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DXの着想の源「オペレーションズ・マネジメント(=OM)と経営工学」

~「社会人実務家を対象としたOM教育」のすすめ~ 後編

2022/06/17

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現代OM研究の発展契機はトヨタ自動車の北米進出

現代OM(注1)研究の発展契機はトヨタ自動車のNUMMI設立による米国カリフォルニア進出であった。トヨタ自動車は米国メーカーの工場と作業員を活用して、歩留まり率や品質管理能力だけでなく、圧倒的なROIC(投下資本利益率)パフォーマンスの差を見せつけたのである。
これに脅威を抱き、即行動したのが、米国ビジネススクールの教授陣であった。NUMMIは徹底的に分析され、大統領報告されたほか、学問体系としてのOMが創造され、MBA科目としてOMやPOMS(Production&Operations Management)が本格的にビジネススクールの科目に組み込まれた。現在、その教育を受けた卒業生たちが、米国でPOMS学会員1万人、欧州EurOMA学会で5000人を誇る研究者グループとなっている。これがDX推進に大きく貢献していると筆者は考えている。
日本が欧米に学ぶべきはこの「学術界の学習能力、研究能力がもたらすダイナミズム」ではないだろうか。1980年代の成功体験だけから「ものづくり大国日本」と自画自賛し、21世紀の今でも満足しているとしたら、少しナイーブだと言われても仕方が無いだろう。

「OM」のモデルは日本企業の現場の知恵

OM研究はトヨタ自動車から本格化したが、その後いくつかの日本企業のケースが調査され、わかりやすい形でケースとしてモデル化されていった。OM研究にはトヨタ自動車以外の日本企業も登場する。下記はその一例である。

<例1>CPFR:
米国流通業発の流通コラボレーション業務、CPFRのアイデアの源はTPS(トヨタプロダクションシステム)である。筆者はウォルマートの元CIOランディ・モット氏から直接確かめる機会を得た。

<例2>ZARAモデル:
ZARAの生産OM担当役員は、ZARAの急成長の背景にTPSをモデルとした巨大な計画ローリングシステムとCKD(コンプリートノックダウン方式)のアイデアの採用があったことを誇っていた。

<例3>製造業のサービタイゼーション戦略:
独インダストリ4.0よりもかなり以前に「製造業のサービタイゼーション」の概念を提唱したペンシルバニア大学ウォートン校のモリス・コーエン教授は、KOMATSUの南米の鉱山との契約のケースを基礎に「製造業のサービタイゼーション」というコンセプトを提唱。これが前述したピーター・ウェイル氏により提唱されたデジタルビジネスモデルの戦略目標である「エコシステムドライバーの概念」へ引き継がれていった。

<例4>S&OP:
日本でもようやく常識となってきたS&OP(Sales&Operations Planning)も、提唱者の元Oliver Wight社のトム・ワラス氏、ボブ・ストゥール氏に尋ねると「TPSがモデルであることは言うまでもない」とのことである。

<例5>トリプルA(Agile, Adaptive, and Aligned)のSCM:
スタンフォード大学大学院ビジネススクールでグローバルSCMフォーラムを主宰しているハウ・リー教授、セジョン・ワン教授はセブンイレブンジャパン(以下SEJ)の研究で有名であり、SEJのSCMはトリプルAのSCMとして米国のOM学会で絶賛された。この論文はハーバードビジネスレビューでも大きな話題になり、今でも米国TOPスクールで10位以内に入るOM領域でのケーススタディーとなっている。当該ケーススタディー作成には筆者や野村総合研究所の研究員が協力した。

期待される「日本でのOM研究の推進・強化と経営層CDO向けの学習機会の提供」

トヨタ自動車の北米進出の結果、世界中で新しい学問領域として台頭してきたOMであるが、実は残念ながら日本での学習機会は乏しい。
例えば、日本では、1990年代のデルモデルは単に受注生産モデルとして解説され、多くの実務家が「理解したつもり」のまま、ブームが去ってしまった。デルモデルの本質が、調達領域での時系列の多段階調達ポートフォリオだということは、ついに理解されなかったのではないだろうか。わかりやすいスローガンや、わかった気になる事例分析だけでは、現実を正しく理解したことにはならない。応用が利かないのだ。
OMは欧米や日本以外のアジアのビジネススクールでは主要科目である。一方、日本では、そもそもビジネススクールが少ないというハンディがあり、さらに日本のビジネススクールでは、OMのウェイトが低く、この領域をカバーしていないスクールも多いようにみえる。
実はOMとほぼ同じ領域の研究・教育を期待されているのは「経営工学」という学科である。工学の経営への応用を担う唯一の国家資格である技術士は「技術士(経営工部門)」である。ところが、公益社団法人日本経営工学会は、2000年には約3000名だった会員数が、現在約800名にまで減少。交付税が減額される中で文理融合領域は常に少数派となり存在は危うい。事実、経営工学科や管理工学科などの学科そのものが減少してきている。「経営学があるから経営工学はなくともよいのではないか」と教授会で議論になるそうである。工学部系の他学科でも経営工学を学ぶ機会は乏しく、文系の経営学部ではなおさらであろう。
日本でのOMや経営工学の研究者の質は高く、海外のビジネススクールで大活躍して帰国した研究者の方々も多数存在する。実はデルモデルの設計・開発には日本人の研究者が深く関わっている。このことはOM研究者の間では常識である。
しかしながら、このままでは優秀なOM学者が帰国しても、受け入れてくれる大学が見つからない危険性すらある。さらに世界の研究者の研究成果に対するアンテナ機能すら、日本には乏しくなるのではないかと危惧する次第である。
OMの研究者の方々に筆者から提案がある。欧米のビジネススクールに存在する2週間程度の合宿形式の短期集中プログラムを提供していただきたい。経営層やCDOを対象とした「DXのためのOM教育プログラム」である。OMや経営工学の実務での有効性を、日本の実務家へアピールするよい機会となるのではないだろうか。

先日、「博士課程の28%が非正規雇用 就職支援を要請 高度人材活用進まず」(日経新聞;2022,05,12)という文部科学省の調査が報告された。
筆者は、高度人材活用が進まない理由は、単に「博士課程人材の量や質の充実が必要」というよりも、研究分野による需給のミスマッチが問題の要因ではないかと考えている。日本のDX推進には圧倒的にOMの人材が足りない。データサイエンティストやAI人材よりも、こうした要素技術をどのようにビジネスに活用していくかというOM人材が重要なのである。
当局には、OMの博士課程人材育成を含め社会人への学習機会提供について、ぜひご一考いただけると幸いである。

  • 注1  

    「オペレーションズ・マネジメント」とは、オペレーションを機能別、部門別単位で考えるのではなく、企業全体の視点から捉え、業務連鎖(機能や部門を超えた業務のつながりや 連携、流れ)の観点で一気通貫のオペレーションを追求する考え方です。
    (一般社団法人中部産業連盟:https://www.chusanren.or.jp/operations_mgt/index.html

執筆者情報

  • 藤野 直明

    産業ITイノベーション事業本部

    主席研究員

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