーが、個人投資家の売買注文の取扱いで大きなシェアを占めているという事実にも言及した。

また、ロビンフッド社による取引制限措置の要因となったとされるT+2決済については、T+1やT+0への短縮が必要ではないかという議員の指摘に対して、そういった方向での検討を行いたいという意向を表明した。

現時点ではゲンスラー氏のSEC委員長への就任は上院による承認を得ていないが、否決される可能性はほとんどない。今後、ゲンスラー氏の下でSECが進める調査の内容やPFOFをめぐる規制の見直しが、どこまで踏み込んだものとなるかが注目される。

(注1)SEC "ORDER OF SUSPENSION OF TRADING", February 10, 2021 and SEC "ORDER OF SUSPENSION OF TRADING", February 25, 2021
(注2)この問題をめぐっては、2021年2月18日、議会下院の金融サービス委員会でロビンフッド社のCEOを含む関係者を招致して公聴会が開かれた。また、3月9日には議会上院の銀行・住宅・都市問題委員会で法律学や経済学を専門とする大学教授など有識者を招致して公聴会が開かれた。
(注3)筆者が発見したものの中には、ブローカー証券会社がPFOFを受け取って機関投資家に注文を売るとかHFT業者に注文状況を流してそれを基にHFT業者が「先回り取引」を行うといった荒唐無稽な内容が多数含まれている。
(注4)大崎貞和『インターネット証券取引の真実』ラジオたんぱ(1999)83~86頁参照。
(注5)同社の創業者であったバーナード・メイドフ氏は、後に自ら管理するファンドの運用成績を偽る大規模な投資詐欺事件を起こし、禁錮150年の判決を受けて2009年から服役中である。
(注6)SEC規則レギュレーションNMSの規則607は、ブローカー・ディーラー(証券会社)に対してPFOFを受領しているかどうかをめぐる一定の情報開示を義務付けている。なお、ロビンフッド社は、2020年12月、規則607違反に問われたわけではないが、PFOFに関する情報開示が不十分であったとしてSECによって6,500万ドルの民事制裁金を課せられている。See in re Robinhood Financial, LLC, SEC Release No. 33-10906, 34-90694, December 17, 2020.

 

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