はじめに
野村総合研究所 産業ITコンサルティング二部の丹下です。
昨今メタバースがバズワード化し、各社が様々な取り組みを発表しています。
これを読まれている方の中にも、上司から「メタバースで“何ができるか”考えよ」と言われている方や、「メタバース“活用”の波に乗り遅れてはいけない」と焦りを感じている方がいらっしゃるのではないでしょうか。
そうしたメタバース“活用”企画は、いまは新しい取り組みに挑戦するだけで十分に意義のあるものでしょう。しかし、いずれ「単なる“賑やかし”以上の効果が出せない」といった壁にぶつかることになります。「新しいことに取り組んでいる“風”」から脱し、ビジネスそのものにインパクトを与えるような取り組みにするためには、検討の立脚点自体を変えなければなりません。
メタバースを単なる1チャネルやツールとして捉え、既存ビジネスを前提に「どう活用するか?」を考えるのではなく、「メタバースによって社会通念がどのように変容するのか」を考え、予測される未来から逆算(バックキャスティング)して取り組むことをお勧めします。
今回は、「生活の1/3をメタバースで過ごす企業コンサルタント」として、「メタバースによって今後変容していくであろう常識」と「メタバース時代のビジネス発想の視点」について考えをお伝えします。
流行り廃りのない、本質的なビジネス改革を検討されたい方の一助になれば幸いです。
執筆者プロフィール
丹下 雄太:
専門領域はデジタル技術を活用した事業変革・新サービス創造、企業内データの活用・分析、システム企画など。企画のみならず実現まで伴走するDX支援に取り組む。NRIデジタルにてビジネスデザイナーとしても活動中。
メタバースの定義
メタバースの定義については様々な考え方が提唱されており、これといった統一見解は存在しないのが現状です。
ここでは、メタバース進化論[1]にて定義されている下記7要件を満たすものをメタバースと定義します。
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① 空間性 :
三次元の空間の広がりのある世界
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② 自己同一性 :
自分のアイデンティティを唯一無二の自由なアバターの姿で存在できる世界
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③ 大規模同時接続性:
大量のユーザがリアルタイムに同じ場所に集まることのできる世界
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④ 創造性 :
ユーザ自身が自由にコンテンツを持ち込んだり創造できたりする世界
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⑤ 経済性 :
ユーザ同士でコンテンツ・サービス・お金を交換でき、経済活動をして暮らしていける世界
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⑥ アクセス性 :
目的に応じてアクセス手段を選ぶことができ、物理/仮想現実の垣根なくつながる世界
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⑦ 没入性 :
(1アクセス手段として)VR/ARなどで実際にその世界にいるかのような没入感のある充実した体験ができる世界
今回はメタバースそのものを解説することが主旨ではないため、詳細な解説は割愛します。 以降にて、メタバースの普及に伴い社会常識がどう変わるのか、どのようにビジネスを考えればよいのかという「メタバース新常識」について3つの例をあげて説明します。
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[1]
バーチャル美少女ねむ(2022). メタバース進化論――仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界 技術評論社 P.45-46
【メタバース新常識1】美少女として生きる中年男性に従来のマーケティング手法は通用しない
ここでは先のメタバース定義②であげた「自己同一性」、つまり自らが望む唯一無二の「なりたい自分になれる」時代に着目します。
VTuberをはじめ、バーチャル世界で独自のアイデンティティを確立し、社会的に受け入れられている事例は既に存在します。
画像出所)アバター(筆者作成)を用いたバーチャル世界でのコミュニケーションイメージ
日本、特に若年層は「自分自身に満足していたり、自分に長所があると感じていたり」する者の割合が諸外国と比較して最も低い[2]ため、「なりたい自分になる」ことはより自然な流れとなっていくものと推測します。また、今後オープンメタバース※1が発展していくと、プラットフォームを問わずこうしたアイデンティティを主張できるようになるでしょう。
こうした未来では、ビジネスにおけるマーケティングの常識も大きく変わってきます。
現在は、年齢・性別・家族構成といったユーザ属性を特定・推測し、属性に紐づけて情報収集・分析し、広告配信やサービス提供を行う、といったマーケティングが一般的に行われています。
しかし、この手法はメタバース時代にも通用するでしょうか?
メタバースで美少女として生活している中年男性がいたとします(余談ですが、美少女のアバターを纏うことをバーチャル美少女受肉、通称「バ美肉」といいます)。ファンや仮想動物たちと交流しながら、キラキラした毎日を過ごしています。そんな最中、「髭剃り」の広告が表示されたらどう感じるでしょうか。
分かりやすさのため「美少女」を取り上げましたが、ユーザが主張するアイデンティティは動物かもしれないですし、現実には存在しない概念かもしれません。現に私自身もフォートナイト※2の中では「エイリアン」として生活していますので、自らが主張するアイデンティティに沿わない広告やサービスは受け入れられないですし、企業イメージの低下すら起こりえます。
これまでのマーケティングではリアルの属性データからニーズを推測していましたが、今後はアイデンティティが多様化し、属性からニーズを推測することはより難しくなります。 したがって、メタバース時代においては、ユーザの「理想(=なりたい自分)」に沿ったマーケティング活動を行うことが重要になり、「ユーザの理想をいかに把握・理解するか」が企業競争力につながってくるものと考えます。
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[2]
内閣府(2018). 我が国と諸外国の若者の意識に関する調査 第二章 P.8
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※1
オープンメタバース
複数のメタバースサービスが相互接続され、コンテンツやお金などを複数サービス間で行き来することができる、ユーザに権利が帰属したメタバース -
※2
フォートナイト
EpicGames社が提供するオンラインゲーム。2021年に全世界3億5000万人のプレイヤー数を突破し、ゲームだけでなくバーチャルライブや企業コラボレーションなど多用途で利用されており、現在最もメタバースに近いと言われている
【メタバース新常識2】空すら飛べる世界において単なる「店舗の模倣」は不便で仕方がない
メタバースは、重力や距離といったあらゆる物理制約から解放された世界であり、リアル世界とは比較にならないほど、実現できる体験の自由度が高いです。
メタバース時代において、企業はどのような商品・サービスの購買体験を提供すればよいのでしょうか。
現在、多くの商品ブランドがメタバース上で仮想店舗を開設し始めています。 しかしそのほとんどが「リアル店舗を模倣した」だけのものであり、「物理店舗を訪れなくてよい」「商品をメタバース上で身に着けられる」といった限定的な価値しか提供できておらず、「メタバースならではのユーザ体験」を提供できているとはいいがたい状況です。
メタバース上では物理制約に囚われる必要がないわけですから、現実世界では実現できないような理想的なユーザ体験を実現できるはずです。そこで、メタバースならではのユーザ体験を研究している企業事例をいくつかご紹介しつつ説明します。
① NIKELAND on Roblox
NIKEは、Roblox上に「NIKELAND」を開設しました。
NIKELAND上では「where sport has no rules」のコンセプトのもと、
- 仮想スポーツゲームで遊べて、ユーザ自身でゲームを作り一緒に遊ぶこともできる
- プレイ中に(モバイル機器で取得した)リアルな動きを反映することや、NBAの有名選手にバスケットボールのシュートを教わることができる
など、メタバースならではの新たなユーザ体験の提供に取り組んでいます。
画像出所)Nike社 2021年11月22日 プレスリリース
https://nike.jp/nikebiz/news/2021/11/22/4956/
② GUCCI GARDEN on Roblox
グッチは、2021年5月に2週間限定でRoblox上のメタバース空間を提供しました。
ユーザは真っ白なマネキンとなり、グッチの世界観を体現する空間の中でさまよいながら空間上の模様を吸収していきます。最終的には唯一無二の模様が付されたユニークなマネキン作品ができあがるというものです。世界観と多様性を重視するグッチならではのユーザ体験です。
画像出所)Gucci社 GUCCI GARDEN ON ROBLOX
https://www.gucci.com/us/en/st/stories/article/gucci-gaming-roblox
いずれも、現実世界では実現しづらい体験ですが「なんだ、ただのゲームじゃないか」と感じた方もいるでしょう。
現在メタバースに近いといわれるフォートナイトやRobloxといったプラットフォームは元々ゲームのためのプラットフォームです。そのプラットフォーム上でゲーム業界以外のユーザ体験が提供され始めています。つまり、ゲームビジネスがその他のビジネスを取り込み始めているのです。
「制約を考慮せずにユーザが求める体験を構築する」ことはゲームビジネスそのものですから、メタバース時代の商品・サービス体験は「ゲームを作る」思考で設計するべきです。
制約事項の多いリアル体験の延長線上のメタバース体験ではなく、自由度の高いメタバースを前提に顧客体験を設計し、先のNIKEの例のような「リアルな体験」をメタバース体験の1部品として取り扱う、発想の転換が必要となると考えます。
【メタバース新常識3】「カネにならない」行為もカネに変えられる
リアル世界では「価値があるのにカネにならない」ものが存在します。
環境問題への対応など「短期・個人での実利を感じにくいもの」や、口コミ・評価などの「効果が間接的で計測しにくいもの」が該当します。各企業は、補助金、寄付、CSR、企業のイメージアップなど様々な「原資」になんとか紐付けてこうしたものを実現・推奨しているのが実情だと思います。
しかし、メタバースでは経済ルール自体も自由です。
例として「フォートナイトのクリエイターサポートシステム」をご紹介します。
3.5億人というフォートナイトの驚異的なプレイヤー数の裏には、プレイ実況者やコスプレイヤー、最新情報の解説者、練習場の運営者といったユーザに近いところで啓もう活動をしているクリエイターが存在します。こうしたクリエイターは、従来はコンテンツに広告を掲載することをモチベーションにしていましたが、これはゆがんだ収益モデルです。本来はフォートナイトの魅力を発信することが、どの程度ユーザー増加・維持に貢献しているかの価値に応じた対価を得るべきです。
そこでフォートナイトは、プラットフォーム上の通貨を通じ、「ユーザーがお気に入りのクリエイターをフォローすることで支払いの一部がクリエイターに還元される」経済システム、クリエイターサポートプログラムを導入しました。
画像出所)EpicGames社公式サイト
(https://www.epicgames.com/affiliate/ja/overview)を基にNRI作成
昨今はWeb3と呼ばれる次世代の分散型(非中央集権型)インターネットも提唱され、特定企業が管理しなくても成り立つ新たな経済ルールが次々と生まれてきています。
このような「経済ルールも自由に設計できる」世界においては、ユーザに受け入れられ、うまくルール設計ができれば、どんなものも直接的なカネに変える仕組みが構築できます。逆に、現状存在する「社会に望まれない儲け方」は新たな経済ルールによって成り立たなくなる可能性もあります。
「経済ルールを新たに作る」にせよ、「新しい経済ルールのもとで経済活動をする」にせよ、「儲ける」ための活動は、従来とは大きく異なるものになるでしょう。物理世界の「儲け方」が変わらない前提でいると、足元をすくわれるかもしれません。
おわりに
ここまでメタバースによって変容しうる社会通念やビジネス上の捉え方についてお話してきました。
メタバースが実現するのは「自由で理想的な」世界です。物理世界の常識は通用せず、社会やユーザにとって望ましい形に最適化されていくでしょう。真新しいツールとして利活用の方策を考えるのではなく、変容する社会にビジネスを「どのようにリ・デザインして適応させていくか」という発想で取り組むべきだと考えます。
弊社は「未来創発」企業として、各業界ビジネスの変革、社会変革に取り組んでいます。
メタバースは勿論、変わりゆく未来に向けたビジネス変革でお悩みがありましたらお力添えできますので、是非ともご相談ください。
執筆者情報
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