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法規制がデジタル変革を起こす?

2022/10/24

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法規制とデジタル変革の関係とは

民間企業に勤める方であれば、「法規制」という言葉を目にした時、「注視する」「身構える」というのがよく起きる反応であろう。一般的に、法規制は企業活動に制約を課す。事業内容、営業時間、場所の決定の自由が制限されるほか、免許・資格取得が義務付けられたり、企業活動の記録や報告が要請されたりすることもある。
新聞に「脱炭素」「循環型経済」という用語が登場することが、日常になってきた。これら社会課題の解決手段の1つとして、法規制があるととらえてさしつかえないだろう。実は視点を変えると、法規制はデジタル変革のきっかけとなる可能性を秘めているのではないか。本コラムでは、サプライチェーン領域における昨今の法規制を取り上げ、法規制とデジタル変革の関係を論じてみたい。

トラック運行の電子ログ記録の義務化

まず、過去の事例を紹介する。サプライチェーン上を動くモノを運ぶドライバーに関わる法規制だ。米国では現在、貨物輸送を担うトラック車両に、電子ログ記録装置(ELD;Electronic Logging Device)を使うことが2018年から義務化されている。ELDで把握されるのは、エンジン稼働時間、運転時間、車両の動き、車両の場所、走行距離などだ。ELDは、日本のデジタルタコグラフ(略称はデジタコ)に相当する。ELD使用義務化の目的はトラックドライバーの安全向上だ。
ELD使用義務化が始まる前、ドライバーの業務時間が記録されていたのは紙だった。そのため、ドライバーの業務時間管理は十分に徹底されていなかった。特に問題視されたのは、長距離トラックドライバーの勤務時間が長いこと、そして安全運転に必要な休憩が適切に取られていないことだった。そこで2017年12月、米連邦自動車運輸安全局が、ELD使用義務に関する最終規制を公表、2018年4月にELD使用義務化が始まった。
ELD使用義務化の後、米国の輸送市場で何が起きたか。ELDで取得される車両位置情報を活用し、貨物輸送需要と空車トラックをマッチングするサービスを提供するスタートアップが多数登場した。2018年はブロックチェーンの黎明期であり、「物流×ブロックチェーン」の展示会が開催された。筆者が、2018年5月に米国アトランタで催された、「物流×ブロックチェーン」の展示会、Transparencyで見かけたスタートアップの1つがproject44だった。現在、リアルタイム輸送可視化プラットフォームのリーダーと称されるproject44は、もともとは米国の国内トラックの車両動態可視化ソリューションを提供しようとしていたスタートアップだ。法規制によりELDで得られるようになった情報を駆使し、貨物輸送需要と空車トラックをマッチングするという、新たな価値が生み出されたわけである。これをデジタル変革と呼んでも問題ないだろう。

高リスク食品のトレーサビリティ記録・保持の義務化

次に、近い将来の事例を紹介する。今度はサプライチェーン上を動くモノを対象とした法規制だ。同じく米国での話だが、米食品医薬品局(FDA;Food and Drug Administration)が食品安全強化法第204条に基づき、「高リスク食品」を取り扱う食品関連事業者に対し、トレーサビリティ記録・保持を義務付ける予定だ。高リスク食品とは野菜・果物・魚類・甲殻類など主に生鮮品であり、合計で16のカテゴリーがある。FDAはその最終規制を2022年11月7日に公表する予定だ。続く2023年1月に法律が施行され、2025年1月に義務化が始まる見通しだ。
その目的は、食中毒の健康被害を最小限にとどめること。それには問題発生後に短時間で関係者に知らせることが重要だ。FDAが狙うのは次の2つ。1つは食中毒発生後24時間以内に、権限を持つFDA担当者がトレーサビリティ記録を閲覧できること。そのために、事業者がトレーサビリティ記録を、ソート可能な電子スプレッドシートでFDAに提出することが要請されている。もう1つはエンド・トゥ・エンド、つまり、食品サプライチェーンの最上流にいる生産者から最下流にいる消費者の範囲で、モノの動きを追跡・遡及できること。そのために、対象商品のほか、事業者・事業所の識別番号を、企業をまたいで使うことが要請されている。
一般的にトレーサビリティというと、自社と、自社の上流にいる仕入れ先および自社の下流にいる顧客の範囲で取り組まれることが多い。FDAが狙っているのはそういう狭い範囲のトレーサビリティではなく、エンド・トゥ・エンドのトレーサビリティだ。食品サプライチェーン全体でのトレーサビリティ実現のために、FDAが事業者に対し電子データでの提出と共通識別番号の使用を要請していることが興味深い。
米国の食品流通業界で何が起きるか、現時点でわかっていない。しかし、食品サプライチェーン上のどこにどれだけ、何の在庫があるかが一層可視化されるのは確実だろう。フードロス削減は社会課題の1つだ。賞味期限が近づいた生鮮品の自動値引きなど、「人手でやろうとすると手間がかかること」が実現しやすくなるのではないだろうか。もしそれが実現したとしたら、「規制で得られるようになった情報を駆使し、新たな価値が生み出された」と言えるのではないだろうか。

法規制がデジタル変革を起こす?

約1年半前になるが、去る2021年4月に世界最大級の産業機械見本市であるハノーバーメッセがオンラインで開催され、それを視聴した。特徴の1つは、サステナビリティに関する話題が初めて取り上げられたことだ。「クライメート・ニュートラリティ」に関するパネルディスカッションで興味深い議論が展開されていた。今も強く印象に残っているのが次の発言だ。「クライメート・ニュートラリティとは、少しばかり二酸化炭素を減らすという話ではなく、テクノロジーによる完全な変革を意味している。二酸化炭素のネット排出量をゼロにする法規制は、新しいソリューションを市場に生み出す機会としてとらえている。」
日本ではどうか。筆者の率直な感想だが、日本では「法規制は企業活動に制約を課す」と受け止める人が大半であり、「新たに課される法規制が市場を生む」と考える人はどちらかというと少数派であろう。
日本国内でのサプライチェーン領域での法規制の話題といえば、直近では「物流の2024年問題」が筆頭に来るだろう。「物流の2024年問題」とは、働き方改革関連法の適用に伴って、物流業界で懸念されているさまざまな問題のことを指している。同法により、自動車運転の業務について、2024年4月から時間外労働の上限規制(年間960時間)が適用される。人手不足が深刻化している物流業界では、トラックドライバー1人あたりの生産性を劇的に向上させることが課題だ。生産性の向上には、非稼働時間を稼働時間に変えるオペレーション変革が必須であろう。
働き方改革関連法施行まで残された時間は1年半。「制約は味方」と頭を切り替え、「法規制は、新しいソリューションを市場に生み出す」という視点を持って機会を探索してみるというのはどうだろうか。例えば、「トラックドライバーの非稼働時間が、いつ、どこでどれだけ発生しているのかを手間をかけずに継続して把握できる」「非稼働時間を稼働時間に変えるための打ち手候補を見つける」「複数の打ち手の中から、自社に合ったものを選択できる」といった形で、新たな価値を生み出すソリューションが登場する可能性があるのではないだろうか。
新型コロナウイルス感染拡大により、個人・企業の活動が制約を受けた。反面、リモートワークなどさまざまな分野でデジタル化が進んだのも事実だ。持続可能な社会の構築に向けて、さまざまな法規制が増えるはず。法規制がデジタル変革を起こす可能性があるのではないだろうか。法規制を賢く活用してデジタル変革が進むことを期待したい。

参考資料

執筆者情報

  • 水谷 禎志

    産業ITイノベーション事業本部 産業デジタル企画部

    上級コンサルタント

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