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日米金融政策デカップリングで円は120円台に突入

2022/03/22

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FRBが5月に0.5%の利上げを行う可能性が高まる

22日の東京市場で、ドル円レートは一時120円台に入った。120円台は2016年2月以来、約6年1か月ぶりである。その背景にあるのは、日米の金融政策の乖離(デカップリング)である。

3月15日、16日に開かれた米連邦公開市場委員会(FOMC)で、米連邦準備制度理事会(FRB)は、2018年以来となる利上げ(政策金利引き上げ)に踏み切り、FF金利の誘導目標を0.25%引き上げた。金融市場にとってサプライズとなったのは、FOMCメンバーが示したFF金利の先行きの見通しである。年内で合計1.75%、0.25%刻みであれば合計7回の政策金利引き上げが予想されたのである。これは金融市場のコンセンサスに近かったが、昨年12月に示されたFOMCメンバーの見通しである「今年3回の利上げ」という見通しから大幅に上方修正された(コラム「歴史的に不確実性が高い中でFRBの金融引き締め策に勝算はあるか」、2022年3月17日)。

さらに21日の講演でFRBのパウエル議長は、「政策金利を0.25%以上の幅で1回ないしは複数回引き上げるという、より積極的な行動が適切だとの結論に至った場合にはそうする」として、0.5%幅での利上げの可能性を示唆した。さらに、5月の次回FOMCにおいて0.5%幅で利上げを行う可能性を排除しなかったのである。これを受けて、市場は5月のFOMCで0.5%の利上げが実施される可能性を一気に織り込んだ(オーバーナイト・インデックス・スワップ市場では約7割の確率)。

日本銀行は政策変更を否定し円安を容認する姿勢を示す

FRBとは対照的に、日本銀行は18日の決定会合で金融政策の継続を決めた。黒田総裁は、今年4月以降、物価上昇率が目標水準の2%前後に達する可能性を認めたが、それは原油価格高騰の影響を受けた一時的なものであり、賃金上昇を伴う持続的な物価上昇とは異なる、とする従来の説明を繰り返した。そのうえで、「金融引き締めを行うことはない」と明言したのである(コラム「高まる悪い円安批判とポスト黒田体制下の日銀金融政策の試金石」、2022年3月18日)。

既に物価高に苦しむ日本の国民は、日本銀行が政策変更を頑なに拒むことから強まる円安傾向が、輸入物価を一段と高めることを懸念する。いわゆる「悪い円安」である。来年4月までの黒田総裁の任期中は、日本銀行は利上げに踏み切る可能性は低いが、それがさらなる円安を生むことで、日本銀行は国民からの強い批判に晒される可能性が出てきたのである。

また22日の国会答弁でも黒田総裁は、足元の物価上昇は、円安によるよりも原油価格上昇によるところが大きいとして「悪い円安論」を一蹴したうえで、原油高上昇による物価上昇というコストアップ型は、先行きの景気に悪影響を与える、いわゆる「悪い物価上昇」であり、日本銀行が目指す持続的な物価上昇とは異なるとして、金融政策の正常化を改めて否定する主旨の発言を行った。

実質実効円指数は50年ぶりの低い水準で円は割安

日米の金融政策姿勢は、異例なほど乖離(デカップリング)している。それが、為替市場で円安圧力を高めているのである。16日のFRBの利上げ直後にはドル円レートは一時119円に達した。また、18日に黒田総裁が円安容認の姿勢を示した後には、円は119円台に突入した。さらに21日のFRBパウエル議長の講演を受けて、22日の東京市場でドル円は一時1ドル120円台に入ったのである。

「悪い円安」との批判が国内で高まる中でも、2023年4月までの黒田総裁の任期中は、マイナス金利解除などの明確な正常化策は取られる可能性は低いと考えられる。その中で、円安がさらに進む可能性があるだろう。

他方で、2023年4月まで一方的に円安が進むと考えるのも正しくないのではないか。現在の円は相当に割安である可能性が考えられる。日本銀行が公表している海外との物価格差を調整した実質実効円指数は、現時点で1971年12月以来50年ぶりの低い水準と試算できる。1973年の変動相場制移行以来では最低水準である。またこれは、1973年以来の平均値と比べて33%も低いのである。こうした為替環境は、日本の輸出企業の国際競争力を大きく高めている状況だ。

市場は米国債のイールドカーブに注目

他方で、何らかのショックがあり、市場がリスク回避傾向を強めれば、既にかなり割安状態にある円は、円高方向へと巻き戻されやすい。

急速に利上げを進めようとするFRBの政策によって、米国経済が減速するとの観測が強まることが、金融市場を不安定化させ、リスク回避での円高要因となるだろう。

金融市場は既に、FRBの急速な利上げが米国経済の安定を損ねる、いわゆる「オーバーキル」の潜在的なリスクを感じている。市場が注目するのは、米国債のイールドカーブの形状である。つまりイールドのフラット化や逆イールドから経済の悪化リスクを見極めようとしている。しばしば注目される2年債と10年債のスプレッド(金利差)は、0.14%と2020年3月以来まで縮小した。

FRBもまた国債のイールドカーブから、米国経済の先行きを占おうとしている。パウエル議長は、現在のイールドカーブは、FRBの金融引き締め策が行き過ぎて経済を悪化させるリスクをまだ示していない、としている。FRBの分析によると、3か月TB(短期国債)と18か月の国債金利が逆転すれば、それは景気悪化のリスクが高まっていることを意味し、FRBが利下げに転じるとの見通しを議長は示している。

FRBが利上げを急げば円高転換の時期も早まるか

現時点で3か月TBの金利は0.45%程度、18か月物国債の金利は1.72%程度であり、金利差は1%以上ある。しかし、FRBが年内のFOMCで0.25%ずつ利上げを行えば、年末時点の3か月TBの金利は1.75%~2.0%と、現在の18か月物国債の金利を上回る計算となる。

さらに、パウエル議長が講演で示唆したように、0.5%幅での利上げを連続して行えば、夏場にも3か月TBの金利は18か月物国債の金利を上回り、逆イールドが生じる可能性が出てくる。その場合、金融市場では、景気悪化懸念とFRBの利上げ打ち止め観測が広がるだろう。それは、ドル高の流れを変え、円高方向への巻き戻しが一気に進む可能性がある。

物価高騰への警戒からFRBが利上げに前向きになればなるほど、為替市場では対ドルでの円安進行のリスクは当面のところは高まる。しかし一方で、急速な利上げによる米国経済の悪化への懸念から生じる金融市場の不安定化が、金融市場のリスク回避傾向を高め、為替市場では円高方向へと流れが変わる時期が前倒しされやすくなるのである。

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