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ウクライナ情勢では経済制裁の行方に関心が集まる

2022/02/18

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対ロシア制裁の影響が自国に返ってくる「ブーメラン効果」

ウクライナ情勢の見方は日々変化しており、依然として視界不良である。金融市場も、ウクライナ情勢に一喜一憂している状況だ。ただし、金融市場が強い関心を向けているのは、軍事衝突の有無よりも、ロシアがウクライナに侵攻した場合の経済・金融制裁の行方だろう。

先進国がロシアに対して制裁を課せば、ロシアが報復制裁を仕掛ける、という展開が予想されている(コラム「緊迫するウクライナ情勢:地政学リスクと金融市場の反応」、2022年1月25日、「ロシア・ウクライナ侵攻後の経済制裁がもたらす金融面への影響にも金融市場は注目」、2022年1月27日)。

ロシアは原油、天然ガスの世界有数の産地だ。原油の輸出量は世界第2位、天然ガスは第1位である。先進国がそれらの輸出に直接制裁を掛けなくても、ロシアの銀行に制裁を掛ける、あるいはロシア側の報復措置として、先進国へのエネルギー輸出を制限する場合には、国際市場で一段の価格高騰を招くことになるだろう。また、ガソリン車の排ガスをきれいにするのに欠かせないパラジウムは、産出量の4割をロシアが占めていることから、その供給に支障が生じれば、世界の自動車生産に悪影響が及びかねない。

欧米を中心に先進各国は、現在、物価の高騰に苦しんでいる。ロシアへの制裁措置がさらなる物価高騰を招けば、経済には大きな打撃となることは避けられない。そうしたブーメラン効果が、ロシアへの制裁措置の選択を難しくしており、またそれがロシア側からは足もとを見られる要因にもなっている。

G7は経済・金融制裁を共同して科す用意があると明言

G7主要7か国財務大臣会合は2月14日に、ウクライナに関する声明を発表した。そこでは、「我々は、特にロシアによるウクライナに対するさらなる軍事的侵攻は、迅速かつ協調され強力な対応に直面することを改めて表明する」とロシアを強くけん制したうえで、「我々は、ロシア経済に甚大かつ即時の結果をもたらす経済・金融制裁を共同して科す用意がある」と明言した。

G7がどのような制裁措置を検討しているのかは明らかではない。参考になるのは、2014年のロシアによるクリミア併合時に先進国がとった措置だ。その際には、米欧がロシア要人の資産凍結、渡航制限、防衛関連品の輸出禁止、金融規制を実施した。また、エネルギー関連の制裁にも踏み込み、北極海などでの石油開発に利用する物品や技術の輸出を禁じたのである。

一方日本は、欧米と足並みを揃えて、資産凍結や渡航制限を実施した。さらにロシアの5つの金融機関に対して日本国内での証券発行を規制した。また、武器や軍事転用が可能な汎用品の輸出も制限した。しかし、欧米に追随してエネルギー関連の制裁は行わなかったのである。それは、両国間の北方領土交渉に与える悪影響に配慮した、とされる。

ロシアの銀行をSWIFTから排除することも選択肢

今回については、欧米は、エネルギー関連の制裁には踏み込まない、との見方が多い。それは欧州が天然ガスの4割をロシアに依存する中、エネルギー関連の制裁は天然ガスの調達に大きな支障を与え、またエネルギー価格の高騰につながり、自からの首を絞めることになることを警戒するためだ。

ちなみに日本の場合は、発電における天然ガスの依存度は2018年で38%と高いものの、その調達先はオーストラリア、マレーシア、カタールの上位3カ国で全体の65%を占めており、ロシアへの依存は8%と低い。

米国が検討している制裁措置としては、ロシアの銀行を国際金融ネットワークの国際銀行間通信協会(SWIFT)から排除して、貿易決済などを制限することが選択肢にある。バイデン大統領は、「ロシアの銀行はドルが利用できなくなり、ロシアは壊滅的な被害を受けることになる」と述べていた。

ただし影響の大きさを踏まえて、一部の銀行のみを対象にすることが検討されているとされる。ニューヨーク・タイムズは1月に、ロシアの政府系銀行で国内最大の資産を有する「ズベルバンク」、同じく政府系銀行の「VTB」銀行がその対象のリストに載っている、と伝えていた。

また米国のソフトウエアや製造機器を使ったテクノロジーについて、航空宇宙、人工知能(AI)、海洋などに関わるロシア組織への販売を世界的に禁止することも検討されている。そのほか、プーチン大統領個人への制裁も検討されているようだ。

一方日本政府は、ロシア側の政府要人の資産凍結、複数の大手銀行との取引制限、日本への渡航制限などを検討しているとされる。

欧州の天然ガス調達に支障

制裁措置ではないが、欧州が天然ガスの調達をロシアに対して強く依存している状況は、ロシアに弱みを握られており、先進国の結束を弱めかねないとして、米国は欧州に対して天然ガスのロシアへの依存度を下げるように求めている。特に主要国のドイツは、天然ガスのロシアからの依存度が5割にも及んでいる。

ガス業界団体GIEによると、欧州の天然ガスの在庫は、1月末時点で貯蔵能力に対して約38%と前年同期の約52%から大幅に減少している。コロナ問題による需要鈍化の影響だけでなく、欧州連合(EU)は、ロシア国営企業ガスプロムがパイプラインによる欧州向けの供給を意図的に絞っていることが原因、とみている。

これを穴埋めするように、米国から欧州への天然ガスの輸出が急増している。1月に米国から欧州に輸出された液化天然ガス(LNG)は、前年同月のおよそ4倍にまで急増している。またEUは、カタールなどからのLNGの輸入拡大に加え、トルコ経由でパイプラインがつながるアゼルバイジャンからの調達増も模索している。

米国からの要請を受けて、日本も欧州へのLNG供給を決めた。3月までに数十万トン程度の規模となる見込みで、欧州のロシアからの月間輸入量の数%程度であるが、対ロシアでの先進国間の協調を演出する動きとなっている。

中国がロシアを支援する可能性を警戒

ところで、先進国がロシアへの制裁措置を行う場合、中国がどのような対応を見せるのかに大きな不確実性がある。北京五輪の開幕に合わせてロシアのプーチン大統領と中国の習近平国家主席とが会談し、ウクライナ問題でのロシアの立場、中国の「一つの中国」の考えを、共に尊重し確認し合ったのである。ここで、ロシアと中国の強い結束が確認された。

先進国がロシアへの制裁措置を行う場合、中国がその影響を緩和する措置を講じ、ロシアに救いの手を差し伸べることが予想されている。中国がロシアとの関係を深めていることに加え、過去に米国が北朝鮮やイランに制裁を科した際に、中国がその制裁回避を手助けしたことを考慮する必要がある、とバイデン政権は考えているとされる。

例えば、米国が米国が事実上支配するSWIFTからロシアの銀行を除外する場合でも、中国が人民元建ての独自の決済システムCIPSを用いて、中ロ両国間の貿易決済を進める可能性がある。中国当局はまた、制裁で禁じられる取引をロシアと続けるために、ドル決済の扱いが少ない小規模な国内銀行を活用する可能性も指摘されている。

既にみたように、ロシアがウクライナを侵攻した場合の先進国の制裁措置については、その影響がエネルギー価格の高騰を通じて自国に跳ね返ってしまうリスク、ブーメラン効果があることや、中国の支援によって制裁措置の効果が大きく下がってしまう可能性がある。そこで、実際に制裁の具体策については、慎重な判断が求められているのである。

こうした点から、経済制裁という脅しが、ロシアの軍事行動を抑えることに大きな影響を発揮できていない可能性が考えられる。そうした点が、ロシア側の譲歩を引き出す形のウクライナ問題を解決することを難しくし、その結果、金融市場では、ロシアによるウクライナ侵攻とその後の世界経済への大きな打撃に対する強い警戒感が消えない状況を生み出している。

(参考資料)
「DJ-【焦点】米の対ロ制裁、中国の回避ほう助スタンスが鍵に(1)」、2022年2月15日、ダウ・ジョーンズ米国企業ニュース
「パラジウム、自動車減産が重荷 ロシアの影響見方割れる」、2022年2月16日、日本経済新聞電子版
「ウクライナ情勢緊迫――政府、制裁案を協議、首相「米欧と内容調整」」、2022年2月15日、日本経済新聞
「政府、対ロシア制裁巡り協議 首相「米欧とも調整中」」、2022年2月14日、日本経済新聞電子版
「LNG欧州支援 G7は資源確保で強い結束を」、2022年2月11日、読売新聞速報ニュース
「EU、天然ガス調達に奔走=ウクライナ有事警戒、日本からも」、2022年2月11日、時事通信ニュース
「ウクライナ情勢 米が検討する対ロ制裁 金融制裁や先端技術製品の輸出規制など」、2022年2月11日、NHKニュース
「ウクライナ情勢 欧州はロシアにガス依存 米 パイプライン建設に再び制裁の構えも」、2022年2月11日、NHKニュース
「欧州へのLNG融通、経産相表明 3月に数十万トン規模」、2022年2月10日、日本経済新聞電子版

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