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日銀新体制の課題⑫:経済成長力の向上が金融緩和の効果を高め、金融政策を再び有効に

2023/03/06

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異例の金融緩和は金利低下余地が既に限られた時点から始められた点に敗因

植田日銀総裁候補は先般の国会での所信聴取で、10年にわたる金融緩和が当初期待された効果を発揮しなかった理由として、金利の低下余地が限られた点を挙げた。10年前の金利の水準は、短期金利(付利金利)が+0.1%、10年国債金利が+0.8%程度であった。それぞれ現状は-0.1%、+0.5%程度と10年間の低下幅はわずかである。異例の金融緩和は、金利の低下余地が既に限られた時点から始められた点に、大きな敗因があったのだ。

2016年1月にマイナス金利政策を導入した際には、日本銀行は政策金利をさらに引き下げる「深掘り」を示唆した。しかし、それが長期・超長期の金利をマイナスの領域まで押し下げ、金融機関の収益悪化を招いたことから、深掘りは封じられたのである。その後、金利低下が金融機関の収益悪化、金融仲介機能の低下を通じて、マイナスの経済効果を生じさせるという、金利低下の副作用に焦点をあてた「リバーサル・レート」の議論が高まっていった。

このような経緯を踏まえると、植田新日銀総裁が、政策金利をさらに引き下げることで、政策効果を高めることを目指す可能性はかなり低い。

気合いによる予想物価上昇率の押し上げも失敗

他方で、金利低下余地が限られている点は、日本銀行も10年前に認識していた。そこで、国債買い入れを通じて長期金利の低下を促す一方、企業、家計、金融市場の予想物価上昇率(インフレ期待)を高めることも狙ったのである。予想物価上昇率を高めることができれば、名目の金利が低下しなくても、実質金利(名目金利―予想物価上昇率)を下げることができる。経済効果を生むのは、名目金利ではなく実質金利と考えられているのである。

日本銀行は、2%の物価目標という高い目標を掲げて、その達成を目指す強い意志をアピールすることで、いわば「気合」で、企業、家計、金融市場の予想物価上昇率を高めることを目指した。しかし、それはうまくいかなかったのである。

実際に明確に経済効果が期待される政策が実施され、経済に大きな影響を与えるとの見方が生じない限り、気合だけでは予想物価上昇率を高めることはできなかったのである。そのため、実質金利の低下余地も限られ、政策効果は発揮されなかった。

自然利子率の上昇で金融政策がその有効性を取り戻す

金融政策の効果についての標準的な考え方は、政策効果は、実質政策金利と自然利子率の差で生まれる、というものだ。自然利子率とは、経済あるいは需給ギャップに対して中立的な実質金利の水準であり、それは潜在成長率に近いと考えられている。実質政策金利の低下余地が限られる場合、潜在成長率を高め、自然利子率を引き上げることで実質政策金利と自然利子率の差を拡大させ、金融緩和の効果を高めることができる。

植田新総裁は、10年にわたる異例の金融緩和がもたらす副作用を軽減する修正を行うとともに、金融政策手法を、伝統的な短期金利操作を中心にするものへと戻していくことが見込まれる(コラム「日銀新体制の課題⑪:植田新総裁のもと金融政策は伝統的な短期金利操作に回帰か」、2023年2月22日)。

その伝統的な短期金利操作が有効になるためには、自然利子率が上昇し、それに合わせて短期金利の水準を引き上げて、引き下げの余地を取り戻すことが必要となる。

日本銀行は政府に積極的な成長戦略を働きかけよ

政府のよる成長戦略、構造改革、少子化対策、労働者による労働スキルの向上努力、企業によるイノベーション創出の努力を通じて、生産性が向上し、潜在成長率が高まれば、自然利子率が上昇して日本銀行が伝統的な短期金利操作を通じた有効な金融政策運営を取り戻すことができる。これが、植田新総裁が最終的に目指す姿なのではないか。

日本銀行は、経済の潜在力向上に向けた政府、家計、企業の努力に期待し、その効果を待つという姿勢を見せることになるだろう。しかしそうした消極的な姿勢にとどまらず、日本銀行自身も、政府に対して、成長戦略、構造改革、少子化対策を積極的に働きかけ、具体的な提案をしていくことを期待したい(コラム「日銀新体制の課題③:共同声明と政府との政策協調の見直し」、2023年2月10日)。

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