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防衛費増額は規模先にありき、恒久財源確保先送りの決着か

2022/12/08

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防衛力強化でも「規模先にありき」

反撃能力の保有、防衛費の大幅増額など、戦後日本の安全保障政策を大きく転換する施策が、国民的な議論の高まりもないまま、この年末に慌ただしく短期間で決まろうとしている。

岸田首相は関係閣僚に対して、防衛費を2027年度にGDP比2%まで増額することを指示し、また5年間で防衛費の総額をこれまでの1.5倍にあたる約43兆円とする方針を示している。

防衛費増額について岸田首相は当初、「中身、規模、財源」の3つを一体で決めると明言していた。ところが実際にはその方針に反して、規模を先に決め、中身、財源の決定は後回しとなっている。先般の総合経済対策と同様に、ここでも「規模先にありき」の姿勢が繰り返されている。それは、規模に強くこだわる自民党内保守派の圧力に政府が屈したためではないか。

防衛費増額自体が目的ではなく、国民の生命を守り安全性を高めることが、防衛力強化の最終的な目的である。しかし、反撃能力、継戦能力を高めることがその目的に適うものになるとは限らず、周辺国を刺激することで安全保障上のリスクをむしろ高めてしまう、米国の戦争に巻き込まれるリスクを高めてしまうといった側面もあるだろう。国民の生命を守り安全性を高めるためには、外交戦略の練り直しと一体で防衛力強化を図ることが求められるが、そのような議論は残念ながら聞かれない。

1兆円規模を法人増税で賄う方向で議論

12月7日に自民両党の幹事長らは、防衛費増額の財源について協議した。まずは、歳出改革や剰余金・税外収入などを財源にする。外貨建て資産の管理や財政投融資などを扱う特別会計の剰余金や積立金、国有資産の売却などのお金を集め、防衛財源とする(コラム「問題先送りの公算が高まる防衛費増額の財源確保」、2022年11月30日)。それらで賄えない部分については税制措置で対応する方針で両党は一致した。

防衛費増額の財源について、2027年度の時点で必要となる4兆円分のうち、歳出改革や剰余金・税外収入などを活用したうえでなお不足する1兆円規模を増税でまかなう方向で議論が進んでいる。

政権内では、「国民一人一人の負担になるとの誤解は避けたい」との意見があり、所得税の引き上げは避けるべきとの考えが強い。今後は法人税の引き上げが議論される見通しだ。ちなみに、現在の法人実効税率は29.74%であり、法人税収を1兆円引き上げるには、実効税率を32.5%程度まで引き上げる必要が出てくる。

ただし、防衛力強化を通じて国民の安全性が高められるのであれば、そのメリットを享受するのは企業だけでなく国民全体である。この観点から、個人が負担する所得税増税も選択肢から排除すべきではないだろう。

直接的な負担を覚悟することで、無駄のない効率的な防衛力強化、あるいは新たな外交政策・安全保障政策などについて、国民がより主体的に議論に加わるようにもなるのではないか。

来年度の増税実施は見送り

ところで、2023年度には増税は行わず、実施は早くても24年度とすることが与党内で合意された。これは、来年4月の地方統一選挙への影響に配慮した政治的な決定であろう。

自民党の萩生田政調会長は6日の党会合で、防衛費増額の財源について、「すべてを税で賄うとか、来年から増税が始まるという間違ったメッセージを(来春の)統一地方選前に出すのは大きなマイナスだ」と指摘している。統一地方選への影響を警戒する自民党内の意見に配慮して、防衛支出の増加を恒久財源確保に先行させる決定がなされつつある。

他方、来年に景気情勢が悪化すれば、2024年度からの増税実施も先送りされる可能性が出てくる。そもそも、防衛費増額の財源について、27年度の時点で必要とされる4兆円分のうち、歳出改革や剰余金・税外収入などで3兆円も賄うことができるのだろうか。歳出削減で賄える部分は、実際には僅かだろう。

仮にそれが可能であるとしても、剰余金・税外収入などは一時的な財源確保手段でしかない。他方、一度積み増された防衛費が、5年後には再び減らされるとは思えない。その場合、2027年度以降については、剰余金・税外収入などでは防衛費増額分を賄い続けることができないだろう。財源議論は、2027年度以降も視野に入れて議論をしなければならない。

防衛費増額の負担は現役世代で広く分かち合うべき

2027年度以降、4兆円近い恒久財源を確保する必要が出てくる可能性もあるのではないか。経済や世論などに配慮して、大型増税でそれを賄うことを政府が避けることを選択すれば、結局防衛費増額分は国債発行で賄われ、将来にわたる国民負担となってしまう。それは経済の成長力に逆風となり、国力の低下がむしろ総合的な防衛力を損ねてしまう恐れも出てくるだろう。

恒久財源としての増税の実施時期、内容、規模については、2027年度以降も視野に入れて、できる限り早期に決定しておくことが必要だ。仮にそれが先送りされてしまえば、結局は国債発行で賄うという安易な方向に流されてしまいやすい。

「防衛力の抜本的強化のための財源は、今を生きる世代全体で分かち合っていくべき」とする「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」の報告書に示された提言の重みを、しっかりと受け止めるべきだ(コラム「防衛費増額の負担は現役世代で広く分かち合うべき(防衛力強化の有識者会議報告書)」、2022年11月24日)。

(参考資料)
「防衛費増の財源、不足分は増税で 自公両党が一致-2023年度は増税せず」、2022年12月8日、日本経済新聞電子版
「防衛費財源、27年度増税分は1兆円規模 政府・与党調整」、2022年12月8日、日本経済新聞電子版
「防衛費:防衛費増、一部増税 自公一致 23年度は実施せず」、2022年12月8日、毎日新聞
「防衛財源 段階的に増税 5年後で1兆円程度想定」、2022年12月8日、静岡新聞
「自民・萩生田氏、増税論「統一選に影響」 防衛費巡り(短信)」、2022年12月7日、日本経済新聞

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