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NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 中国ネットビジネス急成長時代の幕引き

2022/12/12

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2022年11月11日、14回目の開催となった中国のネットショッピングのビッグイベント「ダブル11」セールが注目の中で静かに終わった。EC大手の各社は、例年そのイベントの流通取引総額(GMV)を大々的に宣伝して、世界から注目を浴びているが、今年は、EC最大手のアリババも二位の京東(JD.com)も、終了当日にその販売実績の公表を初めて見送った。これはかなり異例なことと言える。

「ダブル11」セールは、中国の第3世代移動通信システム(3G)の商用ライセンスが配布された2009年に遡る。この年、格安スマートフォンの出現が起爆剤となり、中国はモバイル・インターネット時代に向けて突き進もうとしていた。同年に開設されたアリババ傘下のオンライン・マーケットプレイスの天猫(Tmall)は、11月11日を「独身の日」として、若者向けのネットショッピング・イベントを企画し、5000万元の売上を挙げた。それが、13年後の2021年に、その1万倍以上の5403億元(現在のレートで約10兆8000億円)に急成長した。今年の取引総額を非公開とした理由は明かされていないが、アリババは「新型コロナウイルス感染症関連の影響があるにもかかわらず、昨年並みの取引額を達成できた」とのみ説明した。

筆者は、この出来事は、中国ネットビジネス急成長時代の終焉の象徴的な出来事とみている。本稿では、アリババの業績推移、政策動向などを踏まえ、中国のネット企業の戦略の転換について解説する。

アリババの成長の勢いが鈍化

新型コロナなどの影響で、アリババは今までにない逆風を受けている。アリババの売上高の前年同期比は、2019年から2020年まで概ね30%以上の高成長を記録していた。図1で示すように、2021年1月~3月の63.9%をピークに、その後33.8%、29.4%、9.7%、8.9%と急速な減速が分かる。とりわけ、2022年春、上海を始めとして各地が実施していた厳格なロックダウン措置による物流の混乱の影響が大きい。アリババの2022年度の4月~6月の売上高は、上場以来、初めて前年同期から減収(-0.1%)となった。また、直近の2022年6月~9月の売上高を見ても、前年同期比3.2%の増加となっており、今までの急成長から一転して回復の勢いが弱い。さらに、収益力を示す当期純利益iの前年同期比もマイナス成長が続いている。中国のネットビジネス業界の代表企業として10年も続いた成長の勢いに終止符が打たれたと言えよう。

図1:アリババの売上と当期純利益(EBITA)の前年同期比の推移

出所:アリババグループのアニュアルレポートよりNRI作成

筆者は、その背景には、政策要因、国内市場の競争激化とグローバル環境等いくつかの要因があると分析する。

国内市場の頭打ちと競争激化が痛手

国内市場について、中国のゼロコロナ政策の影響、国内市場における競争の激化、ネット大手への規制強化が主な要因だ。厳しい行動制限によって、消費者の購入意欲が減少するだけではなく、道路封鎖等による物流の混乱から、注文しても商品が届けられないこととなり、結果的に返品となったことも少なくない。中国にいる筆者の友人は、注文したら、商品の発送地がロックダウンのため、配達するのに数ヶ月かかると言われたそうだ。数か月後、やっと配送できるとの連絡を受けたが、今度自分の住んでいる地域がロックダウンとなり、受け取りができなくなった。このようなケースは今年に入ってから決して少なくなく、ネット企業への打撃が大きい。

さらに、成長のエンジンとされるネット人口の伸びが頭打ちとなり、各社との競争の激化も逆風となっている。EC二位のJD.Comや格安商品を手掛けるPDDだけではなく、異業種からの新興勢力も次から次へと市場シェアの奪い合いに参戦した。例えば、ソーシャルメディアのTikTokを手掛けるバイトダンスも近年EC事業に参入し、若者の人気に乗じ、存在感を拡大している。これは結果的に、価格競争の激化や新規顧客の獲得コストの押上に繋がり、ネット企業各社にとって痛手となっているのは否めない。

そして、中国政府のネット大手への規制強化の影響も無視できない。

独占禁止法等の規制強化の影響

中国の改正独禁法は今年の8月1日から施行され、データやアルゴリズム、プラットフォームの独自のルールなどを利用した市場支配的地位の乱用を禁止する条項が追加された。プラットフォーム事業者に対して、より公平な競争を求める。これは、後発の事業者の参入がより容易になり、アリババのような先行者にとって大きなプレッシャーとなるのは言うまでもない。

また、2021年11月に施行された個人情報保護法により、個人情報の利活用への規制が一層厳しくなった。例えば、アリババは、今年7月25日に、アリペイを手掛けるアント・グループとの「データの共同利用協定」を中止すると発表した。周知の通り、アリババやアント・グループの強みは、ビッグデータへの分析とそれを活用した個人向けのサービスの展開だ。このデータの分離により、従来のようにビッグデータの共同利用ができなくなり、両社は今までのサービス(主に広告や個人向けレコメンドサービス等)の質を維持するため、法律の許容範囲内で各自再度個人情報を収集せざるをえない。共同利用できる時と比べると、収集の頻度や範囲が増えると想定され、両社の業務の効率化及び相乗効果へのマイナスな影響が大きいと思う。さらに、データ分離の動きに伴い、両社の事業面の分離も進めている。アント・グループのグローバルなクロスボーダー決済サービス「アリペイ+」は今年初め、アリババの海外部門にとって大きなライバルである競合他社との提携も発表し、今後アントとアリババの事業分離に向けた動きがさらに顕著となっていくと思われる。

米中摩擦も逆風

グローバル環境では、米中摩擦を背景に、中国のネット企業のアメリカでの上場廃止のリスクも浮上した。アメリカの証券取引委員会は7月29日、アメリカに上場する中国のネット企業を上場廃止警告リストに追加した。外国企業説明責任法に基づき、中国系企業の会計監査を精査する必要があるとするが、その許可をアメリカ当局に与えるのを中国政府が拒否していることが理由とされている。こうしたアメリカでの上場廃止のリスクもアリババを始めとするネット企業の今後グローバルでの資金調達や事業展開にとって大きな逆風となると思う。ただし、最新情報によると、中国政府とアメリカ当局は中国企業の会計監査問題で協力合意したと発表した。仮に、上場が継続できても、地政学リスクが危惧され、アメリカ系の投資会社からの資金調達が不利になることは変えられない。

中国式近代化と価値の再分配が成長鈍化の深層的な要因

上記の規制強化や米中摩擦の一連の動きはネットビジネス業界の急成長の鈍化を引き起こす表層的な要因に過ぎず、深層的な要因は、中国の経済発展の方向性が転換期を迎えたことだ。

10月に閉幕したばかりの中国共産党第20期全国代表大会(第20回党大会)では、「中国式現代化」に言及し、これほど大規模な人口を有する国の現代化は、その困難さと複雑さが前例のないこととしたうえ、制度も諸外国と違うという中国の国情があるため、中国は外国の発展モデルを踏襲するわけにはいかず、中国共産党の統率のもと、他の国と異なる独自の経済発展の道を歩むべきと強調した。党大会の報告の中で、「中国式現代化」について、国全体がともに豊かになり、物質文明と精神文明が調和し、人と自然が調和・共生し、平和的発展の道を歩む現代化だと説明されている。

この「中国式現代化」は、格差の是正に力をいれている。ネットビジネスは、膨大な消費者の「量」によって生まれたビジネスとして位置づけられ、技術の進歩や農村との格差是正など「質」の成長に十分に寄与できていないとされている。

2022年中国浙江省で開催された中国ネット業界のビッグイベント「世界インターネット大会烏鎮サミット」にて、アリババの張勇CEOは、ネット企業を代表して講演を実施した。その際に、アリババの戦略は、「実体経済とデジタル技術の融合」と再定義した。この戦略を通じ、リテール領域で繋いでいる1000万社以上の中小企業への支援をさらに強化し、アリババクラウドを始めとしたデータ活用に必要不可欠な演算力のインフラを企業向けに提供していくと意気込んでいる。

産業向けの先端コア技術の開発に活路を見出す

最近のアリババやテンセント、百度(Baidu)等のネット大手の動向をみると、各社が先端コア技術の開発に力を入れることは鮮明となっている。

11月3日より開催されるアリババクラウドの年次イベント「Apsara Conference 2022」において、アリババクラウドが最新のクラウドコンピュータ製品「Wuying Cloudbook(無影クラウドブック)」を発表した。その製品によって、利用者はあらゆる端末からクラウドコンピューティング能力とストレージ容量にアクセスできることを実現している。利用者は自宅に居ながら、強力なコンピューティング能力を利用でき、多様化する職場環境での共同作業も可能にするという。今までこのような仕事環境は、大手企業のみ構築できるが、この新しい製品により、中小企業の従業員の生産性アップにもつながり、社会全体のデジタルトランスフォーメーションを加速させる。アリババの2022年6月~9月のクラウド事業の成長率は、リテール事業の低迷と対照的に前年比4%の成長を達成した。非IT業界向けのクラウド事業の売上高は前年同期比28%増加という好成績も得られた。クラウド事業のアリババの事業全体に占める割合も10%に達し、2016年の同時期と比べ、2.5倍以上の伸びを見せた(図2)。

図2 アリババのクラウド事業の事業全体に占める売上シェアの変化

出所:アリババグループのアニュアルレポートよりNRI作成

そのほか、百度は自動運転を始めとした人工知能技術に注力し、自動運転タクシー「Robotaxi(ロボタクシー)」の実用化を実現し、新しいデジタル産業を生み出した。テンセントは、IoTやデジタルツイン技術を活用した産業向けのWeMakeプラットフォームを提供し、これまで、42万社の製造企業によって導入し、データ駆動型のスマート工場の実現にむけて、企業の経営管理、製造および工程管理、設備管理等の高度化を支援している。

前述の「世界インターネット大会烏鎮サミット」でアリババの張勇CEOはこう自分の講演を締めくくった。「私たちは将来の発展に自信を持っています。この自信は、アリババ自身の発展目標と国の長期的な発展目標との高度な一致と、デジタル技術を使用して実体経済の発展を促進するという社会全体のコンセンサスに由来しています。」ネットビジネスの急成長の時代はもう戻らないかもしれないが、中国のネット企業にとって、今まで培った技術力を生かして、国の発展目標に沿った新たな時代の幕を開け始めた。

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    当期純利益(EBITA)とは利息・税引・無形固定資産減価償却前の当期純利益を指す。
    「当期純利益(EBITA) = 売上 – 営業費用(売上原価・販売費・一般管理費)」

執筆者情報

  • 李 智慧

    未来創発センター
    グローバル産業・経営研究室
    エキスパートコンサルタント

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