市場の厳しい評価に晒されるクレディ・スイス
市場はクレディ・スイスの資本不足を強く懸念
スイス国立銀行(中央銀行)とスイス金融監督局は15日、金融大手のクレディ・スイスに対して「必要があれば流動性を供給する」との共同声明を発表した(コラム「スイス中銀がクレディ・スイスに流動性供給の準備と表明:米国から欧州に飛び火する銀行不安:本丸は欧州か」、2023年3月16日)。これを受けてクレディ・スイスは16日、カバードローン・ファシリティと短期流動性ファシリティの下で、スイス中銀から最大500億スイス・フラン(約7兆1,500億円)を借り入れる計画を発表した。
現在、同行は金融市場の厳しい評価に晒されている。ブルームバーグによると、15日午前の時点で、クレディ・スイスのAT1債(「その他Tier1資本」を満たすための債券)は、額面を80%程度下回った。これは通常、ディストレス債(経営破綻に直面した企業の社債)とみなされる価格水準だ。AT1債は、CET1比率が5.125%を下回った場合、その元本が削減され資本増強に充てられる。クレディ・スイスが資本不足に陥り、元本が削減されるリスクを、クレディ・スイスのAT1債は既に相当分織り込んでいるのである。
あらかじめ定められた自己資本基準に抵触する場合、または規制当局が裁量により銀行を「破綻」とみなした場合に、償却するか株式に転換することで損失を吸収する仕組みであるクレディ・スイスのCoCo債(偶発転換社債)についても、15日の価格は額面を60%程度下回っている。クレディ・スイスの自己資本比率はCET1比率でみて14.1%(2022年)とかなり高めであるが、市場は深刻な資本不足を予想しているのである。
破綻したシリコンバレーバンク(SVB)の自己資本比率は15%台であったが、破綻時には債務超過に陥っていると当局に判断されている。この点からも、公表されている自己資本比率の数字が高くても、金融市場の懸念は払しょくされないのである。
クレディ・スイスの経営不安は昨年秋にも
クレディ・スイスでは近年、ブルガリアの麻薬組織によるマネーロンダリング(資金洗浄)を巡る有罪判決、モザンビークでの汚職への関与、元従業員と幹部が関与したスパイ・スキャンダル、顧客データのメディアへの大量リークなど不祥事が相次いだ(ブルームバーグ社)。さらに破綻した英金融ベンチャー、グリーンシル・キャピタルや、破綻に至ったアルケゴス・キャピタル・マネジメントに関連した損失も生じた。これらは、同行の内部統制の甘さも浮き彫りにしたのである。
クレディ・スイスは、経営の抜本的な立て直しを狙って昨年10月27日付でリストラ計画を発表したが、その前後に、クレディ・スイスは大きな困難に直面していた。リストラ策の不透明性、そこでのリストラ費用増加への懸念、さらに増資による希薄化懸念から、株価が大きく下落していたのである。同社の株価はリーマンショック前の2007年以降下落傾向を辿っているが、昨年の9月から11月にかけては特に大きく下落した。
足もとでの株価急落や経営不安は、SVBの破綻によって突如引き起こされたものではなく、昨年来の問題がそれをきっかけに改めて注目された、というのが正しいだろう。
2022年には急速な預金取り崩しに直面
実際、収益環境は悪化を続けている。税引き前利益は、2021年に6億フランの赤字、2022年は32.6億フランの赤字となった。同社は、リストラ費用の計上によって、2023年も多額の赤字を計上する見通しを発表している。
このような厳しい収益環境の下で、同行の経営への不安が高まり、顧客の資産取り崩しが急速に進んでいる。2022年には顧客預金は1,596億フラン減少した。これは前年の総資産の21.1%に相当する規模だ。さらに預金を含む負債全体では2,256億フランの減少、総資産比では29.8%に達した。昨年は、急激な預金の取り崩し、その他負債の流出が起こったのである。流出は特に10月に集中した。
資産側を見ると、昨年は現金及び他の銀行への預金額が、963億フラン減少した。預金・その他資産の流出を現預金の取り崩しで賄ったのだろう。しかし、現預金は昨年に41.5%も減少してしまった。さらに、中央銀行の当座預金も1,972.4億フラン取り崩し、その残高は42.5%も減ってしまった。現預金、中銀当座預金の取り崩しの余地も、次第に限られてきている可能性があるだろう。
バーゼルⅢの弱点を突く流動性リスクの高まり
そうした中で、この先、クレディ・スイスは再び急速な預金・その他資産の流出に晒される場合には、保有する金融商品の売却を迫られていく可能性が考えられる。含み損を抱える国債その他債券の売却を強いられれば、巨額の損失計上を余儀なくされ、それが自己資本バッファーを減少させる。それが経営不安に拍車をかければ、預金・その他資産の流出を加速して、流動性リスクが高まる、といった悪循環に陥るだろう。
中央銀行がクレディ・スイスに対して資金供給を行えば、流動性危機は回避できる可能性があるが、大量の国債売却を迫られた場合には、それによる中央銀行に差し入れる担保不足の問題が、その障害になる可能性も出てこよう。
クレディ・スイスは国際銀行規制バーゼルⅢの基準に照らして、十分な資本と流動性を有しているが、国債の金利が昨年来急上昇する中、国債に大きな含み損が生じ、それが上記のメカニズムのもとで流動性危機を高めてしまうリスクがあるのではないか。これは、SVBが破綻に至ったメカニズムでもあるが、この点は、バーゼルⅢの弱点を露呈しているようにも見える。
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