1.円安による国内回帰が始まった
急速な円安の進展に加え、国際情勢の激変もあり、海外工場を縮小し、日本へ工場を回帰させようとする動きが報じられている。マクロ経済的には、円安により製造業の工場が日本に回帰し、輸出が拡大することで日本経済にとってはプラスではないかという見通しも語られている。
しかし、従来通りの現場の属人性の高い工場を国内に新設していくことは、日本経済にとって中長期的にもプラスと言えるだろうか。製造業の現場の声をふまえて考えてみたい。
2.問題は、生産技術者の不足がボトルネックになってきていること
問題は、工場の製造ラインの設計技術者、つまり生産技術のエンジニアが激減していることである。下記のような実情が、複数の企業から指摘されている。
「工場の新設が少なかったため、生産技術者が過剰に存在し、コストを圧迫していると考えられたことで、人員の圧縮が続いてきた。専門部署の規模は、この20年間で約1/3に縮小している」
「生産技術者で国内にいるものは20代と50代。30代・40代は海外工場を転々として品質管理などの指導にあたっている」
3.スマートマニュファクチャリングによる「最先端のマザー工場」整備の好機到来
そこで提案したいのが、単なる国内回帰で現場の属人性の高い工場を整備するのではなく、スマートマニュファクチャリングを併せて本格的に検討する活動だ。日本の製造業にとって、グローバルにスケールアウトできる「最先端のマザー工場」を整備する格好の機会である。
工場を巡るソフトウェアはこの20年で飛躍的に進歩した。いまや工場は、工程単位で完結するものではなく、工場全体で最適な運用管理を行うべき対象なのである。
具体的には、PLM(Product Lifecycle Management)、MES(Manufacturing Execution System:製造実行システム)、スケジューラーなどを用いて工場全体を管理し、製品開発工程とアフターマーケットでの運用保守をシステムとして連携させる。集積したデータは一元的に管理し、トレーサビリティ、リコール対応、サーキュラーエコノミー、カーボンニュートラルなどの新しい要請へ応えられるだけの先端製造(アドバンストマニュファクチャリング)機能を整備するのである。
4.工場へのソフトウェア投資とサービタイゼーションビジネスへの転換
実は日本の工場への設備投資はこの20数年停滞しており、現場に足を運んでも旧式の機械が多いように感じる。工場の設備の平均年齢は14年以上という統計もある。同様に工場へのソフトウェア投資もこの20数年停滞していると推測される。
工場へのソフトウェア投資は、事業機会を逃さないための製造機能のスケーラビリティの確保、海外工場への技術移転の円滑化、M&Aの後のPMIの円滑化などへ大きく貢献するが、当該工場の短期的な原価削減への貢献は少なく見える。原価削減を目標KPIとされた製造部門において、工場へのソフトウェア投資は、自ら起案する動機付けに乏しい施策だった。
また、常時人員を削減されてきた生産技術部門からすれば、「ソフトウェアに投資をしたらさらに生産技術エンジニアの削減をされる」という恐れがあっても不思議ではない。経営幹部に「工場管理のソフトウェア投資を行ってみてはどうか」という起案を行う動機も乏しかったのではないかと推測される。
とはいえ、「旧式の機械や工程別のソフトでも高精度が出せる」と生産技術部門が、属人化や人手で非効率を克服している現状を自慢げに話すようでは、マネジメント不在、マネジメントが現場の頑張りに報いていない証と言われても仕方が無いだろう。
工場へのソフトウェア投資は、製造業がサービタイゼーションビジネスへ転換する際の貴重な武器となると改めて呼びかけたい。ご一考いただけると幸いである。
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