フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 米国における非上場株取引をめぐる制度の見直し

米国における非上場株取引をめぐる制度の見直し

2021/10/14

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

多数の銘柄の気配表示を停止したOTCマーケット

2021年9月28日、かつては「ピンクシート」と呼ばれ、一般の個人投資家が多様な非上場株を取引できる場として知られる米国のOTCマーケットに大きな変化が生じた。従来、OTCマーケットの下位市場区分である「ピンク・オープン・マーケット」で取引されていた非上場株約2,200銘柄の売買気配表示が停止され、個人投資家はそれらの銘柄を新たに買付けることができなくなったのである。

日本では、証券会社による投資家への非上場株の投資勧誘が原則として禁じられるなど、非上場株の取引には厳しい制約が課されている。最近では成長企業へのリスクマネーの供給を促進するといった観点から従来の規制を見直そうとする動きもあるが(注1)、一般の個人投資家が多様な非上場株を売買することは困難である。

これに対して米国では、一般の個人投資家が取引に参加できるOTCマーケットで9,000銘柄以上の非上場株が取引されてきたほか、機関投資家などの法人や一定以上の年収や資産額を確保している資力の高い個人といったプロ投資家や発行会社の関係者がユニコーンと呼ばれる時価総額10億ドル以上の規模に成長するような非上場企業の株式を取引する取引プラットフォームも生まれている(注2)。

SECによる気配表示規則改正

その米国で多数の非上場株の一般個人投資家による取引が不可能となったのは、9月28日から証券取引委員会(SEC)の規則改正が施行されたためである。問題の規則は、証券取引所法規則15c2-11と呼ばれ、ブローカー・ディーラー(証券会社)による気配表示を規制している。今回の改正では、証券会社が発行者に関する「最新の公表されている(current and publicly available)」財務情報等の情報を入手できない非上場株の売買気配を公表することが禁じられることになったのである。

従来、OTCマーケットでは、発行者による情報開示が全く行われていないかもしくは6か月以上前に開示された情報しか存在しない「情報なし(No Information)」とされる非上場株が多数取引されていた。今回の規則改正にあたってSECが公表した説明文書によれば、2019年時点で気配表示が行われていた非上場株9,895銘柄のうち発行者に関する最新の財務情報が入手できた銘柄は70%にとどまり、約3千銘柄については公表情報がほとんどないまま気配表示が行われていたという(注3)。発行者の財務情報など投資判断に必要な最低限の情報も容易に入手できない株式の取引では、詐欺的な投資勧誘や相場操縦行為などの不正行為が起きやすい。この点を憂慮したSECは、今回の規則改正に踏み切ったのである。

実は改正前の規則15c2-11の下でも、証券会社は、非上場株の気配表示を開始するにあたっては、目論見書や決算書類等を通じて財務諸表等の財務情報を含む発行者に関する一定の情報を入手し、それらが重要な点において正確であることを合理的に確認しなければならないものとされていた。

もっとも、気配表示を行う証券会社による情報確認手続きが求められるのは、市場で売買気配が初めて提示される際だけで、既に他の証券会社が気配を表示している銘柄についての気配表示を開始する際には、改めて情報確認手続きをとる必要はないものとされていたのである(注4)。この例外規定は、他社が実施した情報確認手続きに便乗するという意味で「おんぶの例外(the piggyback exception)」と呼ばれ、多くの証券会社によって活用されてきた。また、最初の情報確認手続きを実施した証券会社に対しても、自主規制機関FINRAに提出した発行者の基本情報をアップデイトしたり、定期的に確認し直したりするといった義務は課されていなかったのである。

なお、改正規則の下で気配表示開始の前提となる発行者に関する最新の公表されている情報とは、発行者の名称や住所、事業概要、主要株主など関係者の氏名・名称、最新の貸借対照表や損益計算書等の基本的な情報及び、目論見書や売付申込案内書(offering circular)などの発行開示書類、年次報告書や臨時報告書などの継続開示書類等に記載された情報であって(注5)、SECのEDGARシステムのほか、州や連邦の政府機関のウェブサイト、OTCマーケットや自主規制機関FINRAの情報システムを通じてパスワード登録やフィーの支払いを求められずにアクセスできる状態に置かれているものを指すものとされる。

OTCマーケットの対応

SECによる規制強化の動きを受けてOTCマーケットは、公表情報がほとんど存在しないまま気配表示が行われていた銘柄の発行者に対して最新の情報を提供するよう呼びかける一方、改正規則の施行後ピンク・オープン・マーケットでの気配提示の継続が困難になる銘柄の気配提示を自社が運営する「エキスパート市場」(参加者をプロ投資家のみに限定した取引システム)で行うことが法令に反しないことを確認する適用除外命令(exemptive order)を発出するようSECに対して申請した。SECのスタッフは、2021年8月、「この申請は委員会の喫緊の検討課題とはされていない」という内容の声明を発表し、規則改正の施行までにOTCマーケットの求める命令を発出しないことを明らかにした(注6)。

もっとも、これは、8月の時点でSECがお墨付きを与えることはできないとしただけで、最新の情報が公表されていない銘柄について「エキスパート市場」で気配表示を行うことが違法であるといった見解を示したものではない。このためOTCマーケットは、9月28日以降、当初の計画通り、ピンク・オープン・マーケットの「情報なし」区分から約2,200銘柄をエキスパート市場での取引に移行したのである。この結果、これらの銘柄については、プロ投資家ではない一般の個人投資家が気配値を確認したり取引したりすることが原則としてできなくなったのである。

改正規則施行前後の状況

おりから米国では、コロナ禍による「ステイホーム」の拡がりもあって、個人投資家による株式取引が空前の活況をみせている。非上場株の取引は、決して個人投資家のほとんどが手掛けているといったものではないが、今回の制度変更は、一部の個人投資家には大きな影響を及ぼした。

個人投資家の多くが株式の売買に利用するオンライン証券会社は、規則改正の採択を受けて、改正規則の施行後は気配表示が行われなくなることが見込まれる非上場株について、保有銘柄の売り注文や空売りポジションの買戻し注文のみを受け付け、新規の買付けを停止する措置を講じた。例えば、TDアメリトレードは、7月20日にそうした規制措置の対象となる6,000銘柄以上のリストを公表したが、かなりの数の発行者が一定の情報開示を行ったとして、8月2日にはリストの掲載銘柄を3,500銘柄にまで減らしたという(注7)。

改正規則の施行後、米国の有力経済紙『ウォールストリート・ジャーナル』は、「個人投資家を保護するためのSECのルールがカオスを引き起こした」と題する記事を掲載した(注8)。同記事では、改正規則施行の前後に気配表示が停止されたり、停止される可能性の高まった銘柄の価格変動が極めて大きくなり、それを儲けのチャンスと捉えた個人投資家が証券会社に買い注文を拒否されたことで不満を抱いたり、OTCマーケットが「エキスパート市場」への移行を発表した銘柄が数日後にピンク・オープン・マーケットに戻されたことで投資家が混乱するといった事態が生じたなどと今回の規則改正の影響が批判的に報じられている。

おわりに

株式の売買が公正かつ円滑に行われるために、発行者に関する信頼できる最新の情報が必要とされるのは当然のことである。とはいえ、発行者に対して課される情報開示義務が過剰なものとなれば、「市場」から離脱する発行者が増加し、幅広い投資家に提供される投資機会の多様性が損なわれることになりかねない。このことは、最盛時には6千銘柄以上が登録されたものの発行者に対する継続開示義務が課されたことで登録銘柄数が激減した米国の非上場株取引システムOTCブリティンボード(2021年10月1日廃止決定)や日本のグリーンシート銘柄制度(2018年3月末廃止)の経験が如実に示している(注9)。

他方、既に触れたように、米国ではユニコーンと呼ばれるような成長性の高い非上場企業の株式のプロ投資家だけが参加する取引プラットフォーム上での取引が拡がっている。現時点でSECは対応を明確にしていないものの、発行者に関する信頼できる情報を入手しにくい非上場株の「エキスパート市場」における取引が容認される可能性も高い。日本における非上場株取引の活性化を図るための制度改革でもプロ投資家である「特定投資家」による取引を促進することが検討されているが、米国の非上場株取引についてもこれまでよりもプロ投資家の役割が大きくなっていくことも想定されるだろう。今回の規則改正が、米国の非上場株取引のあり方をどう変えていくのか、今後の動向が注目される。

(注1)コラム「非上場株市場の活性化を図る日証協懇談会報告書」参照
(注2)米国のプロ投資家制度をめぐる最近の動きについては、コラム「米国における未公開株等の市場の規制改革」参照
(注3)"Publication or Submission of Quotations Without Specified Information", SEC
(注4)ただし、気配表示が開始されてから30日間は、情報確認手続きをとった証券会社以外は気配表示を行えないものとされていた。
(注5)貸借対照表については、気配表示開始の16カ月前以降の時点のもの、損益計算書については最新の貸借対照表の日付から遡ること12ヵ月以内の時点のものが必要とされるなど、情報が「最新」のものであるとされるための要件は書類の種類ごとに詳細に定められている。
(注6)"Staff Statement on the Proposed Expert Market", SEC, Aug. 2, 2021
(注7)"SEC Denies Expert Market – For Now!", Laura Anthony, August 17, 2021
(注8)"An SEC Rule was Meant to Protect Individual Investors. Chaos Ensued", Wall Street Journal, October 8, 2021
(注9)グリーンシート銘柄制度の盛衰については、 大崎貞和「グリーンシートの盛衰とその功罪」『証券アナリストジャーナル』52巻1号37頁(2014)参照。

執筆者情報

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn