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円安阻止の単独為替介入の効果は限定的

2022/09/14

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「レートチェック」は円安けん制のための日銀の隠し玉だったか

為替市場では、急激な円安の流れを食い止めるために、政府が円買いドル売りの為替介入を行うことへの警戒感が強まっている。14日に鈴木財務大臣は、急激な円安進行が続けば「あらゆる手段を排除せずに対応していかねばならない」と発言した。そしてあらゆる手段に為替介入が含まれるのかとの問いに対して、「そう考えていい」と語った。今まで円安対策として具体的な手段に言及してこなかったことを踏まえると、これは一歩踏み込んだ発言である。

その後、日本銀行が民間銀行に対して為替の水準を電話で問い合わせる「レートチェック」を行った、と日本経済新聞が報じた。過去には、為替介入を実施する前段階として、日本銀行による「レートチェック」が行われてきた経緯がある(コラム「物価高対応の強い意志を改めて示したパウエル議長と日本の円安対策の限界」、2022年9月9日)。

為替介入は財務大臣が決定し、日本銀行は財務大臣の代理人として、その指示に基づいて為替介入の実務を遂行する。日本銀行の説明によると、為替相場が急激に変動し、財務大臣が、為替介入が必要と決断すると、財務省は日本銀行の金融市場局為替課にその旨の連絡を行う。これを受けて、日本銀行の為替課は、為替相場の変動要因や、介入決定の判断に資するようなマーケット情報を財務省に提供する。さらに財務省は、日本銀行に対し為替介入実行の具体的指示を行い、日本銀行が介入を実施するのである。この一連のプロセスで、日本銀行がマーケット情報を収集する行動が「レートチェック」に当たるのだろう。

ただし、日々の業務の中で、為替介入とは関係なく日本銀行が自らの判断で銀行に為替レートを問い合わせることもできるため、今回の「レートチェック」が為替介入実施に至るプロセスの中で実施されたものとは必ずしも言えない。「レートチェック」が行われると為替介入が近いと考える市場参加者が多いことから、円安けん制のために日本銀行が仕掛けた「隠し玉」であった可能性も十分に考えられる。

為替介入に向けたハードルは相応に高いが可能性はゼロではない

日本が為替介入を行う際には、他の主要国、特に米国の承認が事実上必要、と考えられている。多くの国が自国通貨安による物価高を警戒する中、米国が日本にだけ特別に為替介入を認めるとは考えにくいところだ。そうなれば、他国にも為替介入の動きが広がり、通貨切り上げ競争に発展してしまう恐れがある。従って、日本の為替介入に向けたハードルは依然として相応に高いと考えておくべきだろう。

しかし、日本政府の強い働きかけに折れる形で、米国が日本の為替介入をしぶしぶ黙認する可能性や、米国との外交関係の悪化を覚悟のうえで、日本政府が米国の承認を得られないままに介入に踏み切る可能性も残されているため、為替介入実施の可能性も一定程度は考慮しておく必要があるだろう。

ドル売り・円買い介入は外貨準備の額に制約されるため効果は小さい

為替介入には円やドルなどの資金の調達が必要になる。財務省所管の外国為替資金特別会計(外為特会)の資金が為替介入に使われるのである。急激な円高に対応して、為替市場で円を売ってドルを買う「ドル買い・円売り介入」を行う場合には、政府は政府短期証券を発行することによって円資金を調達し、これを売却してドルを買い入れる。反対に、急激な円安に対応し、為替市場でドルを売って円を買う「ドル売り・円買い介入」を行う場合には、外為特会の保有するドル資金を売却して、円を買い入れることになる。円売り介入では、円の調達に限界は生じにくい。ところが、円買い介入の場合には、外貨準備の額に制約を受けることになるのである。

今年3月末で外貨準備の残高は1兆3,561億ドルである。現在のドル円レートで換算すると195.3兆円である。これが円買い介入で政府が使うことができる上限となる。

1997年から98年にかけて銀行不安を背景に円売りが進み、政府がドル売り円買い介入を実施した際には、98年4月10日に介入規模が2.6兆円に達した。これが1日での最大規模である。それ以外の介入額はいずれも1日1兆円に満たなかった。1991年から92年のドル売り円買い介入時にも、1日の介入額は1,000億円に満たなかった。

他方、ドル買い円売り介入時には、2011年10月31日には1日の介入規模が約8.1兆円に達するなど、1兆円超えの介入規模になることが多い。これと比べて、ドル売り円買い介入時の介入規模は抑えられやすい。介入資金が、外貨準備の額に限定されるからである。為替市場でもドル売り円買い介入の限界は意識されやすく、そのため、ドル買い円売り介入と比べて効果が減じられやすい。

介入規模は日本の外国為替市場の1日の取引高の3,755億ドルと比べて小さい

ところで、国際決済銀行(BIS)が3年に一度行っている調査によると、2019年4月時点で世界の外国為替市場における1日の取引額は6.6兆ドルであった。そのうち、日本の外国為替市場の1営業日あたりの平均取引高は、3,755億ドルであった。現時点のドル円レートで換算すると54.0兆円である。

外貨準備の額に限定されるドル売り円買い介入時の介入額と比べて、為替市場の取引額は大きく、介入によって為替レートを大きく動かすことは難しいのが実態である。ドル買い円売り介入局面では過去最大規模となった2011年10月31日の約8.1兆円規模で仮に介入を実施するとしても、外国為替市場の1日の取引額の15%に過ぎない。1兆円であれば2%未満である。

さらに、ドル売り円買い介入の上限となる外貨準備の残高195.2兆円は、外国為替市場の1日の取引額の3.6倍に過ぎないのである。

単独での円買い介入は特に効果が小さく、「抜かずの宝刀」のままが得策か

過去に為替介入が一定の効果を挙げたのは、主要国による協調介入の場合である。今回は、仮に日本政府が為替介入を実施するとしても単独介入である。さらに、外貨準備残高に制約を受けるドル売り円買い介入は、過去に多く実施されてきたドル買い円売り介入と比べて効果が限定的となりやすい。

このように考えると、政府が仮にドル売り円買い介入に踏み切っても、円安の流れを食い止めることはできないだろう。ひとたび為替介入を実施すれば、市場の警戒感はむしろ緩和され、その効果は短期間でなくなってしまう。

他方、当局が為替介入の可能性をちらつかせ、「抜かずの宝刀」のままでいた方が、当面のところは円安けん制の効果としては大きくなるのかもしれない。この点を考慮すれば、やはり為替介入を実施するハードルはなお高いのではないか。

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