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日銀金融政策の展望③:政府日銀共同声明の改定・物価目標の見直しはあるか

2022/12/19

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政府は共同声明の改定を検討か

12月17日に、岸田政権が来年4月9日に就任する次期日銀総裁と協議して、安定的な経済成長を実現するための政府と日銀の役割を定めた2013年の共同声明を初めて改定する方針を固めた、との報道があった(共同通信)。「できるだけ早期に実現する」としている2%の物価目標の達成時期を見直すことなどが検討されているという。

日本銀行が達成困難な2%の物価目標に強くこだわる結果、金融政策が硬直化し、それが円安の加速を招くなどの弊害が今年は表面化した。そのため、政府が検討しているのは、2%の物価目標の位置づけを修正することで、日本銀行がより柔軟な政策運営ができるように促すことなのではないか。

2013年1月に導入した2%の物価目標は、形式的には日本銀行が独自に判断したものであるが、実際には、政府からの強い圧力のもとで導入を強いられたものだ。そして当時の政府としては、その達成に向けた日本銀行の取り組みを縛る狙いで決めたのが、この政府日銀の共同声明である。

政権も変わり、金融政策の効果に対する評価も変わったことで、現政権の責任で日本銀行に対する強い圧力を解除し、日本銀行の政策に自由度を与える狙いが共同声明の改定にはあるのだろう。これは、米国政府の国債管理政策への協力を止め、米連邦準備制度理事会(FRB)が物価安定の達成のための本来の金融政策を取り戻すために政府と取り決めた、1951年4月の「アコード」と似ている。

共同声明改定が早期の金融政策変更の観測をもたらす可能性

共同声明の改定については、木原官房副長官も既に言及していることから、政府内でそれが検討されていることは確かであろう。しかし、来年は内外経済が厳しさを増し、総裁が交代となる来年春の時点では、既にFRBの利下げ観測が金融市場で強まっている可能性が十分に考えられる。その時点で共同声明の改定を行えば、マイナス金利解除など日本銀行の早期政策変更の観測が金融市場で強まり、急速な円高のリスクなどが生じて、経済にも大きな打撃となる可能性があるだろう(コラム「日銀金融政策の展望②:日銀は来年総括検証を行うか」、2022年12月19日)。

この点から、日本銀行は総裁交代直後に政府日銀の共同声明の改定を行うことに否定的となるのではないか。また為替が円安から円高に大きく変わり、経済状況も厳しさを増す場合には、日本銀行が金融緩和を当面維持することを政府も望むようになることから、政府が共同声明の改定を急がない可能性も出てくるだろう。

仮に、政府の意向で共同声明の改定を来年春にも実施する場合には、それが早期の金融政策の変更につながるものではないことを日本銀行は強調するだろう。

物価目標と金融政策を切り離すことを狙う

仮に共同声明の改定を行う場合でも、2%の物価目標の水準を見直すことにはならないのではないか。新たな水準を巡って政府内で意見を調整するのは難しく、それが政治闘争にもつながりかねないためだ。日本銀行は、そうした政治闘争に巻き込まれることを強く嫌うはずだ。

日本銀行の金融政策を柔軟化し、自由度を高めることが共同声明改定の狙いなのであれば、2%の物価目標と金融政策運営とを切り離すことに重点が置かれるはずだ。そのため、2%の物価目標を維持しつつも、それを短期的に達成する目標ではなく、中長期の達成を目指す目標へと位置付け直し、金融政策運営はそれに縛られないようにすることが、共同声明の改定、物価目標の見直しの骨子となるだろう。

本来、政府日銀の共同声明では、2%の物価目標は日本銀行の金融政策だけで達成を目指すものではなく、政府、企業などの取り組みを前提とするものと日本銀行は位置付けていた。その意味では、各国中央銀行が導入する通常の物価目標とは異なるものであり、金融政策運営を大きく縛ることはない、事実上は中長期の目標であった。

ところが、2013年4月に黒田総裁が就任すると、2%の物価目標は金融政策のみで達成する通常の物価目標に位置付けられるようになったのである。従って、2%の物価目標を本来の共同声明の考え方に戻せば、金融政策の自由度を高めることができるため、共同声明の改正はそもそも必要ないとも言えるだろう。

以下では、日本銀行が2%の物価目標導入に至る経緯を振り返ってみよう。

2%の物価安定目標の導入は成長力強化の進展が前提だった

政府からの介入を一層許すことにつながることが目に見えていた物価目標の導入について日本銀行は長らく否定的であり、緩和積極論者らからそれを強く要求されても日本銀行は応じなかった。

しかし2012年9月の自民党総裁選で、物価目標の導入を公約に掲げる安倍氏が総裁に選出され、さらに12月の衆院選で同党が大勝して政権を奪回するという政治の大きな流れの中で、日銀は2013年1月に2%の物価安定の目標を正式に導入することを余儀なくされたのである。この物価目標は、政府と日銀の共同声明のもとで日銀が金融政策のみで達成することを政府に約束したものとされるが、実際にはその解釈は正しくない。

2%の「物価安定の目標」の導入を決めた際、日銀はこのように説明している。「日本銀行は、今後、日本経済の競争力と成長力の強化に向けた幅広い主体の取り組みの進展に伴い、持続可能な物価の安定と整合的な物価上昇率が高まっていくと認識している。現在の予想物価上昇率は長期にわたって形成されてきたものであり、今後、成長力の強化が進展していけば、現実の物価上昇率が徐々に高まり、そのもとで家計や企業の予想物価上昇率も上昇していくと考えられる。日本銀行は、上記の物価安定の目標の下、金融緩和を推進し、これをできるだけ早期に実現することを目指す」。

やや分かりにくい表現だが、物価の安定と予想物価上昇率は、日本経済の競争力と成長力の影響を強く受ける。そうしたもと、今後、政府・企業など幅広い主体の取組みが進むことで競争力と成長力の強化がさらに進めば、物価の安定と整合的な物価上昇率、つまり日銀が目標とすべき物価上昇率の水準も高まっていくことが予想される、と説明しているのである。そうなった場合には、日本銀行は「できりだけ早期に」2%の物価目標の達成を目指す。

つまり、現在の日本経済の実力では2%の目標はかなり高いが、政府や企業の取組みが奏功していけば、将来のいずれかの時点では2%の物価安定の目標が妥当なものとなり、このことを前提に、日本銀行は2%の物価安定の目標を導入した、との解釈が妥当である。

実際には、現在に至るまで、2%の物価目標と整合的な経済の成長力向上は生じていないことから、日本銀行が金融政策で2%の物価目標の達成を目指す義務は生じていない、と解釈できる。

金融政策のみで2%の物価安定目標の達成を約束したのではない

こうした点から、「2%の物価安定目標」を含む政府と日銀との共同声明は、日銀が、政府の政策などとは無関係に、金融政策のみで「2%の物価安定目標」を達成することを約束したものではないと理解すべきだろう。中長期の予想物価上昇率、それに強く影響を受ける基調的な物価上昇率は、財・サービスの需給関係、労働市場の動向、現実の物価上昇率、中央銀行が掲げる物価目標の水準など、様々な要因によって決まると考えられる。しかしやや長い目でみると、生産性上昇率や潜在成長率といった経済の構造的な要因、いわば「経済の実力」、「経済の潜在力」によって決まるのである。そしてこれについては、金融政策で直接影響を与えることはできない。

ところが、2013年4月に新しい総裁、副総裁の下で「量的・質的金融緩和」が実施されると、物価目標は「2年程度を念頭にできるだけ早期に達成」と時期も特定され、金融政策のみで達成を目指すものと曲解されていった。金融政策が直接影響を与えられない「経済の潜在力」といった構造的な要因で物価上昇率のトレンドが決まるとすれば、その達成時期を日銀が約束するのはそもそもおかしい話だ。

「量的・質的金融緩和」の下で、当初こそ、金融政策のみで2%の物価安定目標の早期達成は可能との強気の見方が日銀から示されていたが、程なくして達成の目途が全く立たなくなっていく。それを受けて日銀も、政府の構造改革の必要性を説くなど、その説明も次第に変化させていったのである。

2%の物価目標の本来の考え方に戻り金融政策を正常化へ

さて、既に述べたように、政府が政府日銀の共同声明の改定を来春にも検討しているとしても、経済、金融情勢が変化することで、その時期は先送りされる可能性が相応にある。また、政府の強い意向で来春に改定が行われる場合にも、それが早期の政策変更につながるものではないことを、日本銀行は強調するだろう。

ただし、物価目標の位置づけを中長期の目標などに修正し、金融政策運営と切り離すことは、日本銀行が2024年以降に進めると見込まれる正常化には必要な段取りでもある。日本銀行が本来の柔軟な金融政策を取り戻すという意味で政策を正常化させるには必要だ。

仮に政府との間で共同声明の改定が行われないとしても、日本銀行は独自に物価目標の位置づけの修正を行うだろう。それは、既に述べたような、共同声明に盛り込んだ2%の物価目標の本来の考え方に戻るだけ、というのが日本銀行としての解釈となるだろう。

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