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日銀新体制の課題⑤:植田和男研究

2023/02/13

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「拙速な引き締めを避けよ」の真意

新総裁人事案として14日に政府が国会に提示する植田和男氏の金融政策の考えについては、今後の国会での聴聞の中で次第に明らかにされるだろう。しかし国会での答弁は、政治側の反応や金融市場の反応を強く意識したものとなるため、かなり慎重な言い回しに終始するのではないか。それよりも、過去に植田氏が執筆あるいは発言してきた情報の方が、植田氏の金融政策についての本音を知る上ではより有益な面があるかもしれない。

植田氏のコメントの中で現在最も注目されているのは、2022年7月6日の日本経済新聞『経済教室』での「日本、拙速な引き締めを避けよ」という記事である。これが、自民党内で金融緩和の修正に否定的な保守派が、植田和男氏の総裁人事案を受け入れる決め手となるのではないか。

この記事で植田氏は、物価上昇率が目標の2%を超える中でも、政策金利を引き上げることには慎重であるべき、と主張している。その理由は、2%を超える物価上昇は、海外でのエネルギー、食料品価格や円安の影響という一時的な要因によるところが大きいからである。物価上昇率が目標値の2%を超えたことを受けて、あるいは円安けん制を目的に、海外の中央銀行のように利上げを進めることに、植田氏は慎重なのである。

他方、一時的であっても物価が上昇する下で期待インフレ率が高まる中、政策金利を低位に維持すれば、実質金利が低下して金融緩和の効果を高めることができる、と主張する。

金融緩和の効果をできるだけ発揮させようとする姿勢は、90年代末に政策金利が低下してゼロに達した際に、長期金利の低下を促すことでなんとか追加の政策効果を発揮させようとし、審議委員として「時間軸効果」を主導した同氏の姿とも重なる。

金融緩和の枠組み見直しの必要性

ただし、この記事の中では、「長期金利コントロールは微調整に向かない仕組み」などと指摘し、「多くの人の予想を超えて長期化した異例の金融緩和枠組みの今後については、どこかで真剣な検討が必要だろう」と、金融緩和の枠組みの見直しの必要性も主張しているのである。

植田新総裁の下で、10年続いた異例の金融緩和が一気に撤回され、短期金利が大きく引き上げられるとは考えにくい。植田氏は、既に手段が限られる中でも、金融政策で少しでも経済を支える効果を発揮させようと務めるのではないか。

他方、異次元緩和の個々の政策について、それぞれ効果と副作用を論理的に分析したうえで、必要な見直しを進めていくことになると予想される。この観点から、国債買い入れ策、イールドカーブ・コントロール(YCC)、マイナス金利政策といった今までの金融緩和を支える主要な枠組みについては、すべて見直しの対象となるだろう。

国債買い入れ策、マイナス金利政策の問題点を指摘

植田氏が『証券アナリストジャーナル』2016年10月号に寄稿した論文「マイナス金利政策の採用と功罪」では、日本銀行が国債買い入れを通じてマネーを供給する、いわゆる量的緩和策の効果について、否定的な見方を示している。マネーの供給を増やすことで、経済、物価に好影響を与えることができるとする、いわゆる「リフレ派」の主張を真っ向から否定しているのである。

植田氏は、日本銀行が国債を買い入れるとともに政府が財政出動を行う、いわゆる「ヘリコプターマネー政策」であれば効果を発揮しうるとしているが、それは、多くの問題を生む「財政ファイナンス」に他ならない。植田氏は2020年12月の日本経済新聞・経済教室で、「高水準かつ増大を続ける政府債務残高の弊害の一つは、経済が金利上昇に脆弱なことだ」として、財政拡張策の限界についても言及している。

植田氏は『証券アナリストジャーナル』の論文で、「(マイナス金利政策が)長期間にわたった非伝統的金融緩和によってギリギリにまで落ち込んだ預貸利鞘に苦しんでいた金融機関には厳しい政策変更となった」として、金融機関の収益を悪化させるという副作用を指摘している。また、マイナス金利政策の下で国債の利回りが下がったことで、国債買い入れ策によって日本銀行に逆ザヤが生じ、日本銀行の自己資本を毀損するリスクにも言及している。

植田氏は、政策金利を大幅に引き上げることには慎重であろうが、マイナス金利政策が生み出すこのような副作用について、強い問題意識を持っているだろう。この点から、慎重に時期を選んで、マイナス金利政策を解除したうえで、短期の政策金利を0%あるいは0.1%などに変更することを検討するのではないか。それでも、政策金利はなおかなりの低位であり、金融緩和が維持されることには変わりはない。

また、2021年4月の日本経済新聞『複眼』では、「本来誘導対象は10年より短い金利にして、10年債利回りは自由に変動させるのが日銀の考え方には合うのではないか」として、YCCの修正の必要性についても触れている。

2%を中長期の物価目標に修正するか

達成が極めて難しい2%の物価目標を堅持してきたことが、日本銀行の金融政策を過度に硬直的にさせてきた面がある。この2%の物価目標を修正するか否かで、植田新総裁の下でどの程度金融緩和の枠組みが修正されうるのかが決まることになるだろう。

植田氏は、2%の物価目標の修正を前向きに検討するのではないかと推察される。前出の2022年7月6日の日本経済新聞『経済教室』では、「そもそもなぜ、持続的な2%のインフレ率を目指すのか」と、2%の物価目標の妥当性を問うような記述をしている。

さらに2018年8月20日の日本経済新聞『経済教室』、「緩和効果・副作用の相反焦点」では、「無理をせずに2%達成をより中長期的な目標とし」と述べており、2%の物価目標を中長期の目標へと位置づけ直す考えを示している。

2%の物価目標の位置づけをどうするかは、早ければ4月から始まる政府と日本銀行の共同声明の見直し議論での柱となろう。仮に、目標の位置づけ修正が、共同声明の見直しの中で明示的に行われない場合でも、いずれそれが実施される可能性が考えられるところだ。

金融緩和の枠組み見直し、正常化は慎重に進められるか

植田氏は、審議委員時代と同様に、手段が限られる中でも金融政策を通じて経済を支えることに知恵を絞ることになるだろう。他方、黒田路線を全否定するようなことはせず、個々の金融政策については、その効果と副作用を冷静に分析したうえで、効果から副作用を引いたネットの効果が最大となるように、必要な副作用軽減策を講じていくのではないか。それは、金融緩和の枠組みの全面的な見直しにつながる。ただしそのもとでも、金融政策が引き締め状態に修正されるのではなく、金融緩和を維持したままでの枠組みの見直しとなる可能性が高いだろう。

金融緩和の枠組みの修正を通じて、金融政策の柔軟性が回復され、経済、金融市場の環境に合わせて微調整できる余地を取り戻すことも、植田氏は期待しているのではないか。

このように、植田新総裁のもとでは、金融市場、金融機関の安定にも十分に配慮しながら、慎重に金融緩和の枠組みが見直され、正常化されていくことが見込まれる。その作業は、日本銀行の事務方と一体で進められるだろう。黒田総裁のもとでも事務方が主導してきた「事実上の正常化」の流れが継承され、加速されていくことが予想される。

植田氏は、「論理が重要」として、効果と副作用の精緻な分析を欠いたまま進められてきた感もある、そして「気合」重視の要素もあった異例の金融緩和とは距離を置く姿勢を示唆している。他方で、「わかりやすい説明が重要」ともしている。これは、現在の日本銀行の極めて複雑でわかりにくい、そして二枚舌的でもある対外的な政策の説明についての、同氏の強い問題意識を窺わせる。

この点から、植田新総裁の下で、金融政策の正常化とともに日本銀行の国民、金融市場とのコミュニケーションの正常化も並行して大きく進められることに期待したい(コラム「日銀次期総裁に求められる金融政策とコミュニケーションの同時正常化」、2023年2月6日)。

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