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私募ファンドへの規制を強化する米国SEC

2023/09/14

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私募ファンド規制規則の制定

米国の証券取引委員会(SEC)は2023年8月23日、、ヘッジファンドやプライベートエクイティ(PE)ファンド、ベンチャーキャピタル(VC)ファンドといった、私募ファンド(private fund)に対する規制を見直す新たな規則を制定した(注1)。

私募ファンドをめぐっては、VCファンド以外の私募ファンドの運用者に対して2010年以降SECへの登録義務が課されているものの、零細な個人投資家を含む幅広い投資家層が投資するミューチュアルファンド(日本の公募投資信託にあたるもの)や上場投資信託(ETF)などとは異なり、ファンド自体やファンド運用者に対する業法的な規制はほとんど及ぼされていなかった。

しかし、近年私募ファンドの存在感は着実に大きくなっている。SECによれば、私募ファンドの運用資産は2012年の9.8兆ドルから2022年には26.6兆ドルに増加し、ファンドの本数も2012年の31,717から2022年には100,947に増加したという。私募ファンドへの投資を直接行う者は、機関投資家や富裕層個人に限られるものの、私募ファンドによる資産運用は年金基金等を通じて一般大衆に間接的な影響を及ぼしているといえるし、その動向が資本市場に与える影響は無視できない。

そこでSECは、2022年2月、VCファンドを含む私募ファンドの運用に携わる投資顧問業者に対して、一定の行為規制を課す新たな規則の導入を提案した。今回制定された規則の内容は、2022年の規則案に対して寄せられたパブリックコメントの内容を踏まえ、所要の修正を加えたものである。

新規則の概要

今回新たに制定された規則の内容は、①ファンドの運用状況を示す四半期報告書の導入、②ファンドに対する監査の義務づけ、③アドバイザー主導によるセカンダリー取引の規制、④不正行為の禁止、⑤一部投資家に対する優遇措置の禁止、という5つの柱から成る。また、登録投資顧問業者のコンプライアンスに関する規則206(4)-7の規定が一部改正され、登録投資顧問業者の保持すべき記録の内容に新規則に関連する事項が加えられたほか、年次のコンプライアンス・レビュー書面作成が義務づけられることになった。

四半期報告書の導入

新たに制定された規則の内容の第一の四半期報告書(quarterly statement)の導入は、私募ファンドの運用を行う登録投資顧問業者に対して、ファンドから運用者やその関係者に対して支払われた手数料や費用およびファンドの運用パフォーマンスを投資家に対して四半期ごとに開示することを義務づけるものである(規則211(h)(1)-2)。四半期報告書は、原則として第一、第二、第三四半期については45日以内、第四四半期については90日以内に開示することが求められる。

四半期報告書に記載すべき内容としては、期中にファンドから運用者やその関係者に対して支払われた手数料や費用と会計監査人等それら以外の者に対して支払われた手数料や費用を区分して明示する「ファンド表(fund table)」と期中にファンドから運用者やその関係者に対する報酬として割り当てられた投資有価証券の明細を示す「ポートフォリオ投資表(portfolio investment table)」が掲げられている。

四半期報告書に記載される私募ファンドの運用パフォーマンスの計測方法は、ファンドが流動性の高いファンドであるか流動性の低いファンドであるかによって異なる方法によるものとされる。具体的には、流動性の高いファンドについては、最長過去10年間の収益率の記載が求められ、流動性の低いファンドについては、内部収益率(IRR)や資産増加率でファンド設定以来のパフォーマンスを示すことが求められている。

ここで流動性の高いファンドとは、投資家の申出による資金の払い戻しを何らかの形で認めているファンドを指し、原則として償還期間到来まで資金の払い戻しが行われないファンドが、流動性の低いファンドである。特定のファンドが流動性の高いファンドであるのか低いファンドであるのかは、最初の四半期報告書作成までに運用者である登録投資顧問業者が決定すべきものとされる。

ファンドに対する監査の義務づけ

第二のファンドに対する監査の義務づけは、登録投資顧問業者の運用する私募ファンドに関して、年次及び解散時の独立性のある公認会計士・監査法人による監査と監査報告書の投資家への交付を義務づけるというものである(規則206(4)-10)。監査は原則として非公開会社の監査に係る米国の監査基準(US GAAS)に基づいて行われる必要がある。SECはファンドの資産評価がアドバイザーへの支払手数料の算定の基礎となることやアドバイザーによるファンド資産の流用を防止するといった観点から監査の義務づけが必要だとしている。

私募ファンドへの監査については、既に登録投資顧問業者が顧客から預託された資金や運用資産に係る管理方法を定めたカストディ・ルール(規則206(4)-2)に一定の規定が設けられており、例えば、登録投資顧問業者が公認会計士・監査法人による監査を受けているLP口座へのアドバイスを行っており、監査済み財務諸表が各LPに対して決算期末から120日以内に交付されている場合には、登録投資顧問業者から顧客への口座明細書の送付義務が免除されるといった規定がなされている。

それにもかかわらず、2022年に採択された規則案では、「監査手続きの完了後速やかに監査報告書を(顧客に)交付しなければならない」といった規定が設けられることになっていたため、批判的なコメントが多数寄せられた。制定された規則では、SECが規定を修正し、「カストディ・ルールの規定に従った監査」を受けることが義務づけられることになった。

また、2022年の規則案には、私募ファンドに対する監査を行う公認会計士・監査法人が、無限定適正意見以外の意見を表明した場合や辞任・解任等に至った場合にSEC検査局への報告を求める規定が盛り込まれていたが、批判的なコメントが多数寄せられたこともあり、新規則にはそのような規定は設けられなかった。

アドバイザー主導によるセカンダリー取引の規制

第三のアドバイザー主導によるセカンダリー取引(adviser-led secondaries)とは、私募ファンドの運用者が、保有する持分の売却を希望する顧客に対して、自社やその関係者が運用する他のファンド持分等との交換を提案するといった形で行われる取引を指す。こうした取引を行える機会を投資家に提供することは、解約や持分の売却による資金の引出しが厳しく制限されている私募ファンドにとって重要だが、私募ファンド運用者と顧客の利益相反が顕著になる場面であることも否定できない。

そこで新規則(規則211(h)(2)-2)は、アドバイザー主導によるセカンダリー取引を実施する場合には、私募ファンド運用者から独立した専門家が取引条件の公正性を確認するフェアネス・オピニオンまたは資産評価書(valuation opinion)を取得し、顧客に対して交付することを義務づけた。また、私募ファンド運用者は、フェアネス・オピニオンや資産評価書を作成した専門家と自らの重要な取引関係等の概要を示す文書を作成し、顧客に対して交付しなければならないものとされる。

なお、2022年の規則案では、私募ファンド運用者が取得して顧客に交付すべき文書は、「フェアネス・オピニオン」と特定されていたが、制定された規則では、「フェアネス・オピニオンまたは資産評価書」という幅を持たせた表現に修正された。

不正行為の禁止

第四の不正行為の禁止に関しては、新たに規則211(h)(2)-1が制定された。同規則はSECへの登録の有無を問わず、私募ファンドの運用を行うすべての投資顧問業者に対して適用される。

新規則では、次のような行為を直接または間接に行うことが原則として禁止される。

  1. 私募ファンド運用者やその関係者に対する政府・規制当局による調査や制裁に伴って生じる手数料や支出をファンドに負担させること。
  2. 私募ファンド運用者やその関係者が負担する規制上または検査やコンプライアンスに伴って生じる手数料や支出をファンドに負担させること。
  3. 私募ファンド運用者が負担すべきクローバック(成果報酬の仕組みに伴って事後的に運用者がファンドに返還すべき資金)の金額を運用者が負う税金の負担を理由に減額すること。
  4. 私募ファンド運用者が複数のファンドを運用し、当該複数ファンドを通じて同一のファンド等に投資をしている場合に投資に伴って発生する手数料や支出を投資金額の割合に対応しない形で各ファンドに負担させること。
  5. 私募ファンド運用者が、資金、証券その他のファンド資産を借り入れたり、ファンド顧客からローンや信用供与を受けること。

これらの禁止行為について、2022年の規則原案は、基本的に顧客への情報開示や顧客による同意があったとしても認められないとしていた。しかし、SECは、規則案に対して寄せられたコメントの内容を踏まえ、これらの行為が顧客の最善の利益を確保する上で有益に働くこともあるとして、多くの行為を情報開示や同意が確保されることを条件に容認することもあるとする柔軟な仕組みを採用することとした。具体的には、例えば、(1)については、私募ファンド運用者が投資顧問業法違反の行為を行った結果として裁判所や当局によって課された支出等をファンドに負担させることは情報開示や同意があっても認められないが、当局による調査に伴って生じた費用は顧客の同意があればファンドに負担させることはできる。また、(4)の投資金額の割合に対応しない費用配分は、事前の顧客への情報開示があれば認めるといった内容が定められている。

また、2022年の規則原案に掲げられていた、提供されなかったサービスに伴う手数料等の徴収やファンド運用者の責任限定といった禁止行為については、そもそも私募ファンド運用者が負っている受託者責任(fiduciary duty)の内容に含まれているといった理由から、規則の明文での禁止は見送られることになった。

一部投資家への優遇措置の禁止

第五の一部投資家に対する優遇措置の禁止は、SECへの登録の有無にかかわらず、すべての私募ファンド運用者である投資顧問業者に対して、ファンドの償還やファンドの保有証券に関する情報の提供等に関して一部の投資家だけを優遇することを禁止するというものである(規則211(h)(2)-3)。規則によって禁じられる優遇措置以外の措置であって、一部の投資家だけにとって有利な対応を講じる場合には、私募ファンドの購入希望者に対して対応の内容を事前に開示することや既にファンドを保有している投資家に対して講じられた優遇措置の内容を開示することなどが義務づけられることになった。

これらの規制の詳細についても、2022年の規則原案に比べて柔軟な内容が定められることになった。例えば、一部の投資家へのファンドの償還については、法令や政府・規制当局等の要求に基づいて行われる場合やすべての投資家に対して償還を受ける機会を将来にわたって提供する場合には認められるといった例外が規定されることになった。また、一部の投資家だけに有利な対応をとる場合に求められる事前の開示についても重要な事項が開示されれば足りることが明文で定められた。

規則の無効を主張する訴訟の提起

以上のような私募ファンド運用者への規制は、CLO(collateralized loan obligations)などもっぱら負債性の証券化商品を発行する「証券化資産ファンド」の運用に携わる者には適用されない。この点も2022年に採択された規則案と今回制定された規則との大きな違いである。

今回の規則制定は、SECの5人の委員のうち共和党に所属するヘスター・ピアース委員とマーク・ウエダ委員が反対する形で決議された。近年顕著になっているSEC内部の党派的対立が改めて鮮明になったものといえる。

私見では、かつてないほどの規模にまで巨大化し、資本市場に及ぼす影響を無視できない存在となった米国の私募ファンドに対して一定の公的規制が課されることになるのはやむを得ないように思われる。規則案の内容自体、これまでの実務慣行を通じて多くの私募ファンド運用者が実践してきた内容を踏襲するものともいえ、必ずしも新たに不当なコスト負担を課すようなものとも思えない。

とはいえ、今回の規則制定は、これまでもっぱら自主ルールによる規制に委ねられてきた分野への新たな公的規制の導入であるだけに、当初から業界関係者を中心とする抵抗が予想された。パブリックコメント募集の過程では、予想通り多数の厳しい批判的意見が寄せられたが、SEC側もそうした意見をしっかりと受け止め、規制内容の柔軟化に努めたと評価できるのではなかろうか。

しかし、規則の制定に私募ファンド業界は強く反発し、規則制定直後の9月1日には、全米私募ファンド運用者協会(National Association of Private Fund Managers:NAPFM)や全米ベンチャーキャピタル協会(National Venture Capital Association)など6つの業界団体が共同で、同規則の内容はSECに与えられた法的権限を逸脱し、適正な手続きを経ないで制定された恣意的なものであると主張して、規則の無効確認を求める訴えを第5巡回区連邦控訴裁判所に提起した(注2)。業界団体による提訴は、規則の効力に直ちに影響を及ぼすものではないが、今後、今回の規則が裁判所によって無効とされることもあり得るだろう。今後の訴訟の展開が注目される。


(注1)SEC, "Private Fund Advisers; Documentation of Registered Investment Adviser Compliance", Release No. IA-6383; File No. S7-03-22
(注2)SECによる規則制定に対して、影響を受ける業界団体等が規則の無効を主張して提訴することは稀ではないが、多くの場合、訴訟が提起されるのはSECの所在地を管轄するワシントンDC巡回区連邦控訴裁判所である。今回は、NAPFMの本部所在地であるテキサス州フォートワースを管轄する第5巡回区控訴裁判所での提訴という異例の展開となった。

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