フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 家具サプライチェーンのデジタル変革

家具サプライチェーンのデジタル変革

2022/06/08

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

小売業界向け展示会で、家具のセッション?

毎年1月中旬に米国のニューヨークで小売業界向け展示会、NRF Retail’s Big Showが催される。主催するのは、世界最大の小売業界団体である全米小売業協会(NRF:National Retail Federation)だ。新型コロナ感染症の流行拡大前は、毎年約4万人がこの展示会を訪れていた。2022年は展示会直前にオミクロン株が流行したこともあって、来訪者数が約1.5万人に留まったと聞く。
この展示会で、各種の小売企業向けソリューションが展示される。対象となる商材は、主に加工食品・日用雑貨・衣料品だ。このほか、来訪客向けに多数のセッションが行われる。2022年はサプライチェーンに関するセッション群が用意され、その中にオンデマンド製造を扱ったセッションがあった。特に、当初登壇予定であった家具のスタートアップは、実に興味深い企業であった。本稿で追って紹介しよう。

捨てられる家具の増加

家具といえば、引越する際に、転居先の間取り・広さに合った家具を新たに購入したり、それまで使っていた家具を処分したりすることがよくある。日本ではなく米国の話になるのだが、消費者が捨てる家具の量が増え続けているのだ。
米国環境保護庁の統計によれば、2018年に約1,200万トンの家具のごみが発生し、その約8割の970万トンが埋立処分された。「重量1,000万トンの家具」と聞いても、これはピンとこない数字だ。そこで、人口で割った「1人あたりの数値」と、1990年から2018年までの変化をとらえることにした。
米国の人口1人あたりの家具ごみ埋立量は1990年に23kgだったが、2018年には31%増え30kgに達した(図1の左のグラフを参照)。オフィスチェア1つの重量が約15kgであることから、30kgはその2倍に相当する。このような数字を示すと、なんとなく規模感がおわかりだろうか。その間、米国の人口は2.5億人から3.3億人へと、31%増えた(図1の中央のグラフを参照)。結果、年間の家具埋立量の総量は、1990年から2018年に72%も増えたのである(1.31×1.31≒1.72)。日本の約25倍の広さの国土を持つ米国では家具埋立量が増加しても大丈夫かもしれないが、国土が狭小な日本であれば社会課題になりうる話だ。

図1 米国における家具ごみ埋立処理量の変化

家具サプライチェーンの革新

大量の家具が埋立地に捨てられている現状に、一石を投じたスタートアップが登場した。それは米国カリフォルニア州オークランドに本社を擁するモデルナンバー社だ。同社のビジネスモデルを簡単にいうと、「アップサイクル」された農産物の廃棄物から3Dプリンターでカスタム家具を作るというものだ。アップサイクルとは、本来ならば捨てられるはずだった廃棄物や不用品を別の商品の原材料などとして用いることで新たな価値を与えることをいう。モデルナンバー社のオペレーションは、原材料調達・設計・製造、さらに顧客での使用を含め、興味深い内容で構成されている(図2参照)。ひとつずつみてみよう。

図2 モデルナンバー社のオペレーション概要

まずは「原材料調達」。たとえば、トウモロコシやサトウキビなどの農産物には非可食部分、つまり、人間や動物には消化できない部分が存在する。そのような農産物の廃棄物を原料とした樹脂が家具の原材料の一部として調達される。
次は「設計」。オーダーメイドであるため、顧客が好みを反映できる。しかし、家具を一からデザインするのは面倒である。そこで、顧客はウェブサイト上に用意されたプリセットオプションの中から好みにあったものを選ぶことができる。例えば、テーブルを注文する場合、何人掛けか、どんな材質でどう仕上げるかを選べるのだ。エッジを丸くするか四角くするかといった細かい指定もできる。
そして「製造」。3Dプリンターが植物由来の樹脂を用いて家具を成形する。現時点では3Dプリンターを備えた工場はカリフォルニア州オークランドの1か所だけに留まるが、今後はそれが米国内の需要近接地に分散配置される見通しだ。グローバルに展開する家具製造小売企業のように、海外工場で集中生産された製品を国際コンテナで市場まで長距離輸送する必要がない。輸送に伴う地球温暖化ガス排出量抑制も可能だ。
最後は顧客による「使用」。モデルナンバー社の製品はすべてリサイクル可能という。「リサイクルプログラム」が用意され、顧客が家具を送り返せば、リサイクルや再研磨して新しい家具が作られる。たとえば、引越の際に、今まで使っていた家具より少し小さめ、あるいは、大きめの家具を欲しくなる場合がある。そんな時に、モデルナンバー社は家具の買い替えではなく、顧客に「今まで使っていた家具を引き取り、その材料を使って、サイズ違いの同じ製品を届ける」といったサービスを提供できる。顧客と長期にわたる関係を構築できるわけだ。これはビジネスモデル変革と呼んで差し支えないだろう。

デジタル変革でサステナビリティ向上を

デジタル技術を活用したサプライチェーンのサステナビリティ向上に向け、供給側の変革が始まっている。他方、需要側の立場では、今までの「注文後のスピード配達を希望する」「価格が安いから、一度使えればよい」から、今後は「商品が届くまでしばらく待つ」「一度買った商品をできるだけ長く使う」という選択肢が増える。消費者がサステナビリティ向上に貢献できる機会が生まれるのだ。
図2に示したモデルナンバー社の革新的なオペレーションは、何も家具に限った話ではない。たとえば、衣食住の「衣」はどうだろうか。デジタル技術の進歩により、3次元の人体データを容易に取得できるようになった。自動編み機もある。着古した衣料品から再生繊維を作り、別の衣料品を顧客の体形に合わせてカスタマイズ生産する可能性も十分にありうる。
今後、サステナビリティが一層重視される時代が到来する。既存の事業を転換することは容易でない。が、本稿で紹介したアップサイクルを取り入れたデジタル変革オペレーションを併用することは、一考に値するのではないだろうか。

参考資料

執筆者情報

  • 水谷 禎志

    産業ITイノベーション事業本部 産業デジタル企画部

    上級コンサルタント

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn