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スイスの地下物流システム

2022/08/17

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スイスで、貨物輸送専用の地下トンネルの建設が始まる

前回に続き、トンネルに関する話である。今回、トンネルを通る車両で運ばれるのは、人ではなくモノである。2022年8月1日にスイスで連邦法が施行され、貨物輸送専用の地下トンネルの建設プロジェクトが認められた。そのプロジェクトの名はCargo Sous Terrain(CST)。フランス語でSousは「下に」を、Terrainは「土地」を意味する単語である。CSTの技術面での実現可能性調査が行われたのが2010年。それから12年越しでようやく地下トンネル建設にゴーサインが出たのだ。

図1 Cargo Sous Terrain(CST)のイメージ図

出所)https://houseofswitzerland.org/swissstories/environment/cargo-sous-terrain-project-taking-swiss-innovation-whole-new-level

CSTとは

CSTとはどんなものか。まずはトンネル断面に着目してみよう。地下20~50メートルの深さに、直径6メートルのトンネルが掘られる。トンネル内にレールが3本敷設され、両端2本は方向別の走行車線として、中央の1本は待避や点検・修理に使われる(図2参照)。両端2本のレール上を、ユーロパレット2枚を積み込める「モジュラー型輸送ユニット」が時速30キロで24時間走る。ユーロパレットとは、欧州で最も普及している、1200mm×800mmのサイズの標準的な木製パレットのことだ。このモジュラー型輸送ユニットによるモノの輸送はインターネットのパケット通信そっくりであり、フィジカルインターネットのコンセプトが具体化した好例と呼べるものだ。なお、モジュラー型輸送ユニット内部は温度管理が可能であり、生鮮品等の冷蔵物を輸送できる。
加えて、トンネル内部の上部空間には搬送レーンが設置され、梱包(こんぽう)1つずつが時速60キロで運ばれる。小口貨物の高速輸送にも対応しているわけだ。

図2 CSTのトンネル断面図

出所)https://houseofswitzerland.org/swissstories/environment/cargo-sous-terrain-project-taking-swiss-innovation-whole-new-level

CSTで運ばれる貨物の出し手・受け手は地上に存在する。地上にある物流ターミナルと地下トンネルを結ぶ垂直搬送装置が数kmの間隔で設置され、モジュラー型輸送ユニットが上下方向に搬送される。図3は地上にある物流ターミナル、垂直搬送装置、地下トンネルの3者の関係を図示したものだ。

図3 物流ターミナルと垂直搬送装置と地下トンネルの概念図

出所)https://houseofswitzerland.org/swissstories/environment/cargo-sous-terrain-project-taking-swiss-innovation-whole-new-level

CSTの展開計画:2031年にチューリッヒから西の約70kmの区間が開業

次はCSTの路線がどう展開されるかを説明しよう。CSTはスイスの主要都市を結ぶ形で建設される。その総延長は約500km、全線開業の目標時期は2045年、総工費は334億スイスフラン(2022年8月8日の為替レート、1スイスフラン=140.92円で約4.7兆円)である。延長1kmあたり建設費は約94億円だ。現在、日本で建設中の中央リニア新幹線のそれが約245億円(=約7兆円÷285.6km)であることから、CSTの延長あたり建設費単価は中央リニア新幹線のそれの4割弱の水準だ。
第一段階として、2031年にチューリッヒ~ヘルキンゲン・ニーダービップ間の約70km(図4に橙色線で表示)が開業する計画だ。第一段階の建設費は計画費、ターミナル建設費、車両製造費を含めて33.5億スイスフラン(同、約5,000億円)となっている。

図4 CSTの路線計画図

出所)スイス連邦運輸省「Cargo Sous Terrainプロジェクトの経済的側面と影響」2016年

なぜ、スイスでCSTが必要と判断されたのか

スイス連邦道路局と連邦議会が「スイスの貨物輸送量は、2010年からの30年間で最大37%増える」と予測。道路と鉄道での輸送能力不足が懸念された。加えて、運輸部門からの地球温暖化ガス排出量を削減する必要に迫られていた。そこで、地下貨物トンネルがその解決策として有効と判断されるに至った。スイスにトンネル掘削技術が蓄積されていたことが、その判断に影響を及ぼしたのではないかと思われる。
CSTでどれくらい効果が出るのか。スイス連邦運輸省が2016年に「Cargo Sous Terrainプロジェクトの経済的側面と影響」という報告書を出している。その報告書によれば、2050年の全路線運営時には、総重量3.5トン超の中型・大型トラックで運ばれる国内貨物の約12%がCSTに、他方、鉄道で運ばれる国内貨物の約15%がCSTに転換すると推計された。トラック台数の削減率が12%というのは、相当のインパクトがある数字だ。CSTはトラックドライバー不足の解消に少なからず貢献できそうである。
前述の報告書ではCST導入によってCO2排出量がどれだけ減るかも推計されている。ここでスイスのエネルギー源を述べておこう。スイスで使われるエネルギーの半分は、石油と動力用燃料である。電気が25%、ガスが10%と続く。スイスの電気は、6割が水力、3割が原子力で発電されている。既存の電力構成のままでCSTが導入された場合のCO2排出量は36,000トン/年、CSTが使う電力がすべてグリーン電力(=再生エネルギー)に置き換わった場合のCO2排出量は10,500トン/年と推計された。なお、CSTに転換すると想定された貨物が既存の輸送手段で運ばれる場合のCO2排出量は57,000トン/年である。つまり、現状のCO2排出量は、グリーン電力を使わない場合に37%(=1-36,000÷57,000)減り、グリーン電力を使う場合には82%(=1-10,500÷57,000)も減るということだ。これも、相当のインパクトがある数字だ。
なお、輸送手段がトラックからCSTに転換する貨物のボリュームについては、前述の報告書に「2030年におけるスイス内陸部の道路貨物輸送量全体の約3%」と記載されている。スイス全体からみればわずかではあるものの、CSTへの転換が可能な貨物量を対象とした場合、その効果は無視できない水準にあるといえる。

図5 シナリオ別のCO2排出量

出所)スイス連邦運輸省「Cargo Sous Terrainプロジェクトの経済的側面と影響」(2016年)より作成

CSTは、民間資金による社会基盤構築プロジェクト

CO2排出量削減は社会課題の1つであることから、「CSTプロジェクトは公共事業」と受け止める読者も少なくないだろう。実際はそうではなく、CSTは民間事業である。スイスの小売業界で上位に入るMIGROS(ミグロ)とCoop(コープ)、通信会社のスイスコム、スイス連邦鉄道の貨物輸送部門であるSBBカーゴ、物流会社、保険会社等がプロジェクトの出資者に名を連ねている。
特筆したいのは、小売業界の上位プレーヤー2社がCSTに出資していることだ。2社の市場シェアは約7割に達する。日本の小売企業で、自社の物流拠点(ノード)へのロボット導入に積極的に取り組む企業が増えてきた。しかし、「小売企業が物流ネットワークのリンクに投資する」といった話は、筆者はほとんど耳にしたことがない。スイスの小売業界の上位プレーヤーは、持続可能な物流システムが将来必要と判断し、それに投資したものと推察される。 2031年に開業する区間には10カ所の物流ターミナルが建設される。そのうち4カ所の物流ターミナルの近傍には、ミグロとコープの物流拠点が存在していることからも、両社がCSTを積極的に活用する可能性が高いと思われる。

CSTはスイス以外にも展開する?

「イノベーションは、既存の技術の組み合わせで生まれる」とよく言われる。CSTを支える技術は、実は既存の技術ばかりである。CSTの路線を、貨物密度の高い都市同士を結ぶ区間に限定すれば、スイス以外でも成立する可能性が高いだろう。
CSTの出資者に、フランスの宅配会社DPDグループが含まれている。欧州でフィジカルインターネット研究を牽引しているのが、パリ国立高等鉱業学校のエリック・バロー教授だ。同教授がかつてこんなことを言っていた。「都市で居住する人間が地下トンネルを走る電車に乗り、モノが地上を走るトラックで運ばれるというのは、ちょっとおかしいのではないか」と。筆者は、フランスの首都パリで、CSTあるいはそれに類似した地下物流システムが導入される可能性があるのではないかと、ひそかに思っている。
数年前に「貨物輸送専用の地下トンネルを作り、そこに無人車両を走らせて、貨物を運ぶ」という話を初めて耳にした時、これはサイエンスフィクションかと思った。が、これが今から9年後の2031年には現実になるのだ。これは物流領域でのデジタル変革の壮大な事例になるといっても差し支えないだろう。筆者は想像力が乏しく、「CSTの次は何か」を全く想像できないが、CSTに匹敵する、次の物流イノベーションの登場を期待したいものである。

参考資料

執筆者情報

  • 水谷 禎志

    産業ITイノベーション事業本部 産業デジタル企画部

    上級コンサルタント

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