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英トラス前首相が読み誤った金利上昇局面での財政拡張策のリスク:日本への教訓は何か

2022/11/02

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英国政府は財政拡張策、中銀は金融引き締めを強化するポリシーミックスを選択

英国のトラス前首相は10月20日、在任わずか約1カ月半で、異例のスピード辞任表明に追い込まれた。党首選での選挙公約であった目玉政策の大型減税策が、金融市場の混乱を引き起こしてしまったことが、そのきっかけとなった。金融市場が政治を動かした、歴史に刻まれるイベントの一つとなったのである。

トラス前首相とクワシ・クワーテング前財務相は、富裕者減税を含む減税策や家計、企業に対する数十億ポンドの補助金の実施を目指した。問題はその財源を国債発行で賄う計画としたことだ。これに対する金融市場の反応はまさに教科書通りであり、国債増発懸念から英国債が大幅に下落(金利は上昇)し、財政悪化による通貨の信用低下を映してポンドは大幅に下落した。

さらに、英国中銀は金融市場の混乱を受けて、むしろ利上げ姿勢を強める方針を示したのである。その後、国債市場の安定の観点から一時的に国債買い入れを実施したものの、予定通りに早期にそれを打ち切るとともに、金融引き締め策の一環で国債を売却する方針を維持している。

物価安定の観点から、英国中銀は為替の安定を重視している。そのため、物価高が続くもので政府が財政拡張策を実施すれば、英国中銀は金融引き締めをむしろ強化することで為替・物価の安定を図る、というポリシーミックスを選択することになる。これが、金利の上昇をさらに促すのである。

トラス前首相は財政拡張策を実施するタイミングを見誤った

現在、英国の政府債務のGDP比は約100%で、新型コロナ問題流行前の約80%を大幅に上回っている。英国に限らず多くの国が、新型コロナ問題への対応で財政支出を拡大し、財政環境は悪化している。

トラス前首相が、仮に今回の大型減税策の実施を1年前に表明していたなら、金融市場は悪い反応を示さず、早期に辞任に追い込まれることはなかった可能性がある。金利の水準が低いもとでは、同様の減税策であっても、財政環境に与える悪影響は大きくなく、英国中銀の利上げを加速させることに伴って、金利を大きく押し上げる結果とはならなかっただろう。その意味で、トラス前首相は財政拡張策を実施するタイミングを見誤ってしまったのである。

例えば、2021年1月の就任直後から新型コロナ問題への対応で巨額の経済対策を相次いで打ち出していた米バイデン政権は、今やその経済政策の中心を物価高対策へと移し、今年8月には「インフレ抑制法」を成立させた。そこには、向こう10年間(2022~2031年度)で財政赤字を約3,000億ドル削減する施策が含まれている。

こうした点も踏まえれば、トラス前首相の財政政策は、世界の時流とはかけ離れていたと言えるのではないか。

日本では財政拡張策は金利上昇を招かないが円安を加速させるリスク

多くの国は、物価高騰下、金利上昇下で政府債務を拡大させる形での財政拡張策を実施することのリスクを、英国の金融・政治混乱から学んだ。他方で、十分に学んでいない可能性があり、懸念されるのが日本である。10月21日に日本政府は、裏付けとなる2022年度第2次補正予算案を一般会計で29.1兆円程度とする大型経済対策の実施を閣議決定した(コラム「経済対策経済効果試算値アップデート(GDP押し上げ効果は2.39%)」、2022年10月28日)。その財源の大半は赤字国債で賄われる。

政府は、GX投資や国防費増額など恒久的、あるいは長期的な財政支出については、炭素税導入、法人税率引き上げなど財源確保の議論はするが、一時的な経済対策については、国債発行で賄うことに抵抗を持っていないように見受けられる。恒久的、長期的な歳出増加でなくても、新規の国債発行を増加させて賄えば、それは財政環境を一段と悪化させ、将来に付けを回すことになる点では同じである。

ただし、赤字国債発行で賄われる大型経済対策が正式に決まっても、日本では英国のように国債の金利が大きく上昇することは容易には考えられない。日本銀行が金融緩和を維持していることがその一因であるが、それだけでなく、日本経済の低い潜在力が、低金利環境を支えているためである。

しかし、他国とは異なり、中央銀行が為替の安定に配慮していない日本では、財政環境の一段の悪化は、通貨の信認低下を助長することで、教科書通りに円安を一段と加速させる方向に働く可能性があるだろう。

それは、大型経済対策に盛り込まれた電気料金値上げによる負担の軽減など、一時的な物価高対策ではなく、構造的な賃金上昇による物価高への耐性向上や日本銀行の政策修正による為替の安定を通じた物価の安定維持などを望む国民にとっては、期待しているものとは違う政策となったのではないか。

環境を読み違え、金融市場と国民の反発を招く財政政策を打ち出した英国の失敗から、日本も真摯に学ぶべきだ。

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