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少子化対策としての所得税「N分N乗方式」導入には大きな課題

2023/02/07

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自民党が「N分N乗方式」導入を主張

少子化対策の一環として、所得税に「N分N乗方式」を導入することの議論が国会で高まっている。「N分N乗方式」は、戦後の少子化対策として1946年にフランスで導入され、出生率引き上げに一定の効果を持つとされる制度だ。

ただしその導入には、所得税制の大掛かりな改正が必要となる。また、出生率を引き上げる効果が仮に一定程度生じるとしても、中低所得層と比べて高額所得層に有利となる、片働きより共働き世帯に不利になるなど、格差拡大につながるというデメリットもあることから、実現に向けたハードルは高い。

「N分N乗方式」とは、課税ベースを個人ではなく世帯とするものだ。世帯の合算所得を世帯構成人数(N)で割って税額を計算し、それに再び世帯人数(N)をかけることで納税額を算出する方法である。累進課税方式のもとでは、世帯人数が多いほどより低い税率が適用されることになるため、減税効果が生まれる。それは、子どもを多く持つインセンティブとなるのである。さらにフランスでは、世帯人数として、大人は1人分、子どもは2人目までは0.5人分、3人目以降は1人分として計算されるため、子どもを多く持つインセンティブがさらに高められる。

N分N乗方式の議論が国会でにわかに高まるきっかけとなったのは、「第2次世界大戦後のフランスでは、家族の人数が増えれば増えるほど減税につながるN分N乗方式という画期的な税制を導入した」という1月25日の衆院本会議での自民党・茂木幹事長の発言だった。同じ少子化対策では、与党自民党は児童手当の所得税撤廃を主張して、政府に対して議論を主導する姿勢を見せているが、N分N乗方式の議論についても同様である。さらに、与党自民党と政府の意見の相違をついて、日本維新の会と国民民主党が「N分N乗」方式の導入を主張し、政府に揺さぶりをかけている。

高額所得者に有利となり税制の所得再配分機能が損なわれるおそれ

ただし、政府はN分N乗方式の導入に慎重だ。同制度の問題点として政府が指摘するのは2点ある。第1は、N分N乗方式のもとで税率が大きく下がる可能性があるのは、高額所得者であることだ。財務省によると、納税者のうち過半数である6割は最低税率の5%の税率が適用されている。N分N乗方式が導入されても、過半数の最低税率の5%の税率の人にとっては減税効果は生じない。他方、高額所得者に有利な税制変更となり、所得格差を縮小させる税制の所得再配分機能が損なわれる可能性がある。

共働き世帯には不利に

第2に、片働き世帯の場合、N分N乗方式のもとでは所得が平均化され、適用税率が下がることで大きな減税効果が生じる可能性があるのに対して、共働き世帯では減税効果が小さくなりやすく、不公平感がある。そのことが、パートタイム労働者である主婦が労働時間を減らして収入を抑える、新たなインセンティブになる可能性もあるかもしれない。それは「年収の壁」問題への政府の対応に逆行してしまうだろう(コラム「「年収の壁」をどう乗り越えるのか」、2023年2月3日)。

さらに、N分N乗方式を導入すれば、所得税収全体が減ってしまう。税収を減らさないためには、累進課税制度を大きく見直すなど、抜本的な改正が必要となる。当然、時間も相当かかるだろう。また、フランスで導入された「N分N乗方式」が出生率の引き上げにどの程度効果があるかについては意見が分かれるところであり、慎重な検証が必要だ。

N分N乗方式導入の可能性は低く、政府の少子化対策は、既存の税制に基づいて、児童手当の拡充、子育て支援の新たな給付制度の創設を軸に進められるとみられる。3月末までにはその概要が決定される見込みだ(コラム「異次元の少子化対策とはいったい何か」、2023年1月11日、「異次元の少子化対策で児童手当の所得制限撤廃が焦点に」、2023年1月30日)。

(参考資料)
「「N分N乗方式」導入なら少子化対策に? 子ども多い世帯ほど税負担軽く」、2023年3月4日、朝日新聞
「N分N乗方式「留意点ある」*首相」、2023年2月5日、北海道新聞
「少子化対策で注目される「N分N乗方式」って? 世帯単位で課税するから子ども多いと低税率」、2023年2月4日、東京新聞速報版

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