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「女性の経済的自立」の実現には何が必要か

(2)「年収の壁」の高さを可視化してみる

2022/08/29

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前稿((1)なぜ、最低賃金の引上げは所得増に繋がらないか)では、最低賃金の引上げによる時給の上昇が、必ずしも有配偶のパートタイム女性(以下、パートタイムで働く妻)の所得増につながらない実態を見てきた。
その背景にあるのは、税制(所得税・住民税)、社会保障制度(社会保険適用)、配偶者の勤務先から支給される「家族手当」等を意識し、パートタイムで働く妻が、自身の年収を一定額以下になるよう就労時間を調整する「就業調整」の存在である。

ここで、パートタイムで働く妻が「就業調整」を行う際に意識している「年収の壁」を整理してみる(図表1)。ここで挙げた「税金にかかわる壁」と「社会保険にかかわる壁」は公的制度に基づくもので、「「家族手当」にかかわる壁」は勤務先の各企業の賃金制度に基づくものである。
後者に関して、人事院「令和3年職種別民間給与実態調査」によれば、「家族手当制度」がある事業所は全体の74.1%を占めるが、そのうち「有配偶者を対象に家族手当を支給する」事業所は家族手当制度がある事業所中74.5%である。また、それら有配偶者を対象に家族手当を支給する事業所のうち86.7%が、「(「家族手当」の支給には)配偶者の収入による制限がある」と回答している。配偶者の収入によって支給を制限している事業所が設けている「配偶者の収入(年間)上限額」は「103万円」が最も多く(45.4%)、次いで「130万円」となっており(36.9%)、「130万円」以下で全体の8割以上(82.3%)を占めている。

図表1 パートタイムで働く妻の就業に影響をもたらす「年収の壁」
(主なもの)

出所:各種データよりNRI作成

パートタイムで働く妻の年収がこれらの壁を超えてしまうと、税や社会保険料の負担が増えて妻自身の手取り額が減少したり、夫の勤務先からの手当が支給されなくなったりして、世帯の手取りの収入が減ってしまう。よって、世帯年収の減少を避けるべく「年収の壁」を超えないように就労時間を調整する「就業調整」が行われるのである。

このような「年収の壁」が女性の就業の阻害要因となっている実態については、政府も認識している。岸田政権が2022年5月にまとめた「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」においても、「女性の就労の制約となっている社会保障や税制について働き方に中立的なものにしていくことが重要である。」とし、「106万円の壁」や「130万円の壁」の見直しの必要性に加え、配偶者の収入要件がある企業の手当の改廃・縮小への議論が行われることを期待する、と言及されている。

実際に、「年収の壁」はパートタイムで働く妻にとってどの程度“高い”壁なのだろうか。
以下に挙げる前提を置いた上で、パートタイムで働く妻の年収が「年収の壁」を超えて増えた場合、世帯での手取り年収額がどのように変化するかについて試算してみた。その結果が図表2である。なお、夫の年収は一定と仮定している。

図表2 パートタイムで働く妻の年収別にみた世帯年収額(手取り)推計結果

【試算の前提】

  • 夫の年収 500万円(家族手当は含まず)
  • 二人世帯(他に扶養家族なし)
  • パートタイムで働く妻の年収が106万円超で社会保険加入(本人負担の社会保険料率14%)
  • 家族手当あり 月額17,000円(夫が勤務する事業所から支給)
    (厚生労働省『平成27年就労条件総合調査』平均支給額17,282円より)
  • 家族手当の支給制限 妻の年収103万円超で支給停止

 

  • (注)

    妻の住民税額について、妻の給与年収106万円の場合には社会保険料控除が発生する関係で、103万円の場合の住民税額よりも安くなる。

出所:各種データよりNRI作成

妻の年収が103万円の場合、夫の年収を合わせた世帯年収額(手取り)は515万円になる。妻の年収が106万円に増えた場合、本ケースの場合、家族手当が無くなるとともに、妻の勤務先によっては社会保険への加入義務が発生し、社会保険料の支払いが必要になるため世帯年収額(手取り)は489万円になり、妻の年収が103万円の場合よりも26万円減る。その後、妻の年収が141万円になるまで、世帯年収額(手取り)は妻の年収が103万円の場合よりも低い状況が続く。103万円を超えると、妻の年収を約4割増やさないと世帯年収の水準が元に戻らない計算になる。

同じ仕事を継続すると仮定した場合、壁を超えてしまうと、一定の収入になるまで就労時間を大幅に増やせなければ、いわゆる「働き損」が生じてしまうということだ。この「働き損」を避けるように、パートタイムで働く妻において「就業調整」を行っている人が少なくない現状が続いている。

このままでは、最低賃金の引上げに伴い、時間当たりの賃金が上昇しても、パートタイムで働く妻は就業時間を減らして年収をほとんど変えないように働き、世帯の所得増につながらない事態がこれまで同様に起こる。賃金の上昇によって、「就業調整」がさらに行われる結果、労働力不足にもかかわらず1人あたりの労働時間を短縮させるという副作用も引き起こす。

過去最高の引上げ幅だと注目される最低賃金の引上げも、それが国民の所得増につながらなくては意味がない。何のために賃金を上げる必要があるのかを、もう一度問う必要がある。加えて、共働き世帯が増えるなど、「年収の壁」が生まれた時代とは状況が大きく変化している事実を再認識し、少なくとも、働く意欲を阻害する現状の制度や仕組みの改善は、所得の伸び悩みと労働力不足に直面する日本にとって急務だと考える。

執筆者情報

  • 武田 佳奈

    未来創発センター グローバル産業・経営研究室

    エキスパート研究員

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