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ロシア経済指標の信憑性

2022/09/09

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統計公表停止で実態が分からないロシア経済

国際通貨基金(IMF)は7月の最新世界経済見通しで、2022年のロシアの実質GDP成長率見通しを、前回4月の-8.5%から-6.0%へと上方修正した。春の時点では、2022年のロシアの成長率は-15%にも達すると予測する機関もあったが、その後、成長率見通しの上方修正が相次いでなされている。

先進国によるロシアからのエネルギー輸入を制限する対ロ制裁措置はロシア経済に大きな打撃を与えたが、ロシアがアジアや中東など他地域に原油の輸出先を広げたことや、エネルギー価格の上昇によって、制裁措置の打撃を一部緩和できたことは確かである(コラム「制裁下でも原油輸出の大幅減少回避に策を弄するロシア:ロシアと先進国は痛み分けか」、2022年9月6日)。しかし、ロシア経済の実態は、IMFなど予測機関が考えるよりも厳しい、との見方がある(ウォールストリート・ジャーナル紙)。

ロシアの主要な経済指標はウクライナ侵攻後に公表が停止されたため、ロシア経済の実態は外から見えなくなっている。ロシア国家統計局、ロシア中央銀行などの公的機関は、輸出入、債務、原油生産量、銀行、航空会社や空港の利用者数など、それまで定期的に公表していた指標の公表を次々に停止した。先進国側に手の内を見られないよう、弱みを見せないようにするための戦略である。

主要な経済指標の公表を停止する一方で、ロシア政府は4-6月期の実質GDPが前年同期比で4%減にとどまったことや、失業率が3.9%と過去最低を更新したことなどを明らかにしている。こうした数字には、先進国の制裁措置を受けてもロシア経済が著しく悪化していないことを先進国側にアピールする狙いがあり、その信憑性には疑問がある。

ただし、これらの数字の妥当性を他の指標との関係で明らかにすることはできないため、予測機関はこれらの数字に基づいてロシアの成長率の見通しなどを作成することを余儀なくされているのである。

ロシア経済の実態をはかる手法の開拓

ソ連時代から経済データの信ぴょう性は極めて低かったとされる。先日死去したソ連最後の最高指導者ミハイル・ゴルバチョフ氏は1989年に、同国が軍事費の規模を過小報告していたことを暴露した。実際は公表値の4倍だったそうだが、ソ連の指導者の多くはその実態を知らなかったという。

ソ連崩壊後、ロシアが市場経済へと移行し、西側諸国との関係が深化するにつれて、経済指標の正確性は改善していった。

ところがプーチン大統領が2017年に、連邦統計局を経済省の管轄下に置いて以降は、公表するデータの質が再び疑問視されることが増えていったという。現状では、ロシア政府が公表するわずかな指標の信憑性は、一段と低下している可能性が考えられる。

また、ロシアには「隠れ失業者」がいることが知られている。従業員を解雇することは法的に難しいが、企業は景気悪化時に従業員に無給での休暇取得を強制できる。この場合、その従業員は事実上失業状態にあっても、就業者としてカウントされるのである。2015年の失業率は、隠れ失業者を含めると約2.5ポイント高くなるとの推計がある。

イエール大学経営大学院チーフ・エグゼクティブ・リーダーシップ・インスティテュート(CELI)などは、ロシアによるウクライナ侵攻後の欧米企業の撤退や制裁はロシア経済に壊滅的な打撃を与えており、ロシアから撤退した企業は1,000社以上に上り、それによる売上高の減少は合計でロシアのGDPの40%を上回るという。一部の企業はロシア人に引き継がれているとはいえ、この点を踏まえると、ロシアのGDPの落ち込みが前年比4%減にとどまるとするのは不自然だ。

さらにCELIの推計では、撤退した企業のうち約500社が完全に事業をやめ、ロシアの労働力人口の最大12%が失業した。その一部は再就職したとしても、失業率が4%という政府の発表はやはり疑わしい。

このように、ロシア経済の実態はほぼブラックボックスとなっている。対ロシア戦略を検討する観点から、先進国はロシア経済の実態をより正確に知る必要がある。それには、公表される経済指標以外に、SNS、ヒアリングなどを通じたロシア国内からの様々な定性的な情報から推定していく手法を確立していくことが早急に求められるのではないか。

(参考資料)
"Russian Economic Optimism Is Based on Suspect Data(堅調そうなロシア経済、疑わしい公式データ)", Wall Street Journal, September 5, 2022

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