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ロシア・ウクライナ侵攻後の経済制裁がもたらす金融面への影響にも金融市場は注目

2022/01/27

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金融市場は制裁措置の応酬を警戒

緊迫するウクライナ情勢について金融市場は、ロシアと欧米諸国との軍事的衝突などよりも、両者間での経済制裁の応酬がもたらす経済的な影響、特にエネルギー価格上昇を通じた世界経済への打撃に注目している(コラム「緊迫するウクライナ情勢:地政学リスクと金融市場の反応」、2022年1月25日)。

欧米諸国がロシアに対して制裁措置を講じた場合、ロシアはその報復として欧州連合(EU)への天然ガスの供給を絞る可能性がある。EUが輸入する天然ガスに占めるロシアの比率は、2021年上期に46.8%と半分近くとなっていることから、EUにとってはそうした報復措置は大きな脅威である。それがゆえに、ロシアに対して厳しい制裁措置をとることへの躊躇いがあり、ロシアに足元を見られている面もある。

そこで米政府は25日に、北アフリカや中東、アジアなど複数の地域から天然ガスを欧州に送ることを検討していることを明らかにした。ただし、そうした措置によって、仮にEUの天然ガスの調達に支障が生じる事態が回避できても、ロシアが天然ガスの供給を絞れば、その価格は大きく上昇するだろう。ロシアの天然ガスの生産量は世界第2位なのである。そして、天然ガスの価格上昇は、代替需要の高まりから原油価格など他のエネルギー価格にも上昇をもたらし、世界経済への打撃は増幅される。

SWIFTからロシアの銀行を排除すれば欧米も返り血を浴びる

一方、金融市場はウクライナ情勢がもたらす金融面への影響も懸念している。金融市場が特に恐れているのは、世界200か国余りの金融機関1万1,000社以上が参加し、ドル建てを中心に世界の国際銀行送金を担っている国際銀行間通信協会(SWIFT)から、ロシアの銀行を排除するという制裁措置を、欧米諸国が講じることだ。実際、バイデン政権はその可能性を示唆してきた。

SWIFTから銀行を排除することを通じて、当該国への経済制裁を強化することは、米国が今まで頻繁に実施してきた常套手段である。ロシアもそうした事態に備えて、近年、外貨準備を拡大してきた。ロシア連邦中央銀行の外貨準備高は2015年末から70%以上も急増し、現在では6,200億ドルを超えている。ドル準備は2021年に、外貨準備全体の約16.4%を占め、2020年6月時点の22.2%から低下している。ロシアの外貨準備の約3分の1がユーロで、21.7%が金、13.1%が人民元である。

他方、ING銀行の分析によると、ロシアの財・サービス輸出のドル決済比率は56%と高水準である。依然としてドルやユーロ建てでの輸出の比率が高い中、仮にロシアの銀行がSWIFTから排除され、ロシア企業が海外に輸出できなくなれば、ロシアのエネルギー産業への打撃は甚大となる。そして、ロシアからのエネルギー関連の輸入が止まれば、欧州諸国の経済には大きな打撃となる。

また、エネルギー価格の上昇が、世界経済全体の打撃となる。米国においても、ガソリン価格や暖房用燃料の価格上昇は国民の不満を一層高め、バイデン政権への批判が強まることになるだろう。このように、欧米諸国による経済措置は、ロシアの経済や金融市場に大きな打撃となるものの、欧米諸国もその「返り血」を浴びることは避けられないのである。

ロシアの一部の大手銀行のSWIFT排除はありえるか

SWIFTから排除された場合でも、ロシアの銀行はロシア銀行(中銀)の「金融メッセージ転送システム」を利用して国際決済をすることができる。しかし、中銀の昨年の発表によると、2020年の国際決済取引に占める同システムの割合は2割にすぎないという。

既にみたように、ロシアのすべての銀行をSWIFTから排除すれば、欧米諸国にも大きな打撃となる。また、世界の金融市場に与える衝撃が読めないことから、ドイツなどはその実施に否定的である。実際のところ米国も、ロシアのすべての銀行をSWIFTから排除することは難しいと見られる。

ただし、大手銀行のみを排除する可能性は残されている。米国議会ではロシア制裁法案が審議されているが、そこで対象となっているロシア金融機関12社のうち、9社は現地の銀行間市場の約4割、法人向け融資・資金調達の最大8割を占める大手である。これらの銀行が仮に制裁対象となれば、ロシア及び欧州経済に与える打撃はかなり大きくなるだろう。

ECBは欧州の銀行に与える影響を警戒

欧州中央銀行(ECB)はユーロ圏の大手銀行に対して、制裁措置に関わり発生する貸出損失などに十分注意するように呼び掛けた。ECBが特に警戒しているのは、ロシアの銀行がSWIFTから排除される場合である。そして、ドイツ銀行、ING銀行、シティ銀行、ソシエテジェネラルなどに、ロシアとウクライナ向けの資産について報告を求めたという。国際決済銀行(BIS)の統計によると、外国銀行のロシア企業に対する債権総額は、1,210億ドルに達する。

また欧州の銀行にとっては、ロシア金融市場の混乱、特にルーブル安やロシア株の下落も大きな打撃となる。銀行が保有するルーブル建ての金融資産に損失が生じるためだ。このように、ウクライナ情勢の悪化は、世界経済への打撃だけでなく、世界の金融システムを揺るがすシステミックリスクにも発展しかねない可能性を秘めているだろう。

(参考資料)
"ECB Warns Europe’s banks over risks in Russia-Ukraine sanctions", Financial Times, January 27, 2022
「対ロ制裁、経済巡り欧州懸念 ウクライナ問題、各国との調整に米国苦心」、2022年1月27日、朝日新聞
「ロシア経済、苦境増す、インフレ加速・通貨は安値圏、米欧制裁と根比べ。」、2022年1月27日、日本経済新聞
「DJ-【焦点】ロシアの守りに死角、経済制裁にこれだけの弱点(2)」、2022年1月26日、ダウ・ジョーンズ米国企業ニュース
「ロシアが進める「脱ドル」 欧米の制裁強化を見越す」、2022年1月19日、フィナンシャルタイムズ
「ドイツ外相、ロシアのSWIFT排除に懐疑的見解」、2022年1月24日、ロイター通信ニュース

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