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「経営者自らがDXを体験的に学ぶ場」の重要性

~「夏のデジタル田園都市(デジ田)甲子園」優勝、内閣総理大臣賞受賞ケースに学ぶ~

2022/09/15

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1.DX推進に必要なこと

「DX推進に必要なのはDX人材だ。自社にはいないので、外部のコンサルティング会社に依頼するしかない。」「同時にDX人材を育成するトレーニングプログラムが必要だ。データサイエンティストやAIがわかる人材、少なくともPythonが書ける人材をできるだけ早期に大量に育成すべきだ。」
こうした危機意識から、多くの日本企業で、DX人材の外部採用、育成の取り組みが始まっている。もちろんこの施策を全否定するつもりはない。ただし「それでDX推進に十分か」、もしくは「日本企業にとって最も重要なDXの施策か」と問われると「No」と答えることにしている。

2.経営層が必要としているのは、データサイエンティストだけではない。

ある企業経営者はこう語る。「DX推進にはDX人材が必要だということで、CDOに外部からデータサイエンティストを登用した。ところが、そのCDOは開口一番、『社長、まず目的を明確にしてください。DXで一体何をしたいのですか。次にデータは何がありますか。目的がクリアになり、十分な品質のデータがそろえば、最適化は可能です』。それがわからないから彼に来てもらったつもりだったのだ。私が必要としていたのはデータサイエンティストでは無かった。DXの時代にわが社がどのような成長戦略を描くべきか、ということが重要だったということにようやく気付かされたよ。」

3.「DX推進の最大の制約要因は何か」

この問いに対する回答は企業によっても職階によっても異なるはずである。筆者が講演などを行った際の質問で多いのは、「問題は、どうやって役員会議でDXへの投資の承認を得るかなのです。DX人材が足りないわけではありません。役員会議での多数派がDXへの投資の意義を理解できず、投資判断ができないことが問題なのです。一体、どうしたらよいのでしょうか」という質問である。
経営層の方々には、少し酷な話ではあるが「DX推進に必要なのは“経営層のDX時代の成長戦略の立案能力”」という指摘もなされはじめた。では、逆に、経営者のDXに対する理解が進めばDXや企業変革は進むのであろうか。

4.「第4次産業革命エグゼクティブビジネススクール」での実験

参考となるケースがある。北九州市で開講された「第4次産業革命エグゼクティブビジネススクール」(注1)である。地元北九州に立地する早稲田大学理工学術院大学院情報生産システム(IPS)研究科(数百人の理系修士学生を擁する)と、全国高専の中でも技術力に定評がありロボットコンテストでも何度もグランプリを獲得したことでも有名な独立行政法人国立高等専門学校機構 北九州工業高等専門学校の両校の教授陣が協力して開催する、第4次産業革命やDXを推進するための基礎知識を経営層が直接学べるスクールである。既に4回開催され、約100人の地元の中小企業の経営層の方々が参加した。
直接の契機は、経済産業省製造産業局で企画された経営層向けのDXカリキュラム作成プロジェクトであった。実は、それより以前に九州経済産業局、九州オープンイノベーションセンター(注2)(当時は九州地域産業活性化センター)が組織した約30社の九州地域の企業や九州各県、産業技術総合研究所九州センターなどから構成される「九州地域における第4次産業革命推進に関する調査研究委員会」(注3)での検討が背景にある。九州はDXへの危機感から地域を挙げて検討を行い、準備をしてきた。その結果、開講されたものなのである。なお、九州地域戦略会議(注4)では「九州・山口地域 第4次産業革命〝Kyushu4.0〟宣言」(注5)を2016年に発表している。

5.第4次産業革命エグゼクティブビジネススクールでのカリキュラム内容

カリキュラム内容はDXについて、経営層が理解すべき基礎的な組織論や業績評価方法、プロジェクトマネジメントやプログラムマネジメントに加え、ERPやS&OP、MES、PLMなどの製造業に関わるソリューション群の進化の状況、クラウド技術やSaaSなどの海外中小企業の活用の実態などである。既に存在する海外の類似のビジネススクールであるシンガポールARTC(注6)、アーヘン工科大学エンタープライズインテグレーションセンター他(注7)が提供しているカリキュラムをモデルとして、大げさにいえば世界標準のカリキュラムを提供している。1テーマが1泊2日で6テーマから構成されている。のべ12日のコースである。

講義の方法は、国内外の主要ベンダーに呼びかけ、アカデミックライセンスで、Enterprise Resources Planning(ERP)、Manufacturing Execution System(MES)、Product Life cycle Management(PLM)などの理論とハンズオン実習などを交えた実践的な方法である。デスクワークではなく、ケースについてのグループディスカッションなどを適宜交え、経営層でも楽しめる内容として設計されている。
怖がることは無い。もちろん経営層が自分でプログラミングを行う必要は無い。経営層は、「何がどれだけの費用で可能となっているのかを正しく理解すること、そして技術進歩に併せて組織マネジメントの方法やイノベーションの考え方を再設計し、企業を変革に導くこと」が重要なのである。特に、クラウド上のSaaS(ソフトウェアサービス)について、安価に提供され、東南アジアでも広く活用されているツールについて業務革新の必要性と併せて体験型の講義を行っている。
九州では大都市圏と異なり、大手のITベンダーは営業には来ないので中小製造業の経営層は“知る機会”に乏しい。この情報ギャップを埋めることは極めて重要であった。例えば、インプリメントやサポートの費用を除くと、SaaSでのERPの利用価格はグローバル価格では約25000円/人・月である。10人活用するだけなら約300万円で済む。こうした事実は、今でも九州ではあまり知られていないのである。

6.経営層の覚醒

スクールに参加した企業経営者からは「全く知らされていなかった。こんな状況になっていたのか」という危機意識とともに「自社の成長戦略をつくりあげることがいかに重要かわかった。ある意味、大きなビジネスチャンスが到来していることが納得できた」という感想が多数もたらされた。
さらに、スクールの卒業生である一部の経営者の覚醒ぶりは目覚ましいものがあった。詳しくは下記の動画(注8)を御覧いただきたい。「DXにおいて判断がブレなくなった」という率直な言葉を聞くことができる。「スクールの卒業生は全て成功しているのか」という大企業からの問いかけもいただくが、これは愚問であろう。ビジネスは不確実なものである。だからこそ興味深いのである。ただし、経営層が自信をもって意思決定を行ことができれば競合他社よりも機敏な意思決定が可能となる。これだけでも十分なアドバンテージである。
この原稿を執筆中の8月30日、内閣官房が主催する「夏のDigi田(デジデン)甲子園」(注9)で北九州市が中小企業部門で優勝、内閣総理大臣賞を受賞したことが発表された(注10)。これまでの関係者のご努力に深く敬意を表したい。

7.「経営者がDXを体験的に学ぶ場」の重要性

北九州市では、今年から卒業生からの要望で「DX時代の成長戦略講座」という、いわばアドバンスコースを開講することとなった。「現在のビジネスモデルにおいてDXをどのように実現するかはめどがたった。今後は、ビジネスモデルそのものを変革することにリーダーシップを執っていきたい。まだまだ学習したい」というのは、従業員20人のある三代目社長の発言である。
もちろん、全ての企業が変わっていったわけではない。しかし、九州の数十社の中小企業で、経営者が本気で考え、気づき、動き出すことで、最近流行の“スタートアップ”並みの成長軌道に乗るのであれば、十分な成果とは言えないだろうか。
スタートアップを優遇することも必要かもしれない。しかし、同時に既に事業を行っている中小製造業の経営者、特に二代目、三代目の経営者を応援するプログラムがあってもよいと思うのだが、いかがだろうか。
そして何より、大企業の経営層も自ら学ぶ機会があってよいだろう。海外で開講されているスクールには企業経営者、それこそ、社長、会長自らが参加している。理由は「まさか、自社の工場に、最先端のツールを体験しにいくことはできないから」だそうである。経営層の方々からは「自ら学ぶ機会が欲しい。われわれは肝心の技術や知識を知らされていないのだ」という声もよく聞くようになってきた。
北九州での第4次産業革命エグゼクティブビジネススクールは、経営者自らがDXについての基礎知識を獲得することが、DXを推進し、企業を変革していく上で極めて大きな効果があることを示しているのではないだろうか。

執筆者情報

  • 藤野 直明

    産業ITイノベーション事業本部

    シニアチーフストラテジスト

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