1月政策修正観測を冷やした日銀総裁記者会見:チャレンジング・ショックは終息:FRB利下げ前に動くのは不適切:政治混乱は政策の自由度を高める
チャレンジング・ショックは終息
12月19日の金融政策決定会合で、日本銀行は金融政策の維持を決めた。さらに対外公表文では、緩和バイアスのフォワードガイダンス(先行きの政策方針)を撤廃することで、近い将来のマイナス金利解除の可能性を示唆するようなことはしなかった(コラム「日本銀行の政策修正は後ずれへ:FRBの利下げが鍵」、2023年12月19日)。金融市場の注目は、その後の総裁記者会見に移ったが、記者会見でも近い将来のマイナス金利解除を示唆する発言は聞かれなかった。
記者会見の中で最も注目されたのは、金融市場が足もとで早期のマイナス金利解除の観測を強めるきっかけとなった、「チャレンジング発言」についての説明だった(コラム「植田総裁発言で早期利上げ観測が浮上か」、2023年12月7日)。総裁が国会で、「チャレンジングな状況が続いている。年末から来年にかけて一段とチャレンジングな状況になるとも思っている」と発言したことを、年末あるいは年初に日本銀行はマイナス金利解除に動く考えを示唆した、と金融市場は受け止めた。その解釈は誤りであると筆者は考えたが、記者会見では植田総裁自身がそうした観測を強く否定した。
植田総裁は、この発言は「仕事の取り組み姿勢一般についての議員の質問への回答であり、2年目も一段と気を引き締めて職務に取り組む意思を示したもの」と説明し、金融政策変更を示唆したものとの市場の解釈を明確に否定したのである。さらにこの質問をした議員に対しては、金融政策について、「粘り強く、金融緩和を継続する」と答えたことを強調している。
金融市場に早期のマイナス金利解除の観測を浮上させた、いわゆる「チャレンジング・ショック」は、この総裁の説明で完全に終息した。
FRB利下げ前のマイナス金利解除は不適切
記者会見での総裁発言で、次に注目されたのは、米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げが日本銀行の政策に与える影響についてだ。総裁は、各国の中央銀行の金融政策は、それぞれの経済環境を踏まえて独自に判断されるもの、というお決まりの説明をしたうえで、FRBの利下げが為替市場に与える影響、FRBの利下げの判断に至った米国経済の状況が日本経済に与える影響などが、結果として日本銀行の金融政策に影響を与えうると説明した。
そのうえで、「FRBが利下げをすると円高が進み、日本銀行はマイナス金利解除に動きにくくなる。FRBは来年早い段階で利下げに踏み切るとの観測が強まっていることから、日本銀行がその前に1月の会合でマイナス金利解除に動くとの見方が市場に少なくない」と説明すると、植田総裁は「FRBが利下げに踏み切る前に焦って日本銀行が利上げすることは不適切」と、明確に否定した。
植田総裁が記者会見で、「チャレンジング発言」と「FRB利下げ前の利上げ」の2つを明確に否定したことで、来年1月のマイナス金利政策解除の見通しは、その根拠を失ったと言えるのではないか。
物価目標達成の確度は少し高まっている
植田総裁は、日本銀行がマイナス金利政策解除など、金融政策の正常化に踏み出すためには、2%の物価目標達成が見通せるようになることが重要であり、さらにそれには、賃金の上昇を伴う物価と賃金の好循環が必要、と説明してきた。
それが実現する可能性について植田総裁は、「少しずつ確度は高まってきている」、「少しずつ閾値に近づいてきている」との発言をしている。こうした発言は、将来を見据えた、マイナス金利政策解除の地均し、と考えることができるだろう。しかしながら、それは必ずしも近い将来のマイナス金利政策解除を示唆するものではないだろう。同様の発言は、今までも繰り返し行われてきているのである。
着実に閾値に近づいているとしても、現在がその何合目であり、その程度のスピードで閾値に近づいているのかが明らかでなければ、金融市場は政策修正がいつ行われるのかについて、時期を想定することはできない。
しかしこの点について、植田総裁は明確な説明を避けており、これが金融市場や記者にストレスを与えている。
2024年1月のマイナス金利政策解除の可能性は低く、また、4月の可能性も低いと筆者は考える。FRBの利下げが一巡したタイミングで日本銀行はマイナス金利政策解除に踏み切るだろう。それは早くて2024年10月と予想され、FRBの利下げがより長期化すれば、2025年にずれ込むと見ておきたい(コラム「日本銀行の政策修正は後ずれへ:FRBの利下げが鍵」、2023年12月19日)。
政治の混乱は日本銀行の金融政策の自由度を高める
日本銀行が金融政策の維持を決めた本日には、自民党派閥の政治資金パーティを巡る問題で、東京地検特捜部が安倍派と二階派の事務所を家宅捜索し、強制捜査に乗り出した。安倍派は概して、財政拡張的な経済政策を支持する傾向が強いと思われる。そのため、財政拡張策のために国債発行を拡大させても長期金利が上昇しない環境を維持することを狙って、日本銀行の異例の金融緩和の維持を主張する声が、概して強い。また、2%の物価目標や異例の金融緩和は、アベノミクスの遺産との考え方もあり、日本銀行の政策修正に批判的な傾向がある。
こうした安倍派の姿勢は、日本銀行の政策修正には一定程度の制約になってきたものとみられる。この点から、今回の問題が安倍派の勢力を大きく削ぐ場合には、日本銀行は政策修正に向けた自由度をより獲得することになり、それは、マイナス金利政策解除をより容易にするだろう。
ただしそれだけの要因で、日本銀行がマイナス金利政策解除に直ぐに動く訳ではない。あくまでも将来、日本銀行がマイナス金利政策解除に動く際に、その自由度を高める要因になるものと考えておきたい。
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