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物流2024年問題と「商取引慣行」の改革

~問われる持続可能な物流のための「日本型流通業務プロセス・取引形態」の再設計~

2023/04/24

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1. 物流2024年問題と「商取引慣行」

1)「持続可能な物流の実現に向けた検討会 中間取りまとめ」発出までの経緯

政府が2022年12月13日に公表した「持続可能な物流の実現に向けた検討会 中間取りまとめ骨子(案)」(注1)に対して、小売を代表する4団体(一般社団法人全国スーパーマーケット協会 日本小売業協会 一般社団法人日本スーパーマーケット協会 日本チェーンストア協会)が、「小売事業者として直ちに納得することができない内容が含まれている」として、比較的強い意見(注2)を2023年1月11日、公式に表明した。
この訴えが検討会に波紋を投げかけた結果、2023年2月8日付の「持続可能な物流の実現に向けた検討会 中間取りまとめ」(注3)で政府は、「発荷主、物流事業者、着荷主が連携・協働し、それぞれ改善を図るための取り組みを行うことが必要」だと文言を修正し、物流の関係者全員が参加する形で物流改善を促進する方向性を掲げた。

2. 商取引慣行が「日本型流通モデル」を作り上げた

1)「商取引慣行」についての所感

日本型流通取引における「商取引慣行」から、「持続可能な物流」の実現を具体的に考えるにあたり、まず求められるのは、現行の「商取引慣行」について正しく理解することだ。ところが、「慣行」と言うだけあって、その全体像は取り扱い商材によって多岐にわたることが予想される。
日本型の流通取引における「商取引慣行」とは、厳密にはどう定義できるのだろうか。そもそも、「商取引」に「契約」ではなく「慣行」がまかりとおっていること自体、日本以外の国では理解しがたいことのようだ。筆者は、シンガポール国立大学(NUS)のDr.Prem教授を座長とした「東南アジア地域の流通・物流の連携方策検討調査」に参画した際、東南アジア各国の学識経験者らへ、日本の流通・物流業務プロセスと商取引慣行の説明を試みたが、「複雑すぎて、よく理解できない」と匙を投げられた。
本項では、次のように定義したい。商取引慣行とは、「必ずしも明文化、文書化(≒形式知化)されていないが、既に業界で広く常識と考えられていて(≒組織知ではある)、単一企業が業務改革に取組んでも変革が難しい、多数の取引先との“一連の繋がりをもったシステム”としての業務プロセスや取り決め、取引モデル」であると。

2)商取引慣行の具体例 ~加工食品流通業界から考える~

(1)「加工食品流通」における、いわゆる「商取引慣行」とは

本項では、日本型流通SCMの典型的な事例であり、物流システムとして、もっとも過酷な状況におかれている「加工食品流通」における「商取引慣行」を、一例として具体的に分析したい。
当該領域の代表的な「商取引慣行」としては、メーカー=卸=小売の大手企業間での、①店着価格取引、②物流センター通過金額フィー方式、③毎日発注翌日納品の3点セットが“一連の繋がったシステム”としての業務プロセスとして存在していることが挙げられる。

(2)3点セットの背景は、日本型流通の発展に伴う経路依存性

日本の流通シーンでは、品揃え機能、物流、金融などを統合的にサービス提供する、いわゆる中間流通(問屋)が、江戸時代から既に発達してきていた。実際、日本の代表的な食品問屋の國分は1712年創業であり、311年の歴史を誇っていることはあまりにも有名である。
戦後も、日本の流通機能は問屋主体で担われてきた。納品から代金回収までの期間(支払・回収サイト)の金融については、問屋が機能提供するという方式である。問屋の営業担当者は、店のバックヤードまでの物流費用込みの価格(以下「店着価格」)で、小売業のバイヤーと仕入価格の取引交渉を行うことになる。このため、小売業は店舗さえ整備すれば、同じ条件で事業をはじめることができた。

小売業が成長して大企業となった現在においても、この商慣行は続いている。そのため、組織小売業の物流拠点に対し、卸業が物流拠点として専用物流センターを整備することが常識である。もちろん、今も店着価格には物流コストが包括的に含まれている。卸・小売間取引だけでなく、これがメーカー・卸間の段階の物流センター納品でも同様の商慣行となっている。具体的には、物流センターのバース渡し(軒先渡し)のケースだけでなく、トラックのドライバーが庫内の格納業務まで、具体的にはフォークリフトを運転して物流センターのラックへの格納まで行うことが慣習となっているケースも多い。また、多品種少量発注と毎日発注翌日納品により、多頻度小口配送が常態化し、パレットには一階層しか商品が積まれていないミルフィーユパレットも多いそうだ。ミルフィーユパレットでの納品は、賞味期限単位での検品を要請する受け荷主側の要請と合わせると、納検品時間の長期化、さらには卸から店舗への配送時における日付追い越しや日付混載を避けるためのピッキング作業の負荷の拡大を招くことは必然である。
この結果、物流センターのバース待ち時間の長期化に繋がり、トラックドライバーの一日の回転率を著しく低下させているケースが多いという指摘である。これらが「持続可能な物流の実現に向けた検討会 中間取りまとめ」において問題となっている、日本型流通における商取引慣行だと筆者は考えている。

(3)「店着価格制+物流センターフィー方式」の陥穽

店着価格制では、小売業とメーカーや卸の営業との交渉は、一律の店着価格で取引される。他の前提条件によって変動する物流コストの議論は明示的には含まないことが多い。
すると、多品種少量生産、多頻度小口配送が進んだうえにリードタイムが短縮され、物流コストが拡大しているのに、そのコスト負担についての交渉が、商取引の場に上らないという問題が発生する。メーカー側には、物流コストの増加分の負担を小売業に求めるという策もあるが、「物流コストを持つ代わりに、製品の仕入れ価格を下げてくれ」などと言われたら藪蛇だ。仕入れ価格の値下げはメーカーの営業担当者の成績に直接影響するため、そのような交渉を小売業のバイヤーと行うメーカーの営業担当者は少ないだろう。

物流センターフィー(小売業が卸業やメーカーに請求するセンター使用料)は通常、通過金額×固定%レートである。多頻度小口配送などの物流特性や多品種少量発注などの受発注特性を考慮しない、いわば、“どんぶり勘定”となっている。このため、90年代に欧米で実施されたABC(活動基準原価計算=商品別納品先別の物流原価をピッキング負荷や輸送距離を含めて算定する)のような、納品先別・商品別の物流原価を把握するインセンティブは、センター運営を行っている卸(通常センター運営業務は卸業に委託されている)側にも存在しにくいだろう。実際卸から小売への活動基準原価に基づく原価の報告義務は無い。
この結果、前回のコラムで紹介したカスミの山本社長が指摘しているように“小売側はこれまで物流コスト算定にはあまり高い関心を払ってこなかったし、物流コストについての情報が乏しかった”のである。逆に、一旦、仕入れ価格とセンターフィーの料率が定まると、バラピッキング、店舗別・通路別納品、「毎日発注翌日納品」など、小売店舗の運営効率を最大にする、きめ細かな業務プロセスが、そこに至るまでの関連する物流業務負荷を考慮しないまま、次々と要請され、いつの間にかこれも業界全体の“商取引慣行として、定着してきた“のではないかと推測される。

(4)日本型流通の商慣行は、右肩上がりの成長経済が前提条件ではないか

「店着価格制+物流センターフィー方式」と「毎日発注翌日納品」は、消費財流通における典型的な日本型の商慣行と考えられる。
筆者は、当該商慣行は、右肩上がりの経済という特殊な条件下でのみ成立すると考えている。つまり多少の貸し借りは、長期の経済成長の中で解消されることを前提にしているのではないだろうか。とすれば、成長が鈍化し、成熟を越えて停滞や低迷が予測される今、随所に問題が発生する可能性が否めない。

一方、こうした商慣行の裏をかき、健全な商取引の業務プロセスを設計し、健全な流通SCMを提案する新興の小売業が台頭してくる可能性も高いだろう。実際、前回のコラムで紹介した福岡本社のトライアル(過去20年で売上成長約20倍)は日本型流通の商慣行とは異なる国際標準的で、かつ“健全な商取引や業務プロセスの考え方”を導入することで、急成長を遂げてきたようである。

3. SCMの構造問題解決の先行事例と変革方法

1)VICS、ECR、GS1等の成功事例の存在

実は、流通SCMの全体最適化をめぐる運動には、既に成功事例がある。欧米では、90年代の半ばからQR(クイックレスポンス)活動、VICSやECRでの流通関連のCIOによる流通全体の業務の再設計(カテゴリマネジメント、CPFR、GS1-SSCC-ASNなど)活動、企業間ITインターフェイスの標準化活動などがあり。さらに、B2Bバブル崩壊後の本格的な流通ITの協働化基盤としての商品マスタ同期化の仕組みの整備(GS1,GDSN)が進んできたことは記憶に新しい。クラウドの時代に突入し、Saas型の格安のソリューションサービスが発展途上国でも採用されつつある。世界の流通機構が同様の仕組みを採用しつつあるのである。是非、日本でも流通に関わるIT産業を含め、消費財流通に関連する全業界を挙げて検討してみてはどうだろうか。今からでも遅くないと筆者は考えている。

2)アジャイルガバナンスのすすめ

最近、日本政府においても「アジャイルガバナンス」という変革スキームの必要性が提言されている。「アジャイルガバナンス」とは、イノベ―ション推進のための“機敏なガバナンスの調整プロセス”のことである。(注4)

流通SCMのように、単独企業では解決できず、閉塞に陥っているような業界の構造問題には、是非、アジャイルガバナンスの方法論を適用してみるのがよいのではないだろうか。
90年代に流行ったBPR(業務プロセスの再設計)の際に、「BPRは絶対不可能だ。そもそも単なる惰性で定まっている慣行的な業務は、もともと設計されたわけではない。このため、字義通りにとれば再設計することはできない。」と半分冗談まじりで指摘する評論家がいた。21世紀になって20年以上を経た今も、日本の商取引慣行が、かつて一度も設計されていない状況のまま、惰性で放置されているとしたら、これは技術進歩だけで解決できる問題ではない。もし、本当にこの認識が正しければ日本の流通DX時代の到来はかなり遠いと言わざるを得ない。

以上

執筆者情報

  • 藤野 直明

    産業ITイノベーション事業本部

    シニアチーフストラテジスト

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