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日本政府の「フィジカルインターネット・ロードマップ提言」について

2022/04/06

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日本政府による「フィジカルインターネット・ロードマップ提言」

3月8日に「フィジカルインターネット・ロードマップ」が公表された。「フィジカルインターネット」は昨年閣議決定された「総合物流施策大綱(2021年度~2025年度)」でも話題になった経緯がある。その後、関係省庁横断でフィジカルインターネット実現会議(以下、「実現会議」)が組織され、具体化へ向けた「ロードマップ」が検討されたというわけである。産業界としては深刻な物流クライシスへの認識を新たにするとともに、当局のリーダーシップを高く評価すべきと考える。筆者は「総合物流施策大綱検討会議」および「フィジカルインターネット実現会議」のメンバーとして検討に参画した。フィジカルインターネットの詳しい解説は政府のフィジカルインターネット実現会議の報告書に譲るが、2つの会議に参加した経験を踏まえ、俯瞰的な視点からポイントをご紹介したい。

図 フィジカルインターネット・ロードマップ

出所) フィジカルインターネット・ロードマップ 報告書

「フィジカルインターネット・ロードマップ」の本質とポイント

実現会議が提言したロードマップは2040年までの長期のものである。このため、来年すぐに実現するというものではない。実現会議では、物流クライシスへの短期的な対応策だけではなく、比較的長期的な視点から、日本の物流や流通をめぐる構造的な問題について議論がなされた。
誤解されやすいが、フィジカルインターネットは、従来の比較的単純で固定的な共同輸送や共同物流プロジェクトとは大きく性格が異なり、そのインパクトは単なる運輸産業の生産性を向上させるという範囲にはとどまらない。
このため、実現会議では、運輸産業だけでなく、スーパーマーケット、百貨店などの流通業を巻き込んだワーキンググループが設置され検討された。このことは、物流をめぐる産業構造変化に関する当局の見識の高さを示していると言えるだろう。
さらに学識関係者や業界代表などを含め多様なメンバーのコンセンサスを得て、問題解決へ向けた基本観が示されたと考えている。下記は、フィジカルインターネット・ロードマップについて、俯瞰的な視点から筆者がポイントの解説を試みたものである。

1)フィジカルインターネットの実現とは、“流通・物流・輸送産業全体にわたる構造、いわゆる産業のシステムアーキテクチャの新たな設計と変革を行うこと“である。

フィジカルインターネットのような大きなイノベーションを加速させるためには、多様な物流関連サービスが、相互に接続可能な標準インターフェイス(以下IF)によりモジュール化され、柔軟な組み合わせがプラグインで可能となるアーキテクチャ(構造)が極めて重要である。例えば、トラックや倉庫の手配システム、貨物のトラッキングシステム、運賃の料金収受システムなどが複数事業者の多様なサービスを自由に、かつ柔軟に組み合わせ、ストレス無く円滑に連携して活用できるようになるのである。
つまり、流通、物流、輸送という3つの階層を連結し、俯瞰的な視点から、システムとしての産業のシステムアーキテクチャ(構造)を設計し、変革していくことが重要である。
インターネットが単に通信分野のイノベーションにとどまらず、コンピュータリソースと組み合わされた結果、巨大なデジタル空間が創造され、世界を変革してきたように、フィジカルインターネットは、流通・物流・輸送産業全体のシステム変革を迫っているのである。

2)荷主の業種に依存しない企業間IF標準の確立には、国際標準活用が近道

モジュール化された多様な物流関連サービスを、業種を超えプラグインで柔軟に組み合わせるためには、輸送の容器サイズや、各種の企業間IFの標準化を、荷主の業種に依存しない形態で、早期に実現することが効果的である。
実は、欧米の流通・消費財産業では、事業所や商品の標準コードや属性情報の標準化とマスタ同期化の仕組み構築が進んでいる。
例えば、輸送容器については、ドイツでは流通コードの管理および流通標準に関する国際機関であるGS1ドイツが参画し、 いわゆる“通い箱”(スーパーで段ボールの代りに活用され始めた再利用可能なプラスチック容器:折りたたみコンテナとも呼ぶ)の容器サイズの標準化がスマートボックスプロジェクトとして推進されている。また、国際海上コンテナ輸送関連産業では、荷主を含む物流関連の企業間での極めて多様で複雑な情報交換のための国際標準メッセージが既に実用化している。これらの標準は荷主企業の業種や商品カテゴリには依存せず、業種横断の標準となっている。
こうした国際標準を活用することで、日本企業が近道できる可能性は高い。国際標準に対応すれば、クラウドベースの安価なソリューションサービスも既に多数存在し、既に日本でも活用可能である。日本にとって既に成功モデルがあることは朗報であろう。

3)鍵となる流通、物流、輸送3階層の動的な計画同期化のプラットフォーム

フィジカルインターネットでは、各種物流資産の能力を予約する取引、いわば計画市場取引がプラットフォームサービスとして提供されることが鍵となる。荷主であるメーカー、卸、小売などの流通領域の計画管理との同期化が進めば、物流産業も計画的な運用が可能となり、生産性は格段に向上する。いわばTPS(トヨタ・プロダクションシステム:いわゆるカンバン方式)モデルの流通・物流領域への応用である。
こうすることで、はじめて運輸業界は、重層的な多重ピラミッド型の産業構造から脱却でき、水平的でオープンな産業構造に移行できる。

変革管理(チェンジマネジメント)のためのロードマップの意義と今後の見通し

フィジカルインターネットが流通・物流・輸送産業全体の大きなイノベーションとすると、変革を推進するには、関連する業界や企業に早期にコンセプトを紹介し、一定割合以上の、関連企業の経営層や投資家の意思決定を加速していくことが効果的である。当該ロードマップは、このために有効であろう。
もちろん、政府も説明しているように、当該ロードマップも技術革新の状況などを取り込み、常にローリングしていくべきものである。関連サービスへの投資加速により、予想よりも早期に、前倒しで実現されていく可能性も高い。筆者は、今回の政府の「フィジカルインターネット・ロードマップ提言」は現段階での議論を整理し、構成要素を具体化し、その道標を早期に提示したという点で高く評価できると考えている。
今後、これを受けてGS1ジャパン、製配販連携協議会、日本小売業協会流通SCM政策研究会などでの、関連する企業の経営層による本格的な検討がなされることを期待している。
既に多数の流通・物流・輸送関連のスタートアップが海外では生まれているように、業種を超え、公開されたAPIや標準メッセージにより、各種の新しいサービスビジネスを容易にプラグインでき、組み合わせて活用可能な環境が生まれつつある。これまで成熟産業と考えられてきた流通・物流・輸送産業においても、海外では高度化するデジタル技術を効果的に活用し、既にスタートアップ企業やイノベーターが登場し、先頭を切って破壊的イノベーションを仕掛け、新しい世界を創造してきている。
「フィジカルインターネット・ロードマップ」という道標により、当該分野の「創造的破壊と新結合」が加速していくことを期待したい。

(参考資料)
フィジカルインターネット・ロードマップ報告書(2022年3月8日)
https://www.meti.go.jp/press/2021/03/20220304005/20220304005-1.pdf
2020年代の総合物流施策大綱 (2021年6月閣議決定)
https://www.mlit.go.jp/seisakutokatsu/freight/content/001409564.pdf

執筆者情報

  • 藤野直明

    産業ITイノベーション事業本部

    主席研究員

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