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住民税非課税世帯5万円給付の経済効果と課題

2022/09/07

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住民税非課税世帯への5万円給付は個人消費を2,250億円押し上げ

政府は9日の「物価・賃金・生活総合対策本部」で、追加の物価高対策を決定する。既存のガソリン補助金制度を10月以降も継続する、政府が輸入小麦を製粉会社などに売り渡す価格を10月以降も現在の水準に据え置く、地方自治体が独自に物価対策を進める際の原資となる「地方創生臨時交付金」を現在の1兆円から増額するなど、さらなる物価高を避け、現状の物価高対策を継続するやや消極的な対応にとどまる。

ただし、それらに加えて、住民税非課税世帯に対して1世帯当たり5万円を給付する措置が新たに講じられる可能性が高まっている。全5,976万世帯のうち約27%に相当する約1,600万世帯が対象になるとみられる。9千億円程度の財源が必要になると考えられ、今年度予算の予備費が充てられる見通しだ。

一時的な所得増加は、貯蓄に回る割合が高くなる傾向があるが、かつての定額給付金の効果についての内閣府の試算によると、給付金の25%が消費に回った。この数値に従うと、今回の9千億円程度の住民税非課税世帯への給付は、個人消費を2,250億円程度押し上げると試算される。これは年間名目GDPの約0.04%であり大きな経済効果を発揮するとは言えない。

給付金は物価高の痛みを一時的に和らげる施策に過ぎない

足元で進む物価高は、エネルギー、食料品の価格上昇が中心であり、それらは低所得層ほど消費全体に占める比率が高い(コラム「低所得者に厳しい物価高が続く:6月消費者物価統計」、2022年7月22日)。つまり、足元の物価高は低所得層により大きな打撃を与えることから、低所得層にターゲットを絞った対策を講じることは重要となる。

ただし、住民税非課税世帯は世帯全体の約27%にも相当することから、支援対象を十分に絞り込めていないと言えるのではないか。もっとピンポイントで、物価高の影響を大きく受ける低所得層を集中的に支援する施策が望ましい。しかし、そうした世帯を短期間で特定する手段がないことから、児童手当給付世帯や住民税非課税世帯が給付の対象とされるのである。所得水準などに応じて、必要な世帯に必要な給付を迅速に届けることができるよう制度の構築を進める必要がある。

ただし、低所得層にとっても給付金は一時的に痛みを和らげる施策に過ぎない。より抜本的な対策として、政府には、成長戦略の強化を通じて労働生産性、潜在成長率を引き上げる取り組みを積極化することが望まれるところだ。その結果、賃金が先行き増加するとの期待が個人の間に高まれば、物価高が個人消費に与える打撃は軽減されるだろう。それは、物価高に対する経済の耐性を構造的に強めることになる。

143円台までの円安進行下で日本銀行の役割がより重要に

足元でドル円レートは143円台まで円安が進んでおり、追加的な物価上昇圧力をさらに高めている。円安を通じた物価高が長期化するとの懸念も個人の間で高まってきているだろう。

賃金上昇期待が限られる中、物価高が長期化するとの懸念を個人が強めると、消費が大きく抑制されるリスクが高まる。この点から、物価高が長期化するとの懸念を和らげることも、経済の安定維持の観点からは重要だ。それは、本来金融政策が担うべき領域だろう。

日本銀行には、金融政策の柔軟化を伴う形で、中長期の物価安定に対するコミットメントを改めて強く示すことを期待したい。その結果、「硬直的な金融政策のもとで悪い円安、悪い物価高がどこまでも続いてしまう」といった個人の懸念を緩和することができれば、日本経済に安定に貢献するのではないか。

日本銀行が指摘するように、2%の物価上昇は比較的一時的な現象であり、それが持続的となった物価目標が達成できるめどはない。ただし2%を超える現在の物価上昇率は、既に賃金上昇率を決める日本経済の潜在力、いわゆる日本経済の実力に照らして高すぎる状況だ。この状態が続けば、消費者の物価上昇率見通しはさらに上振れ、個人消費はさらに悪化してしまうだろう。

こうした状況の下では、金融政策を通じて、さらなる物価上昇を食い止め、個人の物価上昇率見通しが一段と高まることを防ぐ、というメッセージを中央銀行が送ることが求められるのではないか。米国で行われているような急速な金融引き締め策を日本で実施することは現実的ではないが、物価の安定回復に向けた意思を日本銀行が改めて示すことが、経済の安定維持には必要だろう。

日本銀行には、将来的には金融政策全体の正常化、当面のところでは長期金利の上昇を一定程度容認するような政策の柔軟化措置を期待したい。しかし、実際には、来年4月まで続く黒田総裁のもとでは、日本銀行が政策を修正するあるいは正常化する可能性は低いものとみられる。

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