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「再考 百貨店DX」

~EC事業への本格参入の機会と戦略~

2022/05/18

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顧客接点でのAI活用の進展

最近、AIや画像処理ツールの本格的な活用により、ファッション商品のECサービスが高度化してきている。例えば、画像から商品属性情報を自動作成するAI、顧客の購買行動をタイプ分類するAI、顧客の直前の行動(何を探索しているか)や顧客の購買行動(何を購入したか)から顧客の好みを判断しダイナミックにファッション商品のコーディネート提案を行うAIなどが実用化されている。さらに顧客の体型に近いモデル画像を利用し、顧客の商品選択をAIで支援するなど、AIの応用範囲は広がり続けている。注目すべきは、これらファッション商品特有の多様なAIの支援がクラウドサービスとして既に提供されはじめている点だ。
こうしたファッション産業に特有の「AI活用による顧客タッチポイントの維持」は、競争優位確保のため極めて重要であり、今後のファッション産業の成功の鍵となろう。

百貨店ECの閉塞とその背景

一方、百貨店業界におけるデジタルを活用したEC展開は明らかに後れをとっているようにみえる。顧客層の高齢化が進み、EC販売とは相性が悪いという指摘もあるが、この意見は原因と結果が逆となっている危険性もあるのではないだろうか。
百貨店ECが困難な理由は、下記の大きく2点と考えられる。①きめ細かな顧客購買行動分析が難しく、推奨商品コーディネートへのAI活用も容易ではないこと。理由は、百貨店の商品マスタが決済のみを目的としていたため、ブランド・アイテム・価格などの少数の属性情報しか登録されていないケースが多く、画像情報・ディレクション・素材・カラー・テイストなどの基本的な属性情報が登録されていないこと。②いわゆる物流問題である。具体的には納期回答とデリバリの確約の難易度が高いことである。ECでの顧客からの問い合わせに、納期を即答し、顧客の購入意思決定後、迅速に宅配、もしくは試着のための店頭での取り置きサービスを行うことはECの基本であるが、在庫を保有しない取引(=消化仕入取引)を基本とする百貨店ではこれが難しいのだ。

閉塞打破のポイントは物流問題の解決

画像を含むきめ細かな商品属性情報の自動作成業務へのAI活用や、コーディネート提案時の画像処理へのAI活用はデータさえ整備されれば容易である。このため今後アパレル企業での当該領域への投資は、急速に進むと予想される。アパレル企業と商品マスタを共有できれば、百貨店での顧客購買行動分析は比較的容易であろう。マスタ同期化の仕組みも既にクラウドサービスで提供されている。
このため難しいとすれば②の物流問題であろう。物流問題の解決は一見容易ではないようにもみえる。百貨店とアパレル企業との間では、緊密でリアルタイムの商取引基盤がこれまで整備されてこなかった。伝統的な百貨店の取引形態である“消化仕入取引”では、店頭在庫の管理業務は百貨店の管理対象外であったため、商取引や在庫管理の基盤としての本格的なIT整備は必要無かったからである。
また、「ライフサイクルが短くかつ商品数で数十万種類(SKU)に及ぶことを考えると、ECで販売するために巨大な専用物流センターを整備し、EC販売専用の商品在庫を大量に保有することは現実的ではない。つまり、EC専用の在庫を保有するくらいなら店頭で陳列すべき」という指摘もなされてきた。こうした経緯もあり、百貨店のEC販売は難しいという考え方がこれまでは多数派であった。

ECモールの新商取引モデル ~EC専用在庫からの解放~

ところが、実はECモールでは、既に専用物流センターに商品を在庫しなくても販売できる仕組みが存在している。具体的には顧客からモールへの納期回答要請メッセージをそのままリアルタイムでアパレル企業へ伝達し、アパレル企業が在庫を引き当て、納期を即答。モール経由で顧客へ納期回答し、その後顧客が確定発注を行うという仕組みである。リアルタイムのメッセージ連携をすることで、事実上ECモールは在庫を保有せずとも販売が可能となっているのである。

百貨店EC 閉塞突破のアイデア ~バーチャル消化仕入の導入~

つまり、ECモールと同じリアルタイムのメッセージ連携の仕組みを整備すれば、百貨店はECサイトでの販売が可能となる。もはや「店頭での在庫リスクを負っていない」という理由で、EC販売ができないと考えるのは、“錯覚”といってよいのではないだろうか。
アパレルからの納期回答時期は、シーズン前の生産途上であれば1ヵ月以上先でも構わない。既に市場投入されている商品であれば、別の百貨店の店頭在庫をリアルタイムで引き当ててデリバリを行うことも可能とする。商品個体トラッキングと輸送途上の在庫、店頭在庫がリアルタイムで引き当て可能となれば、百貨店としては、容易にこうした新しい業務プロセス、ビジネスモデルが実現できる。この方式は百貨店取引の伝統的な呼称を援用し「バーチャル消化仕入取引」と呼んでもよいだろう。
アパレル企業側からみても、こうした協働活動には大きなメリットがあるはずである。日本の百貨店は、ハイエンドからミドルアッパー層の顧客と強い関係を有し、顧客購買履歴情報を豊富に有しているからである。もちろんバーチャル消化仕入取引は、先進的なアパレル企業の物流管理能力に依存しているわけなので、全てのアパレルと即可能な取引形態というわけではない。百貨店の立場から考えると、投資のためにはできるだけ多数のアパレル企業に早期にこうした高度な物流管理能力の整備を期待したい。百貨店業界から百貨店チャネルのアパレル業界への組織的な呼びかけを行い、POC(実証実験)を早期に協働で行うことが極めて有効と考えられる。

ひとことメモ①

本稿の議論は、政府の「フィジカルインターネット実現会議」の百貨店分科会で検討された内容をベースとしている。報告書も公開されているので詳しくはそちらを参考にしていただけると有り難い。当該分科会は、百貨店、アパレル、関連物流企業他の担当役員クラスから組織され、数回にわたって非常に熱心な議論がなされた。尚、筆者は当該分科会の座長を務めた。
https://www.meti.go.jp/policy/economy/distribution/hyakkatennWGhoukoku.pdf
「5.今後の百貨店業界のさらなる飛躍に向けて(フィジカルインターネットと オムニチャネル・リテイリング)」

ひとことメモ②

ファッション商品特有の多様なAI支援クラウドサービスの例

図1 商品属性情報作成AI+顧客タイプ分析AIを活用した顧客別の推奨提案AI

図2 AIによるコーディネート提案のイメージ

図3 AIによる購買時の関連アイテムコーディネート提案のイメージ

※ 関連動画

ひとことメモ③

百貨店の取引は消化仕入と呼ばれる。これは、店頭在庫の所有権はアパレル側にあり百貨店にはない。販売時点で百貨店に所有権が移り、同時に消費者へ所有権が移る商取引のことである。バーチャル消化仕入取引とは、自らの店頭にすら商品在庫が無くとも事実上販売できる取引、という意味の造語である。

執筆者情報

  • 藤野直明

    産業ITイノベーション事業本部

    主席研究員

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