フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 どこでDXが起きるか?

どこでDXが起きるか?

2023/01/06

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

ちまたでDXというと、ビジネスモデルを革新することを指したり、特定業務で人工知能などの技術を活用することを指したりとさまざまである。DXには、どの範囲の業務を対象として意思決定するか、すなわち、「意思決定の対象となる業務範囲」の変化や、デジタル技術を活用するなど「意思決定の方法」の変化がつきものととらえてさしつかえないだろう。本稿では、フードロス削減という社会課題を解決するDXのひとつである「生鮮品のダイナミックプライシング(価格変動制)」を題材として、どこでDXが起きるかを考えてみたい。

サービスのダイナミックプライシング

年末年始は帰省客や国内外への旅行者数が増える時期だ。航空運賃・宿泊料金は、年末年始やゴールデンウィークなど需要のピーク時に高くなる。輸送・宿泊などサービスのダイナミックプライシングは既に浸透している。混雑緩和のため、鉄道の在来線に導入しようという動きもある。さらに今、ダイナミックプライシングがモノに広がりつつある。モノといっても、商品価値を発揮できる期間が比較的短いモノ、生鮮品だ。

モノのダイナミックプライシング

METROは、ドイツの代表的な流通業の1社である。ポーランドのワルシャワとクラクフにあるMETROの店舗で、肉400品目を対象としたダイナミックプライシングが2022年5月に始まった。商品に貼り付けられたラベルに印刷されている2次元バーコードに、商品を識別するコードと消費期限を識別するコードが埋め込まれている。しかし、日本の小売店舗の閉店時刻間際によく目にする「値引きシール」は、METROの肉には貼り付けられていないという。2次元バーコードのほか、電子棚札(価格情報などを表示するデジタルデバイス)が使われているのがミソだ。

値引きシールを使わないダイナミックプライシングとはどのようなものか。消費期限が迫った肉と、そうでない肉の2種が販売されているとする。前者は値引きされ、後者は値引きなしだ。販売価格が異なる肉が陳列されている棚には電子棚札が設置されている。そのディスプレイには、値引きあり価格と値引きなし価格の2つが表示される。肉を購入したい来店客は、消費期限が迫って値引きされた肉と、値引きなしの肉の価格を比較できる。値引きされた肉を購入する来店客には、POSレジで商品識別コードと消費期限識別コードが読み取られ、値引き価格が請求される。

値引きシールを使わないことで、店頭スタッフに「値引きシール貼り」という煩雑な業務を担当させなくて済む。このほか、値引きタイミングと値引き額を決める自由度が増し、利益最大化を追求できるというメリットがある。

生鮮品のダイナミックプライシングで狙うのは、廃棄ロスと値引きロスの最小化

輸送・宿泊などサービスのダイナミックプライシングと、生鮮品のダイナミックプライシングには大きな違いがある。後者は、売れ残りが出ると追加費用が発生し、利益を食いつぶしてしまう。値引きが大幅であれば廃棄数が減るが、販売単価が低下し、売上が伸びない。一方、値引きが小幅であれば販売数が減り売上が伸びず、廃棄数が増える。つまり、廃棄ロスと値引きロスはトレードオフの関係にある。METROが取り組んでいるのは、「廃棄ロスと値引きロス」の合計がなるべく小さくなるよう、逆にいうと、利益がなるべく大きくなるよう、値引きタイミングと値引き額を決め、人手をかけずにそれを実行しようとする仕組みだ。これは社会課題となっているフードロス削減にも貢献できる。

図1~3は、値引きと利益最大化の関係の図解を試みたものである。縦軸は利益額を、横軸は仕入数・販売数・廃棄数を指す。特に横軸の販売数については、左から右に売れた順に並んでいるものとする。販売時期が遅い商品ほど販売価格が低下するため、累積利益曲線は基本的に「上に凸」の形を示す。

図1は、「仕入れた商品の約3分の2(青色部)は値引きなしで売れたが、残り(赤色部)は売れずに廃棄した」、すなわち、「値引きせず、仕入数の一部を廃棄した」ケースを示している。売れ残った商品は、利益を生み出さないだけでなく、その廃棄ロスが利益を食いつぶす。その結果、累積利益曲線は、いわば急峻な山の形を描くことになる。

図2は、「仕入れた商品の約半分(青色部)は値引きなしで売れ、残りの約3分の2(黄色部)は値引きして売れたが、その残り(赤色部)は売れずに廃棄した」、すなわち、「値引きを1回行ったが、仕入数の一部を廃棄した」ケースを示している。廃棄数は図1より少ない。累積利益曲線は図1に比べ、なだらかな山の形を描く。累積利益曲線の右端は最終的な累積利益額を示す。その最終的な累積利益額は図1より大きい。

図3は、値引きを2回行ったが、仕入数の一部が売れ残ったケースを示している。廃棄数は図2より少ない。累積利益曲線は図2に比べ、一層なだらかな山の形を描く。最終的な累積利益額は図2より大きい。

このように、値引きポリシー、すなわち、商品の売れ行きに応じて値引きのタイミングと値引き額を合理的に決めることで、利益を最大化する機会があることがうかがえる。例えば、売れ残りが当初想定より多くなりそうだと見込まれた場合には、廃棄ロスを減らすべく、値引き開始時刻を早める、値引き率を拡大するといった意思決定を下すことになる。値引き開始時刻と値引き額の2つを固定したオペレーションから脱却するということだ。

では、値引きのタイミングと値引き額はどのように決まるか。それは、商品の在庫が今どれだけあるかをインプットとして、店舗での販売期限(消費期限より先に到来する)までに残された時間の長さ、時間帯別の来店客数の予測、来店客が当該商品を購入する確率、値引き額に対する当該商品の販売数増加率(価格弾性値)等で決まる。これは、解くのが容易ではない数学の問題だ。

値引きポリシーを考慮した仕入数決定

モノを売買する企業で在庫管理業務に携わった方であれば、「新聞売り子問題」をおそらくご存じだろう。これは、新聞スタンドで売る新聞を毎日何部仕入れるのが最適かという問題だ。新聞の仕入単価、販売単価、処分単価が所与であり、新聞販売数が確率分布に従うという前提が設けられている。

先の図1~3で仕入数を所与としたが、仕入数決定は店舗運営の意思決定事項の1つである。仕入数は、図1~3に描かれた累積利益曲線の水平成分の長さに相当する。店舗での仕入数決定と値引き決定の2つは、ある意味「隣接」している。しかし、現実には、仕入数決定と値引き決定の2つは、独立して行われることがほとんどだろう。

一般的に、問題を分割すると、問題を解きやすくなる。他方、問題を分割すると、分割すること自体が制約になり、最適から遠のいてしまうことがある。仕入れと値引きの2つの意思決定を統合して行う、別の言い方をすると、「値引きポリシーを考慮して仕入数を決定する」ことで、店舗利益が増す可能性が残っているのではないだろうか。

どこでDXが起きるか?・・・意思決定が多段階で行われる業務領域

本稿では生鮮品のダイナミックプライシングを取り上げ、仕入数決定と値引き決定という、隣接した業務での意思決定を統合することによって、利益が拡大する可能性に言及した。もちろん、2つの問題を1つに統合して解こうとすると、計算が複雑になる。しかし、昨今の技術革新で計算処理能力が向上しつつある。計算所要時間がボトルネックになるという理由で問題を解くのを諦めることが徐々に少なくなっているのではないだろうか。隣接する業務での意思決定を対象として、そこにDXが起きうるかどうか妄想してみるというのはいかがだろうか。

去る2022年9月、筆者は米国ナッシュビルで開催されたCSCMP EDGE 2022の会場を訪れた。これはサプライチェーンマネジメントの専門家が集まるイベントだ。印象に残るセッションがあった。取り上げられたのは、プリンストン大学名誉教授Warren Powell氏が提唱するSDA(Sequential Decision Analytics;逐次意思決定分析)だ。これは、極めて単純にいうと、不確実な状況下での意思決定を多段階に分け、逐次行うことによりサプライチェーンの各種パフォーマンスを改善する手法である。値引きを複数回行うタイプのダイナミックプライシング、「値引きポリシーを考慮した仕入数決定問題」はこの範疇に含まれると考えられる。

興味深いのは、意思決定に関する広範な領域で研究経験を持つ同教授が、モデリング手法の将来の見通しを次のように述べていたことだ。「ルールベースの人工知能が始まったのが1960~70年代、最適化は1990年代、機械学習は2005年、強化学習は2015年だった。その後の2020年代にはSDAがやってくる」と。DXが、意思決定が多段階で行われる業務領域で起きることを期待したい。

参考資料

  • 1.  

    鉄道運賃に変動制、混雑時高く 国が制度設計へ(日本経済新聞;2022年7月26日)
    https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA261SR0W2A720C2000000/

  • 2.  

    GS1 Industry and Standards Event 2022でのセッション「Global Migration to 2D」(2022年9月21日開催)

  • 3.  

    den Boer, A, et al. “Waste Reduction of Perishable Products through Markdowns at Expiry Dates”, Boston University Questrom School of Business Research Paper, No. 4151451

  • 4.  

    Kayikciab, Yasanur, et al. “Data-driven optimal dynamic pricing strategy for reducing perishable food waste at retailers”, Journal of Cleaner Production, Volume 344 (2022)

  • 5.  

    Sequential Decision Analytics and Modeling
    https://castlelab.princeton.edu/sdamodeling/

執筆者情報

  • 水谷 禎志

    産業ITイノベーション事業本部 産業デジタル企画部

    上級コンサルタント

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn