「DXについて、“考えるヒント”となる知識体系は何だろうか?」
筆者はこう尋ねられたら、AIや量子コンピュータ、データサイエンス、センサー技術などではなく、まずオペレーションズ・マネジメント(以下、OM)(注1)や経営工学(Industrial&System Engineering)を挙げたい。というのも、日本企業がDXに苦手意識をもっている理由の1つは「現場のノウハウとして語られることが多いOMや経営工学について日本の社会人実務家が学ぶ機会が乏しいこと」だと考えているからである。
OMは欧米のビジネススクールを中心として、この20数年ほどで、急成長してきた学問分野である。本格的なOM研究の契機となったのは、実はトヨタ自動車のNUMMI設立による米国カリフォルニア進出であり、今でも日本企業のOMは世界から注目され研究対象となっている。今回はこのOMを紹介したい。
OMは、SCM(サプライチェーンマネジメント)からはじまった
OMという研究分野はSCMの自然な拡張であり、経営実務に直結するテーマを扱いつつ、ビジネスモデルやDXまでその研究範囲を広げ、発展してきた。
日本では、”SCM”は「在庫管理や需要予測等のソフトウェアソリューションの総称」とよく誤解されているが、OMでは、SCMは「伝統的な経営モデルに対するアンチテーゼとして提唱された経営システムの設計哲学、設計思想」と考えられている。解説しよう。
ここで言う伝統的な経営モデルは会計モデルに基づくものだ。会計モデルは、年間の期間損益の視座から企業を評価するモデルである。このモデルを応用し、視座を部分組織までブレイクダウンして適用し、その単純な総和として企業活動を捉え、経営管理を行うのが伝統的な経営モデルであった。“要素還元主義的”なこのモデルでも、経営環境の不確実性が小さい大量生産大量消費時代には比較的正しく機能していた。
ところが90年代に「会計モデルを単純にブレイクダウンし経営に応用、業務設計や組織の業績評価システムの設計を行うと誤った意思決定を招く危険性が高い」という問題提起がハーバード・ビジネス・スクールのロバート・キャプラン名誉教授からなされたのである。(注2)
いわく、「組織は生命体のような1つの有機的なシステムであり、要素還元主義的に機能組織に区分し、個別に期間損益の評価を行って動機づけることは、経営環境変化への経営システムの機敏な適応力という視点からはマイナスの効果をもたらすことが多い」。つまり、企業を外からみて評価するための会計モデルを、企業内部の設計に単純に活用することは間違いだということである。当時、BPR(Business Process Re-engineering)という言葉がかなり話題になったので覚えていらっしゃる方も多いと思う。「誤った業績指標で一所懸命に頑張れば頑張るほど、経営全体としてはおかしな結果をもたらす」と当時も指摘されていた。
ロバート・キャプラン教授の指摘の通り、企業組織は分解不能で一体的に機能する極めて複雑な多変数関数と捉えるべきである。変数分離ができない多変数関数を、単純な変数分離型の関数として扱うと大きな誤りを招くことは、高校数学の常識でもある。経営システムの設計思想において「要素還元主義の限界が露呈した」といったらわかりやすいだろうか。例えば、いくら物流部にKPIとして倉庫費用の管理責任を負わせたとしても、販売計画や生産数量の機敏な調整やコントロールができなければ、物流部は打つ手が無く、頑張りようがない。責任を負わせても意味が無いことは明らかである。
この指摘に対する解答としてSCMというアイデアが創出された。業務プロセスを再設計し、変革するためには、サプライチェーン全体を俯瞰的に捉え、組織の全体最適を考慮した上で、組織再設計、業務再設計、業績評価システムの再設計を行い、ITやデジタル技術の活用を行う必要があるという考え方である。
SCMの概念の登場により、経営環境の変化への機敏な適応のためには、企業モデルや産業モデルを、組織全体を動的な適応制御システムとして設計すべきであるという新しいパラダイムが提示されたわけである(注3)。
経営環境の変化スピードは当時と比較し、さらに加速している。このため「動的な適応制御システムとしての企業モデル、産業モデル」の重要性はますます高まってきているといえよう。
SCMについても、単なる「需要予測モデル」や「在庫管理モデル」などの要素技術にとどまらず、機能別組織の連携手法、企業間連携手法の研究により、経営環境の変化に機敏に適応するための“経営システム、産業システムの設計方法”が研究されてきた(注4)。
このSCMという概念によるパラダイムシフトをさらに拡大し、研究開発や、ビジネスモデルまでカバーすることになってきた研究分野が、OMである。金融取引分野以外への金融工学の応用、いわゆるリアルオプションもOMの範囲であるというとOMの範囲の広さがご理解いただけるだろうか。
例えばこれまでの成果として挙げられる主要なアイデアとしては下記がある。
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①
各部分組織、企業間のSCM計画層で計画共有とローリングを行うという「CPFR」
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②
個客需要をマネジメントしつつ需要予測誤差を部品調達領域の時系列ポートフォリオに昇華させた「デルモデル」
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③
事業の中期計画と予算、SCM計画を一貫してローリングし、製品開発投資、SCM設計、M&Aなどの中期の意思決定に利用する業務モデルである「S&OP」
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④
デジタルビジネスモデルの典型である「製造業のサービタイゼーションモデル」
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⑤
輸送、物流、流通産業エコシステムの構造改革たる「フィジカルインターネット」
こうしたOMの研究成果の延長が、デジタルビジネスモデルとして注目される「エコシステムドライバー」(注5)などの概念へ波及し、いわばDXのデザイン方法論を形成するに至っている。
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注1
「オペレーションズ・マネジメント」とは、オペレーションを機能別、部門別単位で考えるのではなく、企業全体の視点から捉え、業務連鎖(機能や部門を超えた業務のつながりや 連携、流れ)の観点で一気通貫のオペレーションを追求する考え方です。
(一般社団法人中部産業連盟:https://www.chusanren.or.jp/operations_mgt/index.html) -
注2
「管理会計の盛衰」(鳥居宏史訳、白桃書房、2002年)
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注3
「サプライチェーン経営入門」(藤野直明著、日本経済新聞社、1999)
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注4
「サプライチェーンマネジメント 分析と設計手法」(経営情報学会、招待論文、2001,藤野、姫野)
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注5
マサチューセッツ工科大学のピーター・ウェイル シニア・リサーチ・サイエンティストらが提唱
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