日銀新体制の課題②:財政規律低下への対応
財政の規律を緩めてきたという弊害への対応
新総裁のもとで日本銀行が取り組む優先課題の一つは、過去10年にわたる異例の金融緩和が財政の規律を緩めるという弊害を生じさせてきたことへの対応だろう(コラム「日銀新体制の課題①:金融政策の正常化が最優先」、2023年2月10日)。
財政規律が低下したもとで政府債務の増加が続くと、それは将来世代の需要をかなり前借りする効果を生じさせる。その分、将来世代の需要が低下するとの見方から中長期の成長期待が低下し、企業は投資、雇用、賃金を抑制してしまう。それによって、経済の潜在力が損なわれてしまうのである。
金融緩和の効果を削いでしまうという点で、それは金融政策にも悪影響を与えるだろう。積極緩和策が、経済の潜在力の向上、物価、賃金の上昇率の引き上げをむしろ妨げるという皮肉な結果を生んだのである。
また、将来的に財政環境の悪化が財政リスクを高め、それが長期金利の大幅上昇、円安進行を伴う物価高につながれば、やはり金融政策運営に深刻な支障をもたらす。
2013年1月の政府と日本銀行の共同声明(アコード)では、日本銀行は2%の物価目標をできるだけ早期に達成するために積極的な金融緩和の実施を約束したとされる。他方で、声明には、政府が構造改革の推進とともに、「持続可能な財政構造を確立するための取組を着実に推進する」、つまり財政健全化を約束したのである。しかし実際には、金融緩和だけが突出し、政府の構造改革、財政健全化は過去10年間で十分に進んでいない。
事実上の「財政ファイナンス」の状態に
財政法第5条によって、日本銀行は政府の発行する国債を直接受け入れる、いわゆる「国債直接引き受け」を原則禁じられている。現在、日本銀行が取得する長期国債は、銀行から入札方式で買い入れているもの(国債買いオペ)であり、直接引き受けではない。
しかし、政府が新発債を発行した直後に日本銀行はそれを買い入れていることから、日本銀行の大量の国債買い入れは、円滑な国債消化などの政府の国債管理政策を助ける「財政ファイナンス」に近いものと考えられている。
国債の直接引き受けと国債買い入れオペとの違いは、金融市場を経由しているか否かである。金融市場を経由すれば、大量の国債発行が財政リスクを高めるとの金融市場の認識が利回りの上昇につながり、政府による安易な国債発行をけん制する効果、いわば市場の警鐘の効果が発揮される。
しかし、日本銀行による大量の国債買い入れによって、国債市場の機能が低下し、財政リスクが国債利回りに反映されないようになっているのであれば、それはもはや金融市場を経由した国債買い入れとはいえず、国債の直接引き受け、「財政ファイナンス」に近いものになっていると言えるだろう。
日本銀行は、大量の国債買い入れは金融緩和の一環として実施しているのであり、「財政ファイナンス」ではないと説明してきた。日本銀行が「財政ファイナンス」ではないと説明している限り、それは公式的には「財政ファイナンス」ではない。
しかし、金融市場がそれを「財政ファイナンス」と認識すれば、そして政府が、日本銀行の政策によって国債を大量に発行しても国債利回りが上昇することはないと考えているとすれば、それは事実上の「財政ファイナンス」の状態と言えるのではないか。
正常化で日本銀行が「財政ファイナンス」ではないことを証明できる
日本銀行が大量の国債買い入れ策が「財政ファイナンス」ではないことを証明できるのは、財政環境が厳しい中においても、国債買い入れを縮小させ、また長短金利を引き上げることだ。これは、金融政策の正常化に他ならない。
日本銀行は正常化を進め、国債市場が財政リスクを反映できるように市場機能を回復させることが求められる。また政治に対しては、経済環境次第で日本銀行はさらに金利を引き上げていくとのメッセージを送ることで、日本銀行の金融緩和に依存しない、そして金融市場の安定に政治がより責任を持った財政運営を促すことが重要だろう。
こうした観点からは、新総裁のもとで日本銀行ができるだけ早期に金融政策の正常化を進めることを期待したいところだ。
執筆者情報
新着コンテンツ
-
2024/10/11
11月に0.25%の利下げが現時点でのコンセンサスに(9月米CPI):大統領選挙とFOMC直前に発表される10月雇用統計への注目度が高まる
木内登英のGlobal Economy & Policy Insight
-
2024/10/11
ECBの9月理事会のAccounts-Concerns for growth
井上哲也のReview on Central Banking
-
2024/10/11
木内登英のGlobal Economy & Policy Insight