1.GAIA-X(ガイア-エックス)とは何か
GAIA-Xは、第4次産業革命の一環として、2016年頃からドイツやEUで、ドルトムント工科大学のボリス・オットー教授を中心に、検討・実装されてきた「自律分散型の企業間データ連携の仕組み」である。(注1)
EUでは、GAFA等に対抗するため、新しいタイプのデータ連携基盤GAIA-Xの構想策定、詳細設計、関連法制度の整備を推進してきた。現在は、GAIA-Xの各業種別の応用プロジェクト群であるIDS(International Data Spaces)というコンソーシアムでの具体的なプロジェクトの検討も始まっている。GAIA-Xの自動車産業を対象としたプロジェクトであるカテナ-Xは、その1つである。(注2)
カテナ-Xについては2022年6月23日の日経新聞の記事(注3)で報道されていたので、ご存じの方も多いだろう。ようやく日本でも報道が本格化してきた。
今回はこのGAIA-Xについて御紹介しよう。
2.GAIA-Xとは
GAIA-Xは自律分散型のデータ連携の仕組みであるが、そのねらいと構造に大きな特徴がある
GAIA-Xの3つのねらい
GAIA-Xの1つ目のねらいは、製品の詳細な設計情報(素材の性質や設計要件など)を製品ライフサイクル全体、つまり製品の活用、運用・保守を行うユーザーの段階でも共有することである。2つ目のねらいは、逆にユーザー段階で発生するさまざまなデータを、多段階で多様なサプライヤーを含む産業機構全体で共有し、運用・保守サービス水準の向上を図ること、同時に製品・ソフトウェアの設計業務や運用保守業務品質の向上、設計品質の向上と生産性向上を図ることだ。 最後に、製品はもちろん“製品サービスシステム”について、そのライフサイクル全体でのトレーサビリティを確保することにより循環経済へ貢献することである。
GAIA-Xの構造と法的基盤整備
ねらいを聞くと、それはプラットフォーマ―の役割だとお考えの向きもあるかもしれない。ところが、GAIA-Xはプラットフォーマ―に対するアンチテーゼとして構想された。欧州は基本的に、プラットフォーマ―がデータを独占するのは独占禁止法違反に相当し、データ主権はデータの発生源にあるというGDPR(General Data Protection Regulation:一般データ保護規則)の考え方を踏襲している。
このため、GAIA-XはGAFAのようにデータとコンピュータ資源、アプリケーションを統合的に提供するのではなく、3つの機能を一旦分解し、データについてはデータの発生源がデータ主権を保有しつつ保持、自律分散の連邦型の構造により企業間でデータ連携を図る仕組みである。
興味深いのは、巨大なデータを取り扱うことを想定しているGAIA-Xでのデータ連携プロセスは人間の判断を挟まず、いわゆるM2M ( Machine to Machine)で自動的に行うことを想定しており、このための手順、プロトコルや法制度が同時に検討されてきたことである。日本での類似の法整備はまだ手掛けられていないのではないだろうか。
GAIA-Xの具体例
GAIA-Xは、産業別に分化・組織されたIDSというコンソーシアムで詳細な応用領域や業務プロセス、いわゆるユースケースが検討されている。業種別のドメイン知識を活用したデータの概念辞書(オントロジー)をあらかじめ合意しておくことがデータ連携には必須だからである。
既に3年前から航空産業ではSkywiseというデータ連携サービスが稼働している。航空機材のユーザーである全世界のエアライン、航空機メーカー(エアバス)、各種の部品メーカー、ソフトウェア企業などが、各機材の運航ごとの航空機材・部品などの状態変化と通過した天候情報等、運航状況の詳細な情報を共有できる仕組みである。いわば「巨大な産業エコシステム」が出現しているといえよう。
カテナ-Xは、GAIA-Xの自動車産業での取り組みである。もちろんGAIA-Xのデータ連携方式は、CO2排出量の把握についても機能するし、サーキュラーエコノミーの基盤ともなる。冒頭の記事はこのことを紹介しているが、GAIA-Xやカテナ-Xの目的は単にCO2排出量の把握だけではない。バッテリーの再利用を考慮したトレーサビリティ(利用履歴データを信頼できる形態で共有できる仕組み)などへの応用はもちろん、循環経済や設計品質向上などへの多様な応用が検討されているようである。
3.「企業間でのデータ連携」についての日本企業の典型的な反応
日本の製造業幹部のGAIA-Xへの典型的な反応は以下の通りだ。
「なぜ企業間のデータ連携がそんなに重要なのか」「GAFAが個人顧客の購買行動に関するデータを収集しマーケティング情報に活用するのは理解できる。しかしながらB2Bの製造業でのデータ連携の重要性は今ひとつピンと来ない」「もともと弊社の製品は、品質がよいのであまり壊れない。つまり、“手離れがよく”保守サービスの必要すらないのが価値だと考えてきた。このため、“継続的に手を繋いで”サービスをする必要は無く、データ連携の必要すらない。品質が悪いメーカーにとっては必要かもしれないが、弊社には必要ないのではないか」などの反応が多数派のようである。
その前提として、メーカーには、既に十分な水準で「①ユーザーが要求する仕様を満たし、②製品設計、生産技術設計、運用設計、保守設計などを行い、③実験室で多様な環境下での耐久試験(実験)等も行い、ユーザーが活用する環境下で機能し続ける製品を製造している」という自負がある。日本の製造業は、常識的にこの①~③を満たしているため、「弊社には必要ないのでは」という問いかけに落ち着くのも理解できる。
一方「④製品販売、製造物責任までがメーカーの責任範囲で、循環経済や部品の再利用まで、もしくは最終ユーザーがその製品を活用してどのように生産性を向上させようとしているのか」まではまだ視野には入っていないことが多いようである。
4.データ連携が重要な理由
ユーザーの利用時点でのデータは巨大な実験データとして重要
ユーザーの利用時点での各種の「データ」は、いわば「製品が活用され価値を創造する現実社会における巨大な実験データ」である。
「ユーザーが要求する仕様」が妥当かどうかはデータで裏付けられるべきである。また、実験室での実験はユーザーが当該製品を活用する環境全てをカバーするものではなく、あくまで限られた範囲での実験に過ぎない。さらにユーザーは他社の製品と組み合わせ、システムとして利用することで価値を創出しているケースが多く、部分モジュールを提供しているメーカーでは、全てのユーザーの現実を再現する実験はできていないのである。このため、実際に担当している製品企画・設計開発者は、活用時のリアルデータを入手し、設計へ活かしたいと本来望んでいるはずである。
製造業のサービタイゼーションとデータの価値
今後は、メーカーは単なる製品販売モデルから顧客へのサービス提供(サービタイゼーション)モデルへと進化していく。サービタイゼーションのモデルでは、顧客の利用環境は自社製品だけではなく他社製品を交えた複雑なシステム環境であり、またユーザーの利用環境のライフサイクル全体をマネジメントし、サービスを提供することが要求される。
このためには、ますます競合他社を含むユーザーの利用環境全体から発生するデータを収集し、製品が活用され、廃棄・循環されるライフサイクル全体を視野に入れて設計を見直し、高度化していくことが重要となってくるだろう。
特にこれまでデータが可視化されていなかった運用保守フェーズのデータを活用することは、新たな発見も多いはずである。ユーザーを巻き込んだデータ連携が極めて重要となることは明らかである。
データは自社で解析するとともに、モジュールプロバイダーと共有し、次の設計に生かしてもらうことが効果的であることは言うまでもない。Skywise、カテナ-Xなどの各IDSの動向、さらにGAIA-Xの動向に注目しつつ、日本企業も企業間データ連携を強力に推進していくべきであろう。
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注1
筆者はオットー教授を含む独チームと研究活動を共同で行い、ハノーバーメッセ2021 日独経済フォーラムで報告を行った経緯がある。
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注2
詳しくはRRI(Robot Revolution & Industrial IoT Initiative、 ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会) レポート「Catena-XとGAIA-Xの公募プロジェクトに関する調査報告書」
https://www.jmfrri.gr.jp/document/library/2594.html)
https://internationaldataspaces.org/ -
注3
2022年6月23日 日本経済新聞 朝刊「独BASF、CO2排出量を一目で把握4万5000点の化学品 データ提案、商談に活用」
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