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修正が進む看板政策『新しい資本主義』と骨太方針

2022/05/18

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「新しい資本主義」の源流はステークホルダー資本主義か

政府は16日の経済財政諮問会議で、骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針)の骨子案を提示した。政府は5月中に原案をつくり、6月上旬の閣議決定を目指している。

4章立ての骨子案のうち第2章は「新しい資本主義に向けた改革」となっており、岸田政権の看板政策である「新しい資本主義」を、そこで具体的な政策に落とし込んでいる。岸田首相は、物価高騰対策のため策定した2.7兆円の補正予算を今国会で成立させた後、改めて総合経済対策を参院選後に打ち出す方針である。そこには、骨太の方針に盛り込まれた「新しい資本主義」の政策が盛り込まれることになろう。

岸田首相の「新しい資本主義」の底流にあるのは、企業が短期的な株主利益の最大化を図る姿勢を修正し、従業員や、取引先、顧客、地域社会といった幅広いステークホルダーの利益に配慮するとともに、気候変動、人権、格差などの社会的課題の解決に積極的な役割を果たすように変えていく考えだろう。これは、近年海外で広まってきた「ステークホルダー資本主義」の考えに近いのではないか(コラム「『新しい資本主義』の源流はステークホルダー資本主義:政府主導の企業経営改革に課題」、2022年2月1日)。

株式市場を味方につける戦略に大きく方針転換

岸田首相は、企業が短期的な利益の拡大を優先する姿勢を改め、また、富裕者層が株式投資で大きな利益をあげ、格差拡大につながることなどを問題視していた。そこで、四半期開示の見直し、金融所得課税の強化、自社株買いの規制、IPO制度の見直しなどを掲げてきた。しかしそれらの政策は、株式市場には逆風となっていた。

「株式市場にネガティブな政権」との評価が広まっていったことに危機感を覚えた岸田政権は、このような政策案を次々とトーンダウンしていったのである。そして、岸田首相は、5月5日にロンドン・シティの投資家を前にした講演で、「安心して日本に投資してほしい。 Invest In Kishida(岸田に投資を)です」と述べ、アベノミックスと同様に、株式市場を味方につける戦略に大きく方針転換したのである。岸田政権は貯蓄から投資のスローガンを再び掲げ、少額投資非課税制度(NISA)の拡充も検討している。

新しい資本主義は所得再配分から成長戦略の性格を強める

こうした政権の軌道修正は、今回の骨太の方針の骨子案にも色濃く表れている。骨子案の「第2章 新しい資本主義に向けた改革」の「1.新しい資本主義に向けた対応」ではまず、<計画的な重点投資> として5つの重点項目が示され、その後に、<社会課題の解決に向けた取組> として、少子化対策・こども政策、女性活躍、孤独・孤立対策、就職氷河期世代支援、デジタル田園都市などの施策が挙げられている。

5つの重点投資とは、(1)人への投資、(2)科学技術・イノベーションへの投資、(3)スタートアップへの投資、(4)グリーントランスフォーメーション(GX)への投資、(5)デジタルトランスフォーメーション(DX)への投資、である。これは、岸田政権の看板政策である「新しい資本主義」が、当初の所得再配分的な政策から、より成長戦略に重点をシフトさせてきていることを印象付けるものではないか。

具体的な政策の肉付けはこれからであるが、各種報道などから5つの重点投資について政府が検討している具体策は、それぞれ以下のようなものと考えられる。

  1. 「人への投資」では、高度なデジタル技能を備えた人材を育成する職業訓練や、社会人が大学などで学び直す「リカレント教育」の拡充などが検討されている。資産所得の増加のため、少額投資非課税制度(NISA)の拡充も検討される。
  2. 「科学技術・イノベーションへの投資」では、人工知能(AI)やバイオ技術への投資が検討されている。
  3. 「スタートアップへの投資」では、新興企業が市場から資金調達をしやすくする規制緩和や成長分野への若者の起業など新規参入支援が検討されている。新興企業育成の5カ年計画を策定する方針も示される方向だ。
  4. 「グリーントランスフォーメーション(GX)」への投資では、環境への負荷が高い石炭火力発電所の運営事業者が事業を廃止しやすくする仕組み作りにも取り組むことが検討されている。
  5. 「デジタルトランスフォーメーション(DX)への投資」では、高速大容量規格「5G」の早期全国展開が盛り込まれる見通しである。

「必要な財政出動は躊躇なく」との姿勢は問題

自民党の「新しい資本主義実行本部」は13日に党本部で会合を開き、政府への提言のたたき台について議論した。経済を立て直す具体策として、(1)量子技術などDX、(2)脱炭素社会への転換を目指す「グリーントランスフォーメーション(GX)」、(3)人への集中的投資-の3分野について官民を挙げて取り組みを強化するよう政府に要請した。骨太の方針の骨子案には、こうした自民党内での議論が強く反映されたのである。

他方で気になるのは、こうした政策を実施する上で、「必要な財政出動は躊躇なく機動的に行っていく」との方針が示されたことである。

岸田政権の看板政策である「新しい資本主義」が、当初の所得再配分的な政策から、より成長戦略にシフトするのは歓迎したいところだが、財政支出を拡大させ、いたずらに財政環境を一段と悪化させてしまうことは問題だ。財政環境の悪化、政府債務の増加は、将来世代の需要を奪い、中長期の成長期待を低下させてしまう恐れがある。それは、日本経済の潜在力を低下させ、成長戦略に逆行するものとなってしまうだろう。

財政規律に配慮を

財務相の諮問機関である財政制度等審議会がとりまとめる建議(提言)では、2025年度に国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス)を黒字化する政府目標を堅持すべき、との主張が盛り込まれる見通しだ。それを、骨太の方針に反映させたい考えである。

提言では、「円に対する市場の信認がこれまで以上に問われる中、仮に財政健全化目標を後退させれば信認を失うリスクが大きい」と警鐘を鳴らし、足元の円安進行と関連付けて、黒字化目標を堅持して、歳出・歳入両面の改革を進める必要性を強調している。既にみたように、自民党内では、財政規律よりも積極的な財政出動を求める意見が高まっている。今回の建議は、こうした自民党内の議論をけん制する狙いもあるのだろう。

政府・自民党は、近い将来の巨額の経済対策の実施を事実上の公約にして参院選を戦う方針とみられるが、将来の国民の負担や経済・金融の安定に深く関わる財政健全化の問題についても、責任ある立場をとり、また説明責任をしっかりと果して欲しい。財政制度等審議会の建議(提言)を真摯に受け止めるべきだろう。

(参考資料)
「新資本主義にたたき台 DXなど3分野投資柱 自民実行本部」、2022年5月14日、産経新聞
「「財政黒字化目標 堅持を」…財政審建議 「骨太方針」反映へ」、2022年5月14日、読売新聞速報ニュース
「骨太の方針:新しい資本主義「人に重点投資」 「骨太の方針」骨子案」、2022年5月17日、毎日新聞
「脱炭素などに重点投資 政府、骨太方針の骨子案」、2022年5月17日、産経新聞
「人材・技術に多年度投資 政府、骨太方針骨子案」、2022年5月17日、京都新聞朝刊

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