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2%を超えた物価上昇は日本経済に有害

2022/05/20

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コアCPIの前年同月比は2009年以来の水準

5月20日に総務省は4月消費者物価統計を公表した。生鮮食品を除く消費者物価指数(コアCPI)は前年同月比で+2.1%と、3月の同+0.8%から一気に上昇した。事前予想の平均値は同+2.0%程度だった。

数字が一気に跳ね上がったのは、昨年4月に価格が大きく下落した携帯電話の通信費の影響(3月時点の寄与度は前年比-1.4%程度)が剥落したためだ。

4月のコアCPIの前年同月比は、2015年3月の同+2.2%以来の高い水準となった。しかしこれは消費税率引き上げの影響を受けたものであり、消費税率引き上げの影響を除くと2009年9月以来の水準である。

コアCPIの高い上昇率は、エネルギー価格の上昇の影響を大きく受けている。海外では、価格変動が激しい食料品とエネルギー価格を除いて基調的な物価、つまりコアCPIとする国が多いが、日本ではこれに近い食料(酒類を除く)とエネルギーを除く消費者物価指数で見ると、前年比で+0.1%である。

4月のコアCPIは前年比で2%を超え、日本銀行の物価目標の水準に達したが、より基調的な部分に注目すると、日本の消費者物価上昇率はまだ低い水準と言える。

物価上昇はなお広がりを欠く

実際、日本の物価上昇は品目の偏りが大きい。コアCPIの前年同月比寄与度で見ると、エネルギーが+1.4%、食料品が+1.0%、生鮮食品を除く食料品が+0.6%である。生鮮食品を除く食料品の価格上昇の寄与度は、エネルギーの半分以下である。日々加工食品の値上げが報道されているが、実際の食料品価格上昇の寄与度は思っているほどには大きくない。やはり、エネルギー価格上昇の影響の方が大きいのである。

日本銀行の分析によれば、消費者物価指数の全体的な動きを捉える加重中央値(価格上昇率の高い順にウエイトを累積して50%近傍にある値)、最頻値(品目別価格変動分布において最も頻度の高い価格変化率)は、それぞれ3月時点で前年同月比+0.2%、同+0.3%と比較的低位にとどまっている。物価上昇は特定の品目に偏っており、なお広がりを欠いていることを示唆している。

従って、海外要因と円安の影響を大きく受けるエネルギーと食料価格が落ちつきを取り戻せば、2%まで上昇した日本のコアCPIの上昇率も、低下傾向に転じることが見込まれる。

年末のコアCPIは+3%超えの可能性も

原油価格と為替が現状の水準(WTI原油先物110ドル/バレル、ドル円1ドル130円)を維持する場合には、コアCPIの前年比上昇率は2%を上回る水準が年内は続き、今年年末(12月)には+2.7%となる見通しだ。

他方、向こう3か月でWTI原油先物が130ドル/バレルまで上昇し、ドル円が1ドル140円まで円安が進む(その後横ばい)リスクシナリオの場合には、年末時点でのコアCPIの上昇率は+3.1%と、いよいよ3%を超える見通しとなる。

生活者に打撃が大きい物価上昇

価格上昇の品目に偏りがあり、物価上昇がそれほど持続性は高くないといっても、エネルギー、食料品の価格が大きく上昇すれば、それが国民の生活を圧迫することには変わりはない。エネルギー、食料品はまさに、生活必需品であり、高い頻度で購入する品目だ。ぜいたく品や購入頻度が低い財・サービスであれば、価格上昇率が高い間その購入を控えれば、消費者は物価高の影響から逃れることができるが、現状ではそれが難しいのである(コラム「2極化傾向を強める国内の物価動向」、2022年1月28日)。そうした品目の購入割合が高い、低所得層や高齢者層が、特に足元の物価上昇による打撃をより大きく受けやすくなっている。

3月時点で、一人当たり賃金上昇率から消費者物価上昇率を引いた実質賃金上昇率は前年比で-0.3%、賞与、残業代などを除いた「きまって支給する給与」で見ると同-0.8%である。賃金上昇が物価上昇に追い付かずに購買力が低下し、消費者はどんどん貧しくなっていっているのである。

物価上昇期待の高まりはリスクが大きい

かつては、デフレ脱却の方策として、家計の物価上昇期待を高めることで消費を刺激すべき、との主張がよく聞かれたが、現状ではこれはリスクが大きい考え方ではないか。

賃金上昇率は、生産性上昇率や潜在成長率といった経済の潜在力で決まる側面が大きいと考えられる。日本の労働生産性が高まる、あるいは将来の成長期待が高まって初めて企業は日本で賃金を大きく引き上げるのである。ただし足元では経済の潜在力が高まっている証拠はないことから、企業の賃上げは限定的である。こうした中、消費者が物価上昇率の上振れが長期化するとの見方を強めると、それは防衛的な消費行動を促し、個人消費の低迷につながりやすい。

賃金を上回る物価上昇、つまり実質賃金の低下によって個人消費が弱くなれば、需給が悪化して物価上昇率は低下しやすくなる。それによって賃金上昇率と物価上昇率の乖離が解消されていくというのが通常の安定回復のメカニズムだ。

ところが足元の物価上昇は、海外での原油高、農産物価格上昇、そして円安といった外部要因によるところが大きい。そのため、消費が弱くなって国内の需給が悪化してもなお、高い物価上昇率が続きそれが個人消費をさらに悪化させる恐れがある。最終的には、物価高や金融引き締めの影響で世界の需要が明確に悪化しないと、原油高、農産物価格上昇は収まらない可能性があるのではないか。それは起こるとしても来年以降ではないか。

日本の実力に照らして物価上昇率は高すぎる

日本銀行が指摘するように、2%の物価上昇は比較的一時的な現象であり、それが持続的となった物価目標が達成できるめどはない。ただし現在の物価上昇率は、既に賃金上昇率を決める日本経済の潜在力、いわゆる日本経済の実力に照らして高すぎる状況だ。この状態が続けば、消費者の物価上昇率見通しはさらに上振れ、個人消費はさらに悪化するだろう。

こうした状況の下では、金融政策を通じて、さらなる物価上昇を食い止め、個人の物価上昇率見通しが一段と高まることを防ぐ、というメッセージを中央銀行が送ることが求められるのではないか。米国で行われているような急速な金融引き締め策を日本で実施することは現実的ではないが、物価の安定回復に向けた意思を日本銀行が改めて示すことが、経済の安定維持には必要だろう。

現状のように日本銀行が金融緩和を修正することを強く否定すればするほど、円安進行に後押しされる形で個人の物価上昇率見通しは一段と高まり、それが日本経済をより不安定にさせてしまうのではないか。

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