中東情勢悪化で原油価格が急騰する条件
原油市場は落ち着きを取り戻す
パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織「ハマス」によるイスラエルの攻撃と、今後予想されるイスラエルによる大規模な報復攻撃は、歴史上の大事件である。しかし、それが金融市場と世界経済にとって大事件になるとは限らない。鍵を握るのは原油価格の反応だ。原油価格が急騰すれば、軍事衝突は単なる地政学リスクでは終わらず、金融市場及び経済に大きな打撃となる。
しかし今のところ原油市場は冷静に事態を受け止めており、その結果、金融市場への影響もそれほど大きくない。7日のハマスによるイスラエルの攻撃を受けて、WTI原油先物価格は、1バレル82ドル台から86ドル台まで上昇した(コラム「中東情勢緊迫化と原油価格上昇:対ロ制裁の効果を低下させる可能性も」、2023年10月10日)。
しかし、足もとでは82~83ドルと、紛争が始まる前の水準にまでほぼ戻っている。ハマスとイスラエルの紛争が、中東の主要産油国を巻き込んで拡大するとの懸念がいったん収まったためだ。
ホルムズ海峡封鎖で原油価格急騰のリスクは残る
ただし、今回の紛争が原油価格に与える影響は、まだ見通せたとは言えない。今回の紛争で、サウジアラビアとイスラエルの国交正常化が見合わされれば、それに合わせてサウジアラビアが実施すると報じられた原油増産も見送られる可能性が出てくる。これは、原油価格上昇を後押しするだろう。
またハマスを含め、イランが支援する各地の軍事組織とイスラエルとの軍事衝突へと発展していく場合、米国はイランの原油輸出の制裁を一段と強化し、それが原油価格の上昇を招く可能性もある。イランの9月の原油供給量は日量314万バレルと5年ぶりの高水準で推移している。2022年時点に比べて2割程度高い水準だ。
米国はイラン産原油の輸出を事実上禁じる制裁を発動しているが、産地の偽装などで中国への輸出が増えているとみられる。
イランがそうした制裁強化への対抗措置として、ペルシャ湾とオマーン湾の間に位置する「ホルムズ海峡」を封鎖するといった強硬手段に出る場合、原油供給は一気に減少し、原油価格の急騰を招く可能性も出てくる。
ホルムズ海峡では日量約2,000万バレルの原油・石油製品が行き交うが、これが止まれば、OPECプラスの原油生産全体の日量4,300万バレル(9月時点、IEA)の半分程度の海上輸送がストップしてしまう計算となり、原油価格への影響は甚大だ。
原油価格100ドルは持続可能でない
中東情勢に上記のような変化が生じない場合には、世界経済や金融市場に影響を与え得る原油価格の上昇リスクは大きくないとみられる。国際エネルギー機関(IEA)は12日に公表した10月分月報で、2024年の世界の原油需要増加量の見通しを、日量100万バレルから80万バレルに引き下げた。厳しさを増す世界の経済情勢とエネルギー効率化の進展が背景である。
IEAは月報で、石油価格上昇と電気自動車(EV)販売の増加によって需要が打撃を受けている兆候が見られると指摘する。「特にナイジェリア、パキスタン、エジプトなどの低所得国で大規模な需要減退の兆候が見られており、米国を含む一部の経済協力開発機構(OECD)加盟国でも需要減退が加速している」と述べている。
WTI原油先物価格は、9月末に一時1バレル95ドル程度と、100ドルに接近した。しかしその後下落に転じたのは、原油高が米国やその他の地域で需要の減少を生じさせたためとIEAは説明している。「マクロ経済指標の悪化や米国で需要が破壊されている兆しが、供給不安を上回った。米国ではガソリン需要が20年ぶりの低水準に落ち込んだ」、「為替の影響や補助金の打ち切りが燃料価格上昇に拍車を掛けている新興国市場では、需要破壊がいっそう深刻だ」と説明された。
このIEAの分析に従えば、1バレル100ドルの原油価格では原油需要が顕著に落ち込むことから、その価格は持続可能でないことになる。
世界経済の本格的な減速まで原油価格は膠着も
他方、イスラエルとハマスの軍事衝突の拡大によっては、原油価格が大きく上昇する余地はある。市場はそうしたリスクを意識せざるを得ず、それが、原油価格の下振れリスクを低下させている面もあるだろう。
そのため、原油価格に大きな影響を与える形でイスラエルとハマスの軍事衝突が発展しない限り、原油価格は上下双方に大きく振れるリスクが抑えられる。その結果、1バレル80ドル台、あるいは80ドル前後の水準を維持するのではないか。その場合、中東情勢は日々変化するとしても、それが金融市場に与える影響は比較的中立的となる可能性が考えられる。
ただし来年に入り、世界経済の減速がより鮮明になれば、需要面の強い影響から原油価格は60ドル台まで低下していき、物価安定の回復に大きく貢献すると見ておきたい。
(参考資料)
「100ドル付近の原油は需要を破壊、最近の価格下落が示す-IEA」、2023年10月12日、ブルームバーグ
「来年の石油需要予測、IEA下方修正 OPECは据え置き」、2023年10月12日、ロイター通信ニュース
「IEA、軍事衝突で「中東の石油供給リスクが上昇」」、2023年10月12日、日本経済新聞電子版
「イランやホルムズ海峡… 原油市場は影響の広がり警戒」、2023年10月10日、日本経済新聞電子版
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