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暗号資産XRPをめぐる訴訟で米国SECが一部敗訴

2023/07/14

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2023年7月13日、米国ニューヨーク南地区連邦地方裁判所のアナリザ・トーレス判事は、証券取引委員会(SEC)が2020年12月にRipple Labs, Inc. (以下「リップル社」)とその創業者等を相手取って提起した訴訟(注1)の対象となっている暗号資産XRPは、連邦証券法上の有価証券である「投資契約」には該当しないとするリップル社側の主張を一部認める決定を下した(注2)。

本決定は、SECの求める差止命令の発給や調達した資金の没収、民事制裁金の賦課等について結論を出すものではなく、訴訟当事者が和解に至るといった進展がなければ、陪審員を伴う正式裁判(trial)が開かれる可能性も残されている。とはいえ、今回のXRPの有価証券性に関する裁判所の判断が暗号資産業界に及ぼす影響は小さくない。裁判所の決定が伝えられた直後から暗号資産交換業者が取り扱うXRPの取引価格が約90%も急上昇するなど、既に大きな波紋が拡がっている。

暗号資産規制をめぐるSECの姿勢

SECはサイバー攻撃によって頓挫した暗号資産プロジェクト The DAO に関する報告書を2017年7月に公表して以来、暗号資産とりわけビットコインやイーサの払い込みに応じて組成される各種のトークンは、1933年証券法の規定に基づくSECへの登録届出を義務付けられる有価証券の一つである「投資契約」に該当する場合が多いという見解を示している。こうした認識に基づき、SECへの届出なしに行われた詐欺的なトークン発行はもとより一定の経済的実態を伴う暗号資産の組成についても無登録のまま行われれば民事制裁金などの厳しい制裁措置を求めることも辞さない立場を明確にしている(注3)。最近では、クラーケンやコインベース、バイナンスといった大手暗号資産交換業者に対する訴訟を相次いで提起するなど、「ルールによる規制」ではなく経済活動の予測可能性を損なう「法執行による規制(regulation by enforcement)」だといった批判まで招くような取り組みを進めている(注4)。

暗号資産へのハウイ基準の適用

こうした法執行活動におけるSECの主張は、様々なプロジェクトから組成される新たなトークンや暗号資産交換業者を介して活発に取引されている暗号資産の多くが、連邦証券法の規制対象となる有価証券であるというものである。

その主張の論拠は、①資金の拠出、②拠出資金による共同事業、③事業による収益獲得の期待があり、その収益獲得がもっぱら資金拠出者以外の他者の努力によること、という3つの要件を満たす場合には「投資契約」が売付けられもしくは提供されたものと考えられるという、1946年の連邦最高裁判所判決で示された「ハウイ基準」である(注5)。リップル社に対する訴訟でもSECは同様の主張を繰り広げた。こうしたSECの主張が、暗号資産にも該当し得ることは、裁判例によっても認められている(注6)。

機関投資家向け売付けは証券募集に該当

今回ニューヨーク南地区連邦地裁が暗号資産XRPについて示した判断は、概ね次のようなものである。 これまで様々な有形・無形の資産をめぐる取引がハウイ基準に照らして投資契約に該当するとされてきたが、いずれの場合についても検討の対象となった資産は、それ自体が本質的に(inherently)投資契約であるというわけではなく、投資契約の対象物はそれ自体としては個別の商品(standalone commodity)であった。例えばハウイ事件では果樹園の取引が問題となり投資契約の成立が認められたが、仮にその後、当該果樹園が転売されたとしても、当該転売行為が投資契約に該当するかどうかは、その取引を取り巻く具体的な状況次第だったのである。

従って、リップル社が主張するようにXRPが金や銀、砂糖といった商品(commodity)もしくは通貨に類似した性質を有するとしても、XRPの売付け行為が投資契約に該当する可能性は否定できない。SECによる提訴の対象となったXRPの売付け行為が投資契約であったかどうかは、個別の売付け行為ごとにその状況を分析・評価して決定されなければならない。

SECが問題視したXRP販売の一つの類型は、リップル社の100%子会社を通じて機関投資家や投資に関する十分な知見を有する洗練された個人投資家向けに行われた総額7.28億ドル余りの販売(Institutional Sales)である。ここで行われた行為についてハウイ基準の三つの要件が満たされるかどうかを検討すると、第一の資金の拠出が行われたことは確かである。第二の拠出資金による共同事業については、拠出された資金は拠出者毎に区分されて管理されたりはしておらず、そこには共同事業性を支える「水平的な共通性(horizontal commonality)」が存在したといえる。また、個々の機関投資家等が買付けたXRPには互換性があり、XRPの活用方法の拡大やXRP取引市場の確保へ向けたリップル社の努力によってXRPの価値が向上すれば、取引に参加したすべての機関投資家等が同じ割合の利益を得ることができた。

第三の要件である、もっぱら他者の努力による収益獲得の期待については、そうした期待を個々の機関投資家等が実際に抱いていたかどうかではなく、客観的にそうした期待が合理的に存在し得たかどうかが重要である。リップル社が機関投資家等に提供した様々な資料からはそうした期待が存在したといえる。これらの状況を全体として判断すれば、XRPの機関投資家等への売付けは、証券法で求められるSECへの登録を欠いたまま行われた無登録の有価証券の売付けだと結論付けられる。

暗号資産交換業者を通じた売付けは証券募集ではない

他方、SECが問題視したもう一つのXRP販売の類型であるリップル社による暗号資産交換業者を通じた総額7.57億ドル余りの一般投資家へのXRPの売付け(Programmatic Sales)については、別の検討が必要である。そこでは第三の要件である、もっぱら他者の努力による収益獲得の期待という要素が欠けていた。

機関投資家等への売付けの場面では、XRPの購入者は、拠出した資金をリップル社がXRPのエコシステムの改善に用い、XRPの価値を向上させるだろうと合理的に予測することができた。これに対して暗号資産交換業者を通じた買付けは匿名性の高い取引であり、XRPの購入者は、拠出した資金がリップル社の懐に入ったのか他のXRPの売り手のものとなったのかを知るすべはなかった。

SECは暗号資産交換業者を通じてXRPを買付けた投資家の多くが、投機的利益を得ようと考えていたことを強調するが、それだけではもっぱら他者の努力による収益獲得の期待があったと直ちにはいえない。例えば馬や自動車を買うことが収益性の高い「投資」だと考えたとしても、そこで期待される利益は、他者の継続的な努力によって左右されるといったものではない。

暗号資産交換業者を通じて行われたXRPの売付けでは、一定期間内の転売を禁じるロックアップ条項や譲渡制限、リップル社による補償や売付け目的の開示等は行われておらず、機関投資家等への売付けの際に交付されたようなリップル社作成の販売用資料も交付されていない。また、機関投資家等への売付けとは異なり、購入者はXRPの購入によって期待される収益の源を十分に理解できるような投資に関する洗練した知見を持ち合わせておらず、XRPへの投資によってもっぱら他者であるリップル社等の努力を通じて実現される収益の獲得が期待されると合理的に予想したと言うことはできない。従って、暗号資産交換業者を通じて行われたXRPの売付けは、投資契約の申し込みや売付けであったとはいえない。

従業員や取引先への報酬付与も証券募集ではない

このほかSECが無登録の証券募集であったと主張する行為には、リップル社による従業員への報酬としてのXRPの付与や新たなアプリケーション開発の対価としての取引先へのXRPの付与など総額6億ドル余りのXRPの提供が含まれる。しかしながら、これらの行為においてはハウイ基準の第一の要件である資金の拠出が行われたとはいえない。SECは、これらの行為でXRPを取得した従業員等が、XRPを転売することが可能であった点を捉えて、これらが証券の間接的な公募であったと主張したが、当該従業員等を通じてリップル社に資金が流入したという事実はうかがわれず、SECは当該従業員等がXRPの引受人(underwriter)であったことを証明していない。

裁判所の決定への評価

概ね以上のような論理で、裁判所はXRPの売付けが投資契約という有価証券の無登録募集であったとするSECの主張を一部認容し、一部否定した。リップル社は、この決定は同社及び暗号資産業界にとって重要な勝利であり、「米国の暗号資産経済を窒息させようとするSECの戦略にも大きな影響を与える」と主張した(注7)。

同じXRPという物が、リップル社という発行者の売付けに応じて直接購入した機関投資家等との間では投資契約という有価証券だったとされ、暗号資産交換業者を通じて購入した一般投資家との間ではそうではなかったとされるという論理には、とりわけ日本法のやや画一的な思考方法に慣れた者には理解しづらい面もある。しかし、今回の決定のような論理は、株式や債券のように「それ自体が本質的に(inherently)」有価証券である物の取引にまで及ぼされるものではないだろう。

今回の決定の論理が、2023年6月に提起された暗号資産交換業者コインベース、バイナンスに対する訴訟など現在進行中のSECによる訴訟の成り行きにどのような影響を及ぼすのか、また「法執行による規制」と批判されるSECの積極的な(あるいは過度に積極的な)暗号資産業界に向けたエンフォースメント活動にどのような影響を及ぼすのかが大いに注目される。

なお、今回の訴訟の対象となったXRPは日本国内の暗号資産交換業者によっても取扱いの対象とされているが、日本法上は、XRPは資金決済法上の「暗号資産」であり、募集または売出しにあたって金融庁への有価証券届出書の提出を義務付けられる金融商品取引法上の「有価証券」には該当しないという解釈が確立されている。この点はSECとリップル社の訴訟の帰趨によって影響を受けるものではないものと考えられることを付言しておきたい。

(注1)詳しくは、当コラム「リップル社を提訴した米国SEC」(大崎貞和、2020年12月24日)参照。
(注2)UNITED STATES DISTRICT COURT SOUTHERN DISTRICT OF NEW YORK, "RIPPLE LABS, INC., BRADLEY GARLINGHOUSE, and CHRISTIAN A. LARSEN,"
(注3)当コラム「無登録のICOに制裁金を科した米国SEC」(大崎貞和、2018年11月22日)参照。
(注4)クラーケンに対する訴訟については、大崎貞和「暗号資産の「ステーキング」への米国証券法の適用」内外資本市場動向メモNo.23-01(2023)参照。
(注5)ハウイ基準の内容は、しばしば四つの要件として説明され、筆者が過去に公表した論文等でもそのような記述を行っているが、本稿で取り上げた裁判所の決定は要件を三つに整理しており、本文の記述もそれに従う。
(注6)SECによる訴訟提起は判決前に和解に至ることが多く、すべての訴訟で暗号資産の投資契約該当性について裁判所の判断が示されるわけではないが、例えば次のような裁判例がある。 SEC v. Telegram Grp. Inc., 448 F. Supp. 3d 352 (S.D.N.Y. 2020).
(注7)"Ripple Ruling Deals a Blow to SEC's Effort to Regulate Crypto", The Wall Street Journal, July 13, 2023.

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