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米国における顧客利益保護規則の適用

2022/06/23

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日本では、2017年以降、金融庁が「顧客本位の業務運営の原則」を定め、銀行や証券会社など金融事業者に対して誠実・公正に業務を行い顧客の最善の利益(ベスト・インタレスト)を図るよう促してきた。2021年1月には、同原則の改訂が行われ(注1)、具体的な内容の充実が図られるとともに、金融事業者の取り組みの「見える化」が進められることになった。 一方、米国では、2020年6月30日から証券取引委員会(SEC)規則レギュレーション・ベストインタレスト(Regulation Best Interest, 17 C.F.R. §240.15l-1、以下「顧客利益保護規則」 )が施行されており、証券ブローカー・ディーラー(証券会社)に対して顧客の最善の利益に適う投資推奨や金融商品等の販売を行うことが強く求められている(注2)。

顧客利益保護規則違反の初の摘発

顧客利益保護規則は、2018年4月の原案公表当時から証券会社の行為規範を厳格化するものとして大きな注目を集めたが、このほどSECは、カリフォルニア州所在の証券会社に対して、同規則違反を理由として違法行為の差し止めや違法利得の没収、民事制裁金の賦課などを求める訴訟を提起した(注3)。これは恐らく、証券会社による顧客利益保護規則違反をSECが摘発する初めての事案である。

SECによる提訴の対象となったのは、1995年に設立され、「最大手金融機関の提供するフル・サービスと多くの業者が失ってしまったパーソナル・タッチを融合する」(注4)対面営業型の証券会社ウェスタン・インターナショナル・セキュリティーズ社(以下、WIS)と同社に所属する5名の証券外務員である。

SECによれば、WISは2020年7月から2021年4月にかけて、ナスダック上場会社GWGホールディングス社(以下、GWG)が2020年6月以降に発行したLボンドと呼ばれる債券を合計1,330万ドル、リテール顧客向けに販売した。Lボンドには、2年、3年、5年、7年満期の商品があり、それぞれ5.5%または8.5%の固定金利が付されていた。最低投資金額は2万5千ドルとされ、流通市場が存在せず、格付も取得していないため、GWGが作成したLボンドの発行目論見書には、Lボンドへの投資には高いリスクが伴うことや投資の流動性を必要としない相当大きな金融資産を保有する投資家による投資に適合的であることなどが明記されていた。

GWGは金融サービス会社であり、かつては生命保険契約の買取りを主要なビジネスとしていたが、2018年に流動性の低いオルタナティブ投資資産の保有者に対して、そうした資産を担保とするローンなどを提供するベネフィシェント社(以下、B社)と経営統合されて以後は、生命保険契約の買取りは行わず、もっぱらB社が以前から展開してきたビジネスに特化していた。なお、この経営統合は、形式上は、GWGがB社を完全子会社化することで実施された。

GWGは、2012年以降、運転資金を調達するために数次にわたってLボンドを発行したが、2019年時点におけるGWGの主要な会計上の資産は、B社の買収に伴って計上したのれんであり、それを度外視すれば、実質債務超過と言ってよい状況にあった。GWGはかつて取得した生命保険契約を資産として保有し続けていたが、それらに対しては担保権が設定されており、Lボンド保有者の立場は、担保権者に劣後するものとなっていた。2022年4月20日、GWGは連邦破産法チャプター11の適用を申し立てて経営破綻した。

SECの主張

WISは、2020年6月、チーフ・コンプライアンス・オフィサーによるデュー・ディリジェンス審査を経て、Lボンドを外務員による勧誘・推奨が可能な金融商品のリストに加えた。

既に触れたようにLボンドには格付が付されておらず、売却可能な市場が存在しないなど投資に係るリスクが相当大きいと考えられる金融商品だが、WISは、Lボンドへの投資を推奨できる顧客の最低保有資産額を設定したり、リスク・プロファイルや投資目的を限定したりするといった措置は特に講じなかった。また、Lボンドの販売にあたる外務員に対しては、同商品に関するオンライン研修の受講が義務づけられていたが、2018年を境に発行会社GWGのビジネス・モデルが大きく変容していたにもかかわらず、過去にLボンドに関する研修を受けた者は改めて受講することを求められなかった。

SECは、こうしたLボンドの販売態勢及び5名の所属外務員による7名の個人顧客に対する総額212万ドル余の投資推奨行為が、顧客利益保護規則に違反するものであったと主張している。その理由は概ね次の通りである。

第一に、WISに所属する外務員は、Lボンドへの投資を推奨する際に、潜在的なリスク、利益及びコストを理解するために合理的な努力、注意、そして技術を行使するという顧客利益保護規則の定める注意義務を怠った。例えばSECは、被告外務員が、Lボンドや発行会社であるGWGの主要なリスクを理解していなかったと主張するが、その根拠として、推奨を行った外務員の中にGWGが2020年時点でも生命保険契約の買取りビジネスを続けていると信じていた者がいたことや多額ののれんの計上につながったB社買収がGWGの財政状態を大きく変化させたことを理解していなかった者があったことなどを挙げている。

第二に、WISに所属する外務員は、Lボンドへの投資の推奨が、特定の個人顧客の投資ポートフォリオに照らして特定の個人顧客の最善の利益となるよう合理的な努力、注意、そして技術を行使するという顧客利益保護規則の定める注意義務を怠った。その根拠としてSECは、Lボンドへの投資を推奨された個々の顧客の状況を詳細に述べている。

例えば、2020年11月頃に総額10万ドルの2年物Lボンドを購入した顧客Aは、79歳の元トラック運転手で、中程度(moderate)のリスク・テイクを希望し、投機的(speculative)な取引は望まず、投資全般や債券に関する知識は限られていた。顧客Aの年収は3万5千ドル、流動可能な純資産額は30万ドルであり(注5)、Lボンドへの投資はその3分の1に上った。顧客Aを勧誘した外務員は、Lボンドを顧客Aに対して推奨する理由として、顧客Aが銀行預金の0.5%という金利よりも高い利回りを求めていることを記録していたが、他の0.5%よりも高い利回りを生む投資手段ではなくLボンドを推奨することが顧客Aの最善の利益となると信じた根拠は明らかではない。

また、2020年12月頃に夫婦で総額25万ドルの2年物、3年物、5年物、7年物のLボンドを購入した顧客BとCは、67歳と61歳で、67歳のBは退職して無職であった。WISの記録では、彼らのリスク選好は「中程度」とされていたが、担当した外務員は、B及びCは「リスクテイカ―ではなく、相対的に保守的」だと認識していた。BとCの年収は合計10万6千ドル、流動可能な純資産額は76万ドルであった。担当外務員は、Lボンドへの投資が顧客BとCの最善の利益に資するものと判断したが、その主な根拠はLボンドは利回りが高い割にリスクが低いという誤った認識であり、当該外務員は、GWGのビジネス・モデルが変化したことやLボンドに実質的な担保資産が存在しないことなどを理解していなかった。

第三に、WISは、顧客利益保護規則の遵守を達成するために合理的に設計された書面による方針や手続きを設定し、維持し、運用するという同規則の定める遵守義務を怠った。SECによれば、WISは社内規則として内部管理指針を定めているが、その内容は同社の親会社であるアトリア社が作成したドラフトをそのまま採用したものであり、当該ドラフトは、SECが2019年9月に公表した「中小業者向けコンプライアンス・ガイド」の内容の実質的な引き写しであった。

従って、指針の内容はWISの業務内容に合わせてカスタマイズされたものではなく、指針の内容の実効性を確保するための仕組みも欠けていた。例えば、WISの指針では、投資推奨に合理的な根拠があるかどうかを判断するために合理的に考えて提供できる他の商品やサービスを検討することが求められていたが、具体的にどのような検討を行うことが求められるのかを説明するような内容は一切盛り込まれていなかった。

今回の事案に対する評価

今回の事案は、本稿執筆時点では係争中であり、今後の顧客利益保護規則をめぐるコンプライアンスのあり方にどのような影響を及ぼすかは不透明である。また、今回の事案におけるSECの主張が、自主規制機関FINRAによる過去の適合性原則違反や社内監督システム構築義務違反をめぐる制裁措置の対象となった事案におけるFINRAの指摘に比べて証券会社にとってより厳しいものだと言えるかどうかについても、判断は難しい。

例えば、FINRAは、2012年以降、単純な株価指数連動型ではないレバレッジ型やインバース型のETF(上場投資信託)をリテール顧客向けに推奨した複数の証券会社に対する制裁措置を発動したが、その際には、推奨の対象となった個々の顧客の属性やリスク・プロファイルなどを詳細に検討するまでもなく、証券会社が当該ETFのリスクや特性を理解するために必要な合理的な注意を払わないまま推奨を行ったことが、適合性原則を定めた規則2111に反すると断じていた(注6)。

他方、今回の事案では、問題となった推奨の対象商品がナスダック上場会社によって発行された固定利付きで無担保の社債という仕組み自体が複雑だとか高度な金融知識なしには理解できないなどとは言えないような金融商品だったためか、WISによるLボンドの推奨全体が適合性原則に反するものであったとまではされず、あくまで個々の顧客の属性やリスク・プロファイル、担当外務員の商品知識や理解度を詳細に検討した上で、個別の推奨行為が顧客の最善の利益に適うものではなかったとの認定がなされている。

もっとも、そこでSECが実質的に遵守を要求した注意義務の内容は、金融商品の発行会社のビジネス・モデルや財務状態の変化といった事象までを認識し、正しく理解した上で、当該金融商品への投資が最善の利益に適うものと合理的に判断される顧客に対してのみ推奨すべきであるという高いハードルを課すものであり、その遵守を徹底することは、証券会社にとって容易でないことのようにも感じられる。

(注1)金融庁「顧客本位の業務運営に関する原則」2017年3月30日(2021年1月15日改訂)
(注2)顧客利益保護規則の内容について詳しくは、松元暢子「2019年6月にSECが採択したRegulation Best Interestについて」神田秀樹責任編集『企業法制の将来展望 -資本市場制度の改革への提言2020年度版-』財経詳報社(2019)281頁参照
(注3)SEC v. Western International Securities, Inc. et al., Case No. 2:22-cv-04119, US District Court, Central District of California
(注4)同社ホームページによる。
(注5)SECはLボンドへの投資は顧客Aの純資産の10%にあたるとしている。恐らく自宅など売却が難しい資産を加えると純資産100万ドル程度を保有していたのだろう。
(注6)See Susan Schroder, Predicting Regulation Best Interest Enforcement Priorities, The Review of Securities and Commodities Regulation, Vol. 53, No.20 (2020)

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