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ロシアが原油・天然ガスの新たな供給先を開拓しEU制裁の影響を相殺するのは難しい

2022/05/10

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ロシアはEUに替わる新たな原油、天然ガスの供給先を模索

G7(主要7か国)の首脳は5月8日に開いたオンライン会議で、対ロシア追加制裁措置として、ロシア産原油輸入を禁止する方針を表明した(コラム「G7がロシア産原油の輸入禁止で合意。いずれ天然ガスも輸入禁止か」、2022年5月9日)。

そうした中、ロシアは先進国、とりわけEUに替わる新たな原油、天然ガスの供給先を拡大することを模索している。これが上手く行けば、EUの制裁措置はロシア経済に打撃を与えることにはならない。また、ロシアのエネルギー輸出の水準は変わらないため、世界のエネルギー需給にも影響を与えず、価格高騰がEUなど先進国経済に打撃となることもない。

しかし実際には、ロシアが新たな原油、天然ガスの供給先を拡大することで、EUの制裁措置の影響を相殺することは難しい。その結果、原油、天然ガスの価格は一段と上昇するだろう。

ロシアのプーチン大統領は、エネルギー関連商品の輸出先を全面的に再編する計画を6月1日までに策定することを指示した。プーチン大統領は、同計画によって、「向こう数年間で石油とガスの供給を西側から南側と東側の有望な市場へと振り向けることが可能になる」と述べている。

具体的には、アジアとアフリカ、中南米向けのエネルギー輸出インフラを拡大することで、シベリアからの石油・ガスパイプラインを新たに敷設する計画や、ロシアの北極海沿岸を通る北極海航路の開発が含まれる。しかしそうした新たなインフラ建設には、何年もかかるだろう。

EUが提案するロシア産石油の輸入禁止措置には、船舶向け保険などのサービス提供面の制裁も含まれている。保険が制限されれば、ロシア産原油を他国の港に海上輸送することが難しくなる。保険会社や銀行が制裁の影響を懸念する中で、ロシアは石油輸送用船舶の契約で既に困難に直面している。一部の保険業者は、ロシア産原油を輸送する船舶の取り扱いを拒否し始めている。欧州の新たな対ロ制裁が実施されれば、保険会社にとってロシア産石油関連の取引はさらに難しいものになる可能性がある。

中国、インドへのロシア産原油輸出拡大にはそれぞれの課題

ロシアが原油、天然ガスの新たな輸出先として強く期待しているのは中国だ。しかし、現状で中国側は、ロシアとの距離感を維持し、輸入拡大に慎重な姿勢を崩していない。ロシアの計画には、モンゴルを通じて中国へ天然ガスを送るものも含まれるが、中国はまだこの計画に合意していない。

中国は3月にロシアからの原油輸入をむしろ14%減らしている。中国政府は長年、エネルギー供給の多様化を進めると主張しており、原油に関しては中東、天然ガスに関してはオーストラリア、液化天然ガス(LNG)に関しては米国から調達している。中国は、ロシアへの原油、天然ガスの依存度を大きく高めることに慎重である。

ロシアがアジア地域での原油輸出先として、中国と共に期待しているのがインドだ。インドは、武器と原油をロシアからの輸入に大きく依存してきた。調査会社クプラーによると、インドは1~2月にロシアの代表的な油種であるウラル原油を1カーゴ分しか輸入しなかったが、4月には日量70万バレル前後を調達したという。

ただしロシアにとっての問題は、ロシア産原油をインド向けにはかなり安価で提供することを強いられていることだ。インドは3月に、世界的な指標価格から少なくとも20%割安な価格でロシアから原油を輸入する契約を結んだ。インドへの安価な原油販売が恒常化してしまう恐れがあり、それはロシアにとっては輸出収入として政府の歳入を長期にわたって損ねることになってしまう。

ロシアは資源大国の地位を失うか

このように、ロシアが中国、インドあるいはアフリカ、中南米などに原油、天然ガスの輸出を拡大させ、EUの制裁措置の影響を相殺することは簡単にはできない。さらに、より長い目で見た場合には、ロシアのエネルギー供給は減少傾向を辿り、資源大国の地位を低下させていくことが予想される。

2021年のロシアの原油生産量は、1,052万バレルで世界全体の約12%を占めていた。ただし国際エネルギー機関(IEA)によると、制裁の影響でロシアの石油生産量は3月に減り始め、4月中旬までに7.5%減少した。さらに制裁の影響は5月以降により本格的に表れるとし、日量300万バレル近く供給が減る可能性を見込んでいる。これは、ウクライナ侵攻前の原油生産量が3割程度減少し、世界の原油供給量を3~4%減少させる効果を持つ計算だ。さらにEUや日本がロシア産原油の輸入規制を打ち出せば、世界の原油需給は一段とひっ迫し、原油価格は一段と上昇することになるだろう。

ロシアのエネルギー供給は中長期的に減少傾向を辿る可能性がある。大量の原油、天然ガスを世界に供給できることが、今まで世界の中でのロシアの地位、国力を支えてきた。しかし、ウクライナ侵攻後に先進国が打ち出した対ロ制裁措置によって、ロシアはその強みを急速に失う可能性が高まっている。過去に経済制裁を受けたイランやベネズエラなど産油国は、石油生産が深刻な打撃を受け、それ以降は回復できずにいる。ロシアも同じ道を辿る可能性が考えられる。

先進国の企業が、ロシアでのエネルギー開発から撤退を決めたことの影響が今後大きく出てくるだろう。既にロシア全土の大型開発案件に支障が生じているようだ。先端的な探査・油田の保全技術では、ロシアは海外企業に大きく依存してきたためだ。

ロシアは、北極圏の油田開発を海外企業に頼ることで、世界の液化天然ガス(LNG)市場でシェア拡大を目論んできたが、それも難しくなってきた。ロシアは関連インフラを開発する上で重要な液化やガス層の評価などに関する技術が入手できなくなったのである。また精製業者にとっても、精製過程で必要な化学薬品の調達が一部で難しくなる。

ロシアの石油生産は以前から、2020年代でピークに達すると予想されていた。稼働中の油田は全般的に老朽化が進んでいたのである。そこで、ロシア企業は新たな油田の開発に向けて、フラッキング(水圧破砕)など米国のシェール産業から技術を学ぼうとしていたが、それも難しくなってしまった。

ロシアはこの先、資源大国としての地位を急速に落としていくのではないか。ロシアでの原油、天然ガスの生産が趨勢的に減少すれば、長期にわたって世界の原油、天然ガスの需給に影響を与え、価格を高止まりさせる可能性があるだろう。それは世界経済に強い逆風となる。

(参考資料)
"Russia Struggles to Find New Buyers for Commodities as Europe Severs Links", Wall Street Journal, May 6, 2022

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