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非上場株市場の活性化を図る日証協懇談会報告書

2021/06/24

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日証協報告書の公表

先ごろ、日本証券業協会(日証協)が「非上場株式の発行・流通市場の活性化に関する検討懇談会」の報告書(以下単に「報告書」という)(注1)を公表した 。

近年、米国を中心に世界各国で、非上場のまま時価総額10億ドル以上の規模に成長する、いわゆるユニコーン企業が増加している。一方、日本では、2020年に新規上場した企業103社の半数弱が時価総額100億円未満であるなど、小粒のまま株式新規公開(IPO)が実施される傾向が強い。

この背景には、様々な要因が考えられるが、その一つは非上場株式の発行・流通市場が発達していないことであろう。例えば米国では、証券取引委員会(SEC)への登録届出を行わないまま一定の資産や資格などの要件を満たすプロ投資家である自衛力認定投資家(accredited investor)に対する株式等への投資勧誘を容認するレギュレーションDが幅広い新規・成長企業によって活用され、IPOに至る前段階での大規模な資金調達を可能にしている。レギュレーションDに基づいて発行された株式等を自衛力認定投資家間で売買するための取引システムも生まれている。

非上場株式の取引を厳しく規制する日本

日本では、証券取引所の市場や日証協が管理・運営する株式店頭市場(注2)のような組織された店頭取引の仕組みといった制度的な枠組みの外において、非上場株式の取引に証券会社が関与することに対して極めて消極的な政策姿勢が長年にわたって取られてきた。日証協の自主規制規則では、協会員である証券会社は、原則として顧客に対して非上場株式など店頭有価証券の投資勧誘を行ってはならないものとされているのである(店頭有価証券に関する規則3条)。

こうした厳しい規制の背景には、非上場株式は流通性に乏しく、発行者に関する情報も少ないことから、上場株式に比べて投資リスクが高く、一般投資家向けの投資勧誘には投資者保護の観点から問題が多いといった考え方がある。

しかし、近年、既に触れたような日米の市場構造の違いなども踏まえつつ、政府の規制改革実施計画等で非上場企業に対する成長資金供給を促進するための制度見直しが提言され、2020年10月以降、金融庁の金融審議会「市場制度ワーキング・グループ」においても検討が行われるなど、非上場株式等の発行・流通市場の見直しが進められている。今回の報告書を取りまとめた懇談会は、そうした政府の政策方針を背景としながら証券市場の自主規制機関である日証協としての対応を検討するべく設置されたものである。

報告書の提言内容

報告書は、次のような制度改善案を提言している。

第一は、新たな特定投資家私募制度(日本版レギュレーションD)の整備である。

金融商品取引法(以下「金商法」という)は、投資に関する専門知識のあるプロ投資家、すなわち特定投資家とそのような専門知識のない一般投資家とを区分し、特定投資家向けの販売行為については規制を緩和する、柔軟化・柔構造化された規制のあり方を採用している(注3)。

従来、特定投資家向けに株式等の有価証券を発行する制度としては、東京証券取引所のプロ向け市場「TOKYO PRO Market」における特定投資家私募制度が設けられてきた。しかし、同制度は基本的には「TOKYO PRO Market」への上場を前提とするものであり、かつ外部監査を受けた財務諸表を含む特定証券情報の作成と投資家への提供等が求められることから、企業の開示負担が重いとの指摘がある。そこで報告書では、米国のレギュレーションDのように幅広く利用される制度を目指し(注4)、「日本版レギュレーションD」とも呼ぶべき新たな特定投資家私募制度を導入するよう提言している。

特定投資家私募では、通常の私募とは異なり、発行者が特定証券情報を相手方に提供しまたは公表しなければ、勧誘をすることができないものとされる(金商法27条の31第1項)。現状では、特定証券情報の内容は、原則としてプロ向け市場を開設する証券取引所が定めるものとされ、上場を前提としない場合は金融庁長官が情報の具体的な内容等を定めることとされているが(証券情報の提供又は公表に関する内閣府令2条1項、3項)、具体的な定めは設けられていない。

報告書は、「日本版レギュレーションD」を具体化するためには、こうした現行法令の見直しに加えて、日証協の自主規制規則を改正して、一定の要件を満たした「取扱会員」による非上場株式の特定投資家向け取得勧誘等に係る規制を整備するといった措置が必要となるという認識に基づき、その際に考慮されるべき諸点について提案を行っている。

なお、報告書は、「日本版レギュレーションD」の制度設計にあたっては、非上場株式のみではなく私募の投資信託等も特定投資家私募制度の対象とすることを提言している。これは、米国においても、レギュレーションDに依拠する有価証券の発行の多くが、いわゆる投資ファンドの性格を帯びたものであることや投資リスクが高く、個々の発行価額がそれほど大きくない新規・成長企業の株式への投資を投資信託などの形態で行うことが合理的であることなどを踏まえた提言である。

報告書が提言した制度改善案の第二は、日証協の自主規制規則の下で、非上場株式の投資勧誘禁止の例外とされている株式投資型クラウドファンディング制度及び株主コミュニティ制度の改善である。

具体的には、株式投資型クラウドファンディング制度について、現在50万円以下とされている投資上限額を特定投資家については見直すことや業規制上の発行可能総額(1億円未満)の算定方法を見直すこと、少人数私募の人数通算期間を6か月から3か月に短縮することが提案されている(注5)。

一方、株主コミュニティ制度の改善策としては、株主コミュニティ銘柄の特定投資家向け投資勧誘を認めることや株主コミュニティへの参加勧誘対象者を拡大すること等を提言している(注6)。

その他の論点や指摘

このほか報告書は、「その他の論点」として懇談会のメンバー等から出された意見として次のような検討事項を掲げている。

  1. 非上場株式の投資勧誘原則禁止・例外容認という現行制度を原則容認・例外禁止に改めるような抜本的見直しの検討
  2. 企業価値評価等が可能な特定投資家に対する店頭有価証券の投資勧誘制度(店頭有価証券に関する規則4条の2)の勧誘対象に個人の特定投資家を含めることの検討
  3. 投資信託を通じた非上場株式への投資が活発となるような制度整備の検討
  4. 非上場株式の国際化推進のための検討
  5. 非上場株式に対する税制優遇策の検討
  6. 株主コミュニティ制度のDX化の検討
  7. 非上場株式の決済インフラ整備の検討
  8. 非上場株式のセキュリティトークン化の検討

また報告書は、懇談会の議論において、特定投資家向けに証券会社等を介さず株式発行者やファンド組成者が自己募集を行うことを可能とする制度の導入や金商法上の開示書類の提出基準(金額)の見直し、オンラインを前提とした非上場株式流通のための仕組みの検討といった様々なアイデアが示されたことも紹介している。

報告書の意義と展望

今回の報告書は、従来、非上場株式の発行や流通に証券会社が関りを持つことに対して、ほぼ一貫して消極的な姿勢を示してきた日証協が、「非上場株式の発行・流通市場の活性化」を正面から掲げた検討を本格的に行ったという点で歴史的な意義を有するものである。

もちろん、日米の資本市場の構造は大きく異なり、米国でレギュレーションDが幅広く活用されているというだけで、その「日本版」を作れば上手く機能するといった単純な話ではない。筆者個人は、「日本版レギュレーションD」という呼称は、あくまで米国のレギュレーションDのような資金調達者及び投資家にとって使い勝手の良い制度を創設するという観点から名付けられたもので、米国の現行制度の細かい要件等を忠実に模倣すべきだといった意味では全くないものと考えている。

今後は、金融審議会市場制度ワーキング・グループの提言を受けた政府による制度整備の動きもにらみつつ、日証協において、報告書の提言内容の具体化へ向けた検討が進められることを期待したい。

(注1)なお、筆者は同懇談会の座長として報告書の取りまとめにあたったが、本稿の内容は全て筆者の個人的見解であり、日証協や同懇談会の見解を示すものではない。
(注2)2004年12月にジャスダック証券取引所に改組され、現在は東京証券取引所のジャスダック市場となっている。
(注3)黒沼悦郎『金融商品取引法』【第2版】有斐閣(2020)590頁
(注4)2019年にはレギュレーションDに依拠する私募によって合計1兆5,580億ドルの資金調達が行われたとされる。
(注5)これらの点については、2021年6月18日に公表された金融審議会市場制度ワーキング・グループの第二次報告「コロナ後を見据えた魅力ある資本市場の構築に向けて」においても同様の趣旨の提言がなされている。

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