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非上場株のPTS取引が可能に

2023/07/05

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非上場PTS規則の制定

日本証券業協会(以下、日証協)は2023年7月1日、新たに制定された自主規制規則「私設取引システムにおける非上場有価証券の取引等に関する規則」(以下、新規則)を施行した(注1)。

私設取引システム(PTS)とは、第一種金融商品取引業者(証券会社)が金融庁の認可を受けて運営する電子取引システムであり、金融商品取引所(証券取引所)が開設する市場と同じように多数の投資者が取引する株式等の有価証券売買注文のマッチング機能を担う。

従来、PTSで取引される株式は、取引所市場に上場されている株式に限られていた。しかし、2022年6月に公表された金融庁・金融審議会市場制度ワーキング・グループの「中間整理」では、スタートアップ・非上場企業への成長資金等の供給を円滑化するといった観点からPTSを通じた非上場株式のセカンダリー取引を円滑化することが提言された(注2)。新規則は、この提言を受けて制定される運びとなった。

非上場PTS規則の適用対象

新規則の適用を受けて非上場株式等を取引するPTS(以下、非上場PTS)で取り扱うことのできる有価証券としては、①ブロックチェーン技術を用いて権利の移転が行われるトークン化有価証券(いわゆるセキュリティ・トークン)のうち株式や社債等がトークン化されたもの、②特定投資家向け有価証券である非上場株式や投資信託、の二つの類型が掲げられている。

このうちトークン化有価証券については、既に不動産に投資する信託受益権をトークン化したものなどが個人投資家向け商品として存在するが、それらは日証協ではなく、セキュリティ・トークン取引に特化した自主規制機関(認定金融商品取引業協会)である日本STO協会(2019年10月設立)による規制に服するものであり、新規則施行と同日の2023年7月1日から、新規則とほぼ同趣旨の内容を規定した日本STO協会規則「私設取引システムにおける電子記録移転権利の取引等に関する規則」が施行されている。

一方、特定投資家向け有価証券である非上場株式や投資信託をめぐっては、2022年7月施行の内閣府令改正によって証券会社への申出によって特定投資家に移行できる個人の範囲が拡大されるとともに、日証協の「店頭有価証券等の特定投資家に対する投資勧誘等に関する規則」が施行され、発行者の事業内容や財務諸表等といった発行者情報を含む特定証券情報(金商法27条の31、27条の32)が勧誘対象者に提供されるかまたは公表されていることを前提としながら証券会社が特定投資家向けの投資勧誘を行うことが可能になるなど制度整備が進められてきた(注3)。

新規則が求める情報開示等

非上場PTSの運営者となる証券会社(以下、非上場PTS運営会員)に対しては、非上場PTSの運営業務に関する社内規則の制定や業務内容の公表が義務づけられるとともに、非上場PTSにおける取引対象となる非上場株式等(以下、非上場PTS銘柄)について、発行者の財務状況や適時の情報提供を適正に行うための態勢整備状況等を含む適正性審査を行うことが求められている(新規則4条~6条)。

とりわけ重視されているのが、発行者による適時の情報提供である。トークン化有価証券の発行者については臨時報告書の提出が必要な場合の情報開示、特定投資家向け有価証券の発行者については公表した特定証券情報や発行者情報の訂正が必要となった場合等の情報開示が求められることが規定され、非上場PTS運営会員は、適正な情報提供を確保するための契約を発行者との間で締結しなければならないものとされる(新規則7条、8条)。

非上場PTS運営会員は、非上場PTS銘柄の約定価格、最終気配、出来高を毎営業日公表するとともに、顧客から要求があった場合には速やかに直近の約定価格等を提供できる態勢を整備しなければならないものとされる(新規則9条)。また、過当取引や相場操縦行為等の不公正取引を防止する態勢を整備し、売買審査を行うことも求められる(新規則10条、11条)。

なお、非上場PTS銘柄の発行者に関する情報の公表や非上場PTS銘柄の約定価格等の情報の公表は、いずれも非上場PTS運営会員が、「自社のウェブサイトに掲載する方法その他のインターネットを利用した方法(投資者が常に容易に閲覧することができる方法に限る)」によって行うものとされる。

プロ投資家に限定される非上場株取引

米国では、非上場のまま時価総額10億ドル以上の規模にまで成長する、いわゆるユニコーン企業が多数輩出されているが、その理由の一つとして、電子取引システムを通じた非上場株式のセカンダリー取引が幅広く行われていることが指摘される。新規則の施行によって、日本においても、米国にあるような非上場株式等の取引を行う電子取引システムの開設が制度上可能となった。もっとも、今回の制度整備を経ても、日米の制度面の違いは小さくなく、それが日本における非上場株式取引の拡大を妨げる要因となる可能性も否定できない。

米国では、適格投資家(accredited investor)及び適格投資家以外の投資家で金融及び事業に関して知識と経験を有し投資の見込みとリスクを評価する能力のある洗練された者35名に対して売付けられる株式等の証券取引委員会(SEC)への公募届出を免除するレギュレーションDの規則506(b)や適格投資家のみに売付けられる株式等について一般向けの広告を含む幅広い勧誘を認めるレギュレーションDの規則506(c)に依拠して行われる株式発行が活発である。そして、それら登録免除株式の適格投資家や適格機関投資家等の間での売買が、非上場株式のセカンダリー取引として拡大してきたという経緯がある。

非上場株式の取引には発行者に関する情報の入手が容易で流動性も高い上場株式の取引とは異なるリスクが伴う。そのような非上場株式の取引が、適格投資家や適格機関投資家といった、いわゆるプロ投資家の間だけで限定的に行われることは、一般投資者の保護という観点から極めて合理的である。日本でスタートアップへの投資拡大を図るための制度整備を進めるにあたって、特定投資家という「プロ」だけが取引に参加する仕組みに力点が置かれたのも適切な政策判断であったと言えるだろう。

日米の制度の違い

しかしながら、米国の適格投資家制度と日本の特定投資家制度との間には本質的な違いがある。米国の適格投資家は、SEC規則に定められた要件を満たす個人や法人が一律に該当する。これに対して日本の特定投資家制度では、一定の要件を満たす個人が特定投資家としての取扱いを受けるためには、取引口座を有する証券会社に対して契約の種類ごと(例えば株式取引、債券取引など)に申出を行い、当該証券会社の承諾を得る必要がある。従って、甲証券会社での株式取引について特定投資家としての取扱いを受けているA氏が、乙証券会社での取引では一般投資家となるといった事象が発生する。また、証券会社以外の者が投資勧誘を行う場合、例えばスタートアップ企業が自社の発行する株式への投資を直接個人投資家に対して勧誘する場合には、特定投資家制度の適用はない。

この点は証券会社との取引関係から離れた一般的な要件が定められている米国のレギュレーションDにおける適格投資家と決定的に異なっている。つまり、米国では、レギュレーションDに示された適格投資家の要件に該当する投資家に対して、スタートアップ企業が直接出資、つまり株式の買付けを働きかけたとしても登録免除の対象となる私募であるとしてSECへの公募届出が不要となるのに対し、日本で特定投資家に移行できる要件を満たす個人に対してスタートアップ企業が直接株式の買付けを働きかければ、対象とする投資家の数が50人以上になる場合、有価証券届出書の提出を必要とする公募(募集または売出し)に該当してしまう。

このため、スタートアップによる特定投資家向け有価証券の発行を通じた資金調達が拡大するかどうかは、ひとえに資金調達を支援する証券会社が法令上の要件を満たす個人顧客の特定投資家への移行を積極的に進めるかどうかにかかっている。新規則に基づく非上場PTSの取引が拡大するか否かも、特定投資家向け有価証券が資金調達手段としてどこまで広がりをみせるかによって左右されると言わざるを得ないだろう。

(注1)日本証券業協会「「私設取引システムにおける非上場有価証券の取引等に関する規則」の 制定等について
(注2)金融庁「市場制度ワーキング・グループ 中間整理」(2022年6月22日)
(注3)当コラム「制度整備が進む非上場株取引市場」、2022年4月22日参照

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