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対ロシア制裁が拓く仮想通貨での決済と中銀デジタル通貨を用いた新たな国際決済の覇権争い

2022/03/03

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対ロシア制裁によって仮想通貨の需要が高まる

ビットコインの価格が2月末から急上昇に転じ、4万ドル台を回復している。ビットコインの価格は、昨年11月以来下落傾向を辿ってきた。米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げ(政策金利引き上げ)観測の高まりが、その強い逆風になったと考えられる。超低金利下で例外的な高ボラティリティ(価格変動)商品であることが、ビットコインなど暗号資産(仮想通貨)への投資の魅力となっていたが、その魅力が失われる見通しとなっていったためである。

ウクライナ情勢が緊迫の度を強めてからも、ビットコインの価格はしばらく低迷を続け、リスク回避で買われた金と明暗を分けていた(コラム「ウクライナ地政学リスクヘッジで買われる金と売られる仮想通貨」、2022年2月22日)。足もとでビットコインがにわかに買われるようになったのは、地政学リスクの高まりの反映というよりも、先進国の対ロシア金融制裁を受けて、ロシアの国際決済に支障が生じ、外貨不足が深刻になり、そしてルーブルが急落していることが背景にあるのではないか。

もともとルーブルの価値の安定性に不信感を持つロシアの国民は、銀行預金の21%程度を外貨預金で保有している。銀行が保有する外貨が不足するとの懸念が高まる中、外貨預金が封鎖される前に外貨を引き出す動きが加速しており、取り付け騒ぎの様相が強まっている(コラム「ロシアの外貨準備半減と深まる金融面での危機」、2022年3月1日)。

さらに、保有資産の価値を守るために、ルーブルを仮想通貨(暗号資産)に変える動きも広まっている。そこでビットコインの需要が高まっているのである。ビットコインに加えて、米ドルと連動するステーブルコインのテザーの需要も高まっているという。

ロシアが仮想通貨を使った国際貿易決済を模索し始めている可能性も

ロシアでは銀行への信頼感が概して低いため、他国と比べて、金融システムにおける仮想通貨の占める割合が大きい。ロシア政府の報告書によると、国民が開設した仮想通貨のウォレット数は1,200万件を越えており、保有規模は約2兆ルーブル(約2兆4,000億円)相当に達すると推定されている。また、英ケンブリッジ大学がまとめた2021年8月のデータによると、ロシアはビットコインのマイニング(採掘)でも世界第3位の規模を持つ。

他方、SWIFT制裁を受けて、ロシア政府は制裁逃れの手段として仮想通貨を使った国際貿易決済を模索し始めている可能性がある。2018年の米国によるSWIFT制裁で世界の金融市場へのアクセスが厳しく制限されているイランは、仮想通貨のマイニングを利用して制裁を回避している。

こうした観測が、足元でビットコイン、その他の仮想通貨の価格を押し上げていると推測されるのである。

米国は仮想通貨取引も制裁対象とすることを検討

ただし、ロシアが仮想通貨を使った国際決済を拡大させていくことは容易ではない。銀行送金と比べて安全性に大きな問題もあるだろう。さらに、米国は、仮想通貨を使った制裁逃れにも目を光らせているのである。

ウォール・ストリート・ジャーナル紙は2月25日に、政権関係者の話として、バイデン政権がロシアの経済制裁の一環として、あるいは制裁逃れを封じるために、仮想通貨を制裁対象に含める検討に入った、と報じている。具体的には、仮想通貨の取引所やブローカーに対して、ロシア、ルーブルといった特定の国、法定通貨との売買禁止を求める、といったことが考えられる。米財務省で制裁の実務を担当するのは外国資産管理局(OFAC)であるが、そこが制裁対象に指定されたロシアのズベルバンクやVTB銀行との取引の停止を仮想通貨取引所に求めることになるだろう。

米国が仮想通貨取引所にまで制裁の対象を広げ、ロシアの制裁逃れを封じても、仲介業者を通さず直接やり取りするピアツーピア (P2P)の仮想通貨売買が増えてきていることを踏まえると、仮想通貨の取引を完全に止めることは難しいだろう。しかし、そのような仮想通貨の取引では、銀行による国際貿易決済などを広く代替することは難しそうだ。

中銀デジタル通貨を国際決済に利用する道

ロシアが短期的に、制裁逃れの手段として仮想通貨に活路を見出すとしても、それを国際決済の主な手段にするとは考えにくい。それよりも、米国が事実上支配する銀行国際決済から離れ、制裁を逃れるためには、独自の中銀デジタル通貨(CBDC)を早期に発行し、それを国際決済に利用する道を選ぶのではないか。

中国は、既にそうした目的から、デジタル人民元の発行を計画している。先進国による対ロシアSWIFT制裁は、いずれ自国にも適用される可能性があるとの警戒を高め、中国にデジタル人民元の発行を急がせているかもしれない。

中国は、香港などとの間で、CBDCを用いた国際決済の実証実験を既に行っている。将来的には、ロシアもCBDCを発行し、中国などと連携して、CBDCを用いた国際決済システムを形作っていく可能性があるだろう。それが完成すれば、欧米からのSWIFT制裁はもはや意味を持たなくなるのである。

このように、ウクライナ問題と先進国の対ロシア金融制裁は、銀行を経由しない中銀デジタル通貨を用いた新たな国際決済制度を巡る、中ロなど権威主義な勢力と民主主義国グループとの間での「覇権争いの起点」となる可能性が考えられるのではないか。

(参考資料)
"Russian Bitcoin and Other Cryptocurrencies Could Be Part of Future Sanctions", Wall Street Journal, March 1, 2022

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