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ウクライナ紛争の景気への悪影響よりも物価上昇への対応を優先

15日、16日に開かれた米連邦公開市場委員会(FOMC)で、米連邦準備制度理事会(FRB)は、事前予想通りに0.25%の政策金利引き上げを決めた。政策金利であるFF金利の誘導目標は、0.25%~0.5%となる。政策金利引き上げは2018年以来だ。今回の決定にはセントルイス連銀のブラード総裁が一人反対した。彼は、0.5%のより大きな幅での政策金利引き上げを主張したのである。

声明文では、ロシアによるウクライナ侵攻が米国経済に与える影響は非常に不確実としながらも、短期的にはそれが物価上昇圧力を高め、経済活動を阻害する、と説明した。ウクライナ侵攻とその後の先進国による対ロ制裁によってエネルギー価格が一段と上昇したことは、米国経済に逆風ともなるが、FRBとしては、それ以上に短期的に明確に表れる物価上昇への対応を優先させる姿勢である。

大幅に上方修正されたFOMCの年内政策金利引き上げ見通し

金融市場にとってサプライズとなったのは、FOMCメンバーが示したFF金利の先行きの見通しである。2022年末時点のFF金利予想の中央値は1.75%~2.0%となった。年内1.75%の政策金利引き上げを見込むもので、これは、年内に開催されるFOMCすべてで0.25%ずつの政策金利引き上げを実施するとの見通しに相当する。声明文の中では、「政策金利のさらなる引き上げが適切になる」と連続的な政策金利の引き上げが示唆され、またパウエル議長も記者会見で機敏に行動する考えを明らかにしている。

年内で合計1.75%、0.25%刻みであれば合計7回の政策金利引き上げは、現時点の金融市場のコンセンサスに概ね一致する。ただし、昨年12月時点でのFOMCメンバーによるFF金利の先行きの見通しでは、今年3回の政策金利引き上げが予想されていたことから、今回はかなり上方修正されたことになる。

他方、2023年末時点での政策金利については、FOMCメンバーの見通し中央値は2.5%~3.0%である。これはFF金先市場に織り込まれている2.5%程度を上回るものだ。おそらく金融市場は、2022年中は連続した政策金利の引き上げを予想するが、それが景気を冷やす可能性があるため、2023年には政策金利引き上げのペースはかなり鈍化し、前回の金融引き締め時の政策金利のピークである2.5%程度で頭打ちになる、と見ているのだろう。政策金利引き上げの景気に与える影響の評価が、FOMCと市場との間での2023年の政策金利の見通しの差になって表れているのだ。

市場は「オーバーキル」のリスクを意識か

実際には、政策金利引き上げが景気を冷やすのではないかという金融市場の見方には妥当性があるだろう。今回は、1年間の政策金利引き上げ幅が1.75%と前回の3.5倍、2.5%のピークの水準に到達するまでに1年半程度と、前回の半分程度の時間が見込まれている。前回と比べるとかなり急ピッチでの政策金利引き上げが予想されているのである(コラム「 FRBはインフレとの闘いに勝つと市場は考えているのか 」、2022年3月15日)。

年内の政策金利引き上げの見通しは、なお上方修正される可能性がある。物価上昇率のピークアウトが見えてこないことを受けて、1回あるいは複数回で0.5%幅の政策金利引き上げが実施される、との観測が夏場にかけて広がる可能性がある。その場合、年末時点での政策金利の水準の見通しは、2%を超える。この2%を節目とみておきたい。

それを超える場合には、急速な政策金利の引き上げが景気を冷やしてしまうという「オーバーキル」への警戒を市場は強めるだろう。さらにそのことが、株式に加えて、証券化商品、ハイイールド債といった高リスク資産の調整を促し、金融市場を大きく動揺させるリスクが高まるのではないか。

日本銀行の円安容認姿勢に変化はみられるか

FRBの政策金利引き上げという金融市場にとって悪材料となるイベントが過ぎたことから、16日の米国市場や17日の東京市場では株価が上昇している。しかし、6年ぶりのFRBの政策金利引き上げは、燻り続ける新型コロナウイルス問題、それに関わる世界的な物価高騰、ウクライナ紛争、それに関わるエネルギー価格の一段の上昇、といった歴史的なイベントに新たに加わる大きな懸念材料である。FRBが景気を冷やすことなく物価の安定を回復できるかどうかは不確実であり、その勝算は必ずしも高くないと言えるだろう。金融市場は複合的な大きな不確実性の中にいるのである。

FRBが予想通りに0.25%の政策金利引き上げを決めたことに加え、先行きの政策金利の見通しを引き上げたことを受けて、16日(米国時間)の為替市場では一時119円台とおよそ6年ぶりの円安水準となった。

日本では、円安進行が一段の物価高につながり、国民生活を圧迫することへの警戒感が強まっている。国民や政府の中では、政策変更を強く否定する日本銀行の姿勢がそうした「悪い円安」をもたらしているとして、批判も高まってきている。

来年4月の黒田総裁退任までは、日本銀行は明示的に金融政策の正常化を開始する可能性は低いだろう。しかし一方で、日本銀行が政策を維持し、FRBとの間の政策姿勢の差がさらなる円安につながる場合、日本銀行がさらなる批判を受けることは避けられないだろう。

可能性は高いとは思わないが、18日の日本銀行の金融政策決定会合後の記者会見で、黒田総裁が従来の円安容認の姿勢をわずかでも修正するような発言をするかどうかに注目しておきたい。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。