1.「リテールITリーダーシップフォーラム2022」で語られた「日本型流通SCMの構造問題と解決策」
昨年11月に開催された「リテールITリーダーシップフォーラム2022(日本小売業協会主催)(注1)」では、小売業各社のトップから、「小売業サプライチェーンの競合から協働へ」というテーマで、日本の流通SCMについての問題構造の分析と各社の課題解決への取組が報告された。
小売の社内組織の連携を推進し、長期的な視野での取り組みを推進 カインズ社
カインズ社の高家正行CEOからは、「SCM変革については、社内の商品本部、SCM統括部、販売本部などの、領域が異なる部署間を連携させていくことが重要であり、短期的な成果を求めるだけでなく長期的に成果が得られるような取り組みも行っている」との報告があった。
DXの推進でまず問題となるのは、機能別組織を横断して各組織のベクトルを合わせ、かつ長期的に継続した取り組み続けることである。カインズ社はその王道を確実に歩んでいると感じられる講演であった。
サプライチェーンプラットフォームを活用した取引先との垂直連携 セブン&アイ・ホールディングス
セブン&アイ・ホールディングス執行役員グループDX推進本部長兼グループDXソリューション本部長兼経営推進本部DX推進担当シニアオフィサーの齋藤正記氏からは、「取引先との垂直連携を創出するために、新たな取り組みとしてサプライチェーンプラットフォームを構築し、特に高度な需要予測に加えて、物流情報の可視化、在庫最適化等の協働活動を実現していく取り組み」が紹介された。
流通・物流SCMでは、その日の店別売上のようなスポット情報だけでなく、小売業が近未来に行おうとしている販促情報やマーチャンダイジング(MD)施策として何を考えているのかを、計画誤差情報まで含めて川上企業へ共有していくべきである。その情報を基に、CPFRを実施していくことが、取引先とのパートナーシップ構築に不可欠だと言える。しかしながら、実現できている企業は極めて乏しいのが現実であろう。
齋藤氏の講演からは、川上の卸企業や製造業企業と、バイヤーと営業との関係ではなく、「企業と企業の関係として」パートナーシップを構築することの重要性や実現への強いリーダーシップを感じることができた。
買い物の壁をなくす取り組みと商品情報の可視化システム、取引システムの近代化 カスミ社
カスミ社の代表取締役社長兼ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス株式会社代表取締役副社長の山本慎一郎氏からは、BLANDEという新店の紹介として「店内にいながら、ネットで注文して、配送してもらう、といった複合的な買い物体験の仕組みを構築し、買い物の壁をなくす」というオムニチャネルリテイリングの取り組みを強力に推進していることが報告された。
さらに、「サプライチェーンの壁を越えての連携」がいかに大切か」ということが強調された。具体的には、「業界の壁を越えた連携のためには、商品マスタ情報の拡張・一元化など、リアルタイムの企業間情報連携、EDIの機能拡張・リアルタイム化、商品情報の可視化システムの近代化が必須」との指摘がなされた。
「オムニチャネルリテイリング」という言葉は欧米では既に死語だという。小売業、リテールの概念としては既に定着し常識化した。翻って日本ではどうだろうか。顧客情報、顧客の購買履歴情報、顧客単位での販促情報、在庫情報、在庫引き当てをチャネル横断(店舗、EC、コールセンター・・・)でマネジメントできているだろうか。これが全てできている企業は日本では少数派だと思う。これまでのIT整備は、チャネルごとの必要に応じ、その都度整備されてきたため、システム構造上の問題を解決することはこれからの課題なのである。カスミ社が基幹システムの構造問題の解決に大きく踏み出したことがよくわかる講演であった。
また欧米では、画像情報などを含むデジタルアセットの形態に商品マスタを拡張し、荷姿や重心、バラピッキング際の把持の位置などもマスタから把握できるようにする改革が急務となってきている。これには、物流に関わるマテリアルハンドリング機器や各種ロボティックスを円滑に活用する目的がある。しかし、小売業と製造業との間での情報共有の仕組み、特に人手に依存しない、いわゆるマシン2マシンの商品情報同期化の機能はまだ日本では整備されていない。
卸の営業から、マニュアル(手作業)に近い形態で情報を入手しているのでは、属性データの拡張性、精度、スピードの点で本格的なDXへの対応は容易ではない。山本氏の指摘は現在の日本の小売IT基盤の弱点を明確に指摘したものである。
加えて、山本氏からは「今、物流費が非常に上がっている。しかし、個々の商品1つ運ぶのにいくらかかっているか、と問うと誰も答えられない。商品が物流センターに入荷・格納され、ピッキングされ、店舗へ配送され、棚に並べるまでのコストが算定できていないからである。コストが見えなければ削減のためのカイゼン活動ができるはずがない。まず、社内でどうやってコストを可視化するかという議論になった。例えば、預託在庫のコスト計算は誰もしていなかった」という指摘がなされた。
個別最適から全体最適、競合他社との物流改革 トライアルホールディングス
トライアルホールディングスの西川晋二氏からは、「サプライチェーンでは、個別最適から全体最適へという視点が重要で、各社が個別最適を目指せば、隣のステークホルダーにしわ寄せが起こる。トライアル社では、DXはお客様のためという考え方が徹底している。小売業間の共同配送でコストが下がるのであれば、共同配送も積極的にやっていきたい。具体的にはトライアル社とイオン社との共同物流により個社の枠組みを超えた物流改革も行っている」との紹介があった。
トライアル社とイオン社とは九州では最大のライバルである。そのライバルが物流では手を組んだのである。会場の参加者からは驚きの声があがった。
これらの発表を聞く限り、小売業のトップ企業は、SCMの問題を認識し、個々の企業のアイデアでそれぞれ全体最適を指向した取り組みを行っているようである。一方、物流費用の実態分析に基づく変革のマネジメントについて、サプライヤーを巻き込んで本格的に行っていると表明したのはトライアル社だけであった。
2.日本小売業協会CIO研究会ステアリングコミッティからの提言
プログラムの最後に、CIO研究会ステアリングコミッティメンバーでのパネルディスカッションが繰り広げられた。同メンバーらが、2年前に発表した「日本の小売業CEO、CIOへの提言書~リテール4.0 小売業のデジタルトランスフォーメーション(注2)」において、流通DX推進に向けた提言を行っており、あらためて変革に向けた提言が紹介された。
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①
小売・卸・製造の間でサプライチェーンの全体最適を検討し実現していく協働体制を構築すること
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②
MD戦略層、計画連携(販売~供給・物流)層での協働活動を、企業対企業で行うこと
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③
物流業務の標準化:GS1-SSCC-ASN(注3)による物流業務の負荷軽減
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④
画像情報を含む商品マスタの属性項目の標準化と人海戦術を排した同期化の仕組み構築
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⑤
上記4点の推進を阻害する、いわゆる「商慣行」(必ずしも契約上明確化されていない暗黙の取引契約、業務プロセス)のカイゼンと再設計・再構築
変革方法論としての定量的な流通SCMシミュレーションモデルを活用した理解促進の重要性
では、その変革管理をどう行うのか。パネルディスカッションでは、学習院大学の河合亜矢子教授からは、「企業間協働の推進には、『総論賛成だが各論反対という現在の閉塞状況』を打破するために、定量的なシミュレーションモデルを活用することが有効ということが知られている。自分たちが見えているものが全てではない。それを知り、何をどう認識するかということを、『システム思考』を用いてフィードバックに着目した世界観へ変革することが重要だ。誰もがわかりやすく時間できる表現形式で、定量的なモデルを構築し、議論を活性化することへ貢献したい」という提案が行われた。
流通DXを推進するためのエグゼクティブ人材育成機能の整備
CIO研究会は、前述の提言書に沿って、有言実行で活動してきた。そのうちの1つが、流通DXエグゼクティブ人材育成のためのCIOアカデミーの創設であった。昨年CIOアカデミーは、学習院大学の社会人向けコースとして、具体化した(注4)。次世代経営者数10人が集まり講義と相互の議論が展開された。
CIO研究会座長の佐藤元彦氏(元丸井グループ副社長CFO、CIO)から、「CIOアカデミーについては、まず、やっと手ごたえを感じ始めたところだ。小売・卸・メーカー・ITの異業種のエグゼクティブが対等な立場で議論することの価値は極めて大きい。業務変革でいえば、リアルタイムの情報共有がキーワードになる。サプライチェーン全体でリアルに売上と在庫情報が捉えられる仕組みができれば、流通のビジネスモデルは変わる。今の技術なら実現可能だ。このことを業界の全員が真剣に考えればDXは実現できる。このためにも関係者皆がDXを学ぶことは重要だ」と締めくくった。
3.流通・物流DX推進に必要となる「日本型SCM」の再設計
佐藤氏が指摘したように、参加者も「やっと手ごたえを感じられた」のではないだろうか。まだ最終的なイメージは明確ではないかもしれないが、小売業トップの改革への意欲は高く、日本型SCMの再設計を伴う、流通・物流DX推進への取組が本格化してきていることは事実である。
今後の日本小売業協会CIO研究会関連の活動や小売業各社のチャレンジングな取組から目を離せない状態が続きそうだ。筆者も、今後も積極的に応援していきたいと考えている。
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(注1)
https://japan-retail.or.jp/jra_activities/22_11_08/
「リテールITリーダーシップフォーラムは、日本小売業会により2013年12月に設立された「CIO(Chief Information Officer)研究会」が企画し、隔年で開催されている小売業経営者、CIOのためのイベントである。日本小売業協会CIO研究会ではこれまでオムニチャネルリテイリング、デジタルマーケティング、IOT を活用した将来の小売業ビジネスモデルなど、小売業の企業経営に資するIT戦略を主要なテーマにして議論を重ねてきた。特に、小売業のDX を推進するためには、経営者層(CEO、CIO、CFO)に DXの重要性を理解してもらうことが不可欠であるとの認識から開催されているのが「リテール&ITリーダーシップフォーラム」である。なお、筆者はCIO研究会設立時よりコーディネーターを拝命してきた経緯がある。 - (注2)
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(注3)
GS1-SSCC-ASNとは、米国VICSが1990年代半ばに確立し、GS1が引き継いでいる企業間物流における標準業務プロセスである。 SSCCとはSerial Shipping Container Codeの略である。コンテナ(=物流ユニット(ケース、パレット、小包等))を一意に識別するために使用することができるGS1により定められたコードのことである。SSCCはバーコードやEPC/RFIDタグに記録し活用される。単一商品だけでなく、複数品目の任意の組み合わせにも活用され、保管や輸送のために一緒に梱包される。取引品の組み合わせに対して一意に定められたコードである。このため、SSCCはトレーサビリティのための重要な鍵となる情報を与える。 SSCCを利用することで、企業は各物流単位を追跡することができ、効率的な受注・輸送管理が可能になる。 SSCCデータをEDIやEPCISで電子的に共有すること、で各社の輸送中の物流ユニットに関する情報を共有することができ、出荷情報など関連する輸送情報と確実にリンクさせることが可能となる。 SSCCの情報を、当該物流ユニットの出荷前にEDIなどで事前出荷通知メッセージ(ASN)情報を通じて、受け荷主に伝達しておくことによって、受領後SSCCをスキャンするだけで、事前に受領したASNの情報から、当該物流ユニットの内容についての詳細情報を入手でき、貨物の受領確認作業を迅速化でき、かつ請求書との突合までが可能となる。これが、GS1-SSCC-ASN方式である。
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