データマネジメントによるデータの利活用に注目が集まっていますが、なかなか手をつけられていない企業が少なくありません。大量のデータはあるものの、十分に管理しきれずビジネスに活用できていないのです。これを解決するには、まずデータマネジメントの基盤となるデータ整備について考える必要があります。そこで本記事では、2回に分けて、マスターデータマネジメント(MDM)について取り上げます。第1回目では、データ整備の重要性と、整備する上で見ておくべきポイントについて解説します。
執筆者プロフィール
関西ITコンサルティング部 松田 真:
2002年、SIerに入社し業務アプリケーションシステム開発や品質管理に従事。その後、監査法人系列コンサルティングファームでリスクマネジメントコンサルティング業務を経験後、2009年に野村総合研究所に入社。関西圏の企業・団体向けに、IT組織の構造改革・伴走支援を中心としたシステムコンサルティング業務を行っている。中小企業診断士、公認システム監査人(CISA)。専門は、ITガバナンス・デジタルガバナンス整備、COBIT5/2019、データマネジメント、情報セキュリティ、システム監査。
目次
はじめに
こんにちは。野村総合研究所 関西ITコンサルティング部の松田です。
関西の製造業を中心に、デジタルガバナンス整備に関する支援などを行っています。今回は、その中のマスターデータマネジメント(MDM:Master Data Management=マスターデータ管理)について取り上げます。
AIの進化で再注目されるデータマネジメント
商品開発やマーケティングなどビジネスの様々な局面においてデータが活用されるようになっています。データをどれだけうまく活用できるかが、企業の競争力を左右する時代だと言えます。一方、データの重要性は認識しているものの、実際には活用しきれていない企業が多いのが現状です。大量のデータを貯めこんでいるだけで、ビジネスに活用できる形で管理できていないからです。
データ管理に求められるものも、変化しています。従来は、「データをどう処理するか」が重要でした。データをどういうロジックで処理すればよい結果が出るか、ロジックの組み立て方によって、事業判断が左右されていたのです。しかし、人間がロジックを組まなくてもデータから自動的に学習できるAIが登場しました。こうなると、ロジックよりも「データの正しさ」の方が重要になってきます。どれだけAI技術が進化しても、インプットするデータが正しくなければ、いいアウトプットが得られないからです。
そのため、「正しいデータ」を蓄積、管理、提供するための活動「データマネジメント」に注目が集まっています。
まずやるべきことはマスターデータの整備
データのビジネス活用において、まずやるべきことはマスターデータを整備することです。
データにはマスターデータとトランザクションデータの2種類あります。マスターデータは商品や取引先などの比較的変化が少ない情報で、トランザクションデータは生産や流通、販売などの過程で次々と生み出される情報です。
トランザクションデータは、データ分析やAIの教師データとしてよく用いられるため、つい目がいきますが、重要なのはマスターデータの方です。なぜならトランザクションデータはマスターデータを参照するため、マスターデータが間違っていると影響が広範囲に及んでしまうからです。マスターデータがひとつでも間違っていると、膨大なトランザクションデータが影響を受けますが、トランザクションデータが1つ間違っていても他が影響を受けることはありません。
もしマスターデータが正しく整備されなかったら
もしマスターデータに問題があった場合、どのような影響があるでしょうか?ここでは、製品の仕様変更の際にマスターデータの更新に失敗した例を紹介します。
製品の仕様変更を行う際、変更後の製品には変更前の製品とは違う新しい製品番号を付けなければなりませんが、担当者が誤って同じ番号を付けてしまいました。同じ番号に2つの異なる製品が結びついてしまったのです。変更履歴も残っていませんし、新しい取引データは正常に処理できてしまうため、だれも間違ったデータの存在に気づきません。
しかし、過去の製品データや販売データ、顧客データをもとにAI分析した場合、出てくる結果は不正確なものです。このケースの場合、仕様変更前と後の販売データがあたかも同じ(仕様変更後の)製品の販売データのように扱われてしまいます。もし、変更後の製品に似た特徴をもつ新製品を開発して、その将来売上を予測しようとしても、関係のない変更前分も混在した販売データで分析がなされてしまいます。その結果、大切な意思決定において判断を誤ってしまうことになります。
マスターデータを整備することの重要性をお分かりいただけたのではないでしょうか。データをきちんと整備することによって、こうしたリスクが排除でき、効果的なデータ活用が実現できるのです。
マスターデータに必要な4つの要件
では、こうしたリスクを回避するために、マスターデータには何が求められるのでしょうか?
次の図に、マスターデータのデータ構造の一例を示します。
この図のように、データ同士を正しく関係づけるためのデータ項目を設定しておくことが重要です。
マスターデータは、以下の4つの要件を満たすように定義する必要があります。
-
①
過去のある時点のマスターデータを再現できること
-
②
データの遍歴を時系列に追跡できること
-
③
階層構造に沿ってデータが正しく関係づけられること
-
④
全組織・システムに同じデータを配信できること
各々について解説していきます。
-
①
過去のある時点のマスターデータを再現できること
マスターデータの過去のある時点の情報を、人手をかけずに「自動的に」再現できることです。そのために、データの履歴情報をすべて保持しておく必要があります。 -
②
データの遍歴を時系列に追跡できること
マスターデータの遍歴(製品であれば、例えば仕様変更前の製品コードと仕様変更後の製品コードのつながり)を時系列にしたがって「自動的に」追えるようにすることです。製品・取引先コードの遍歴を追跡することで、複数のコードを同一の製品・取引先グループとして分析できます。 -
③
階層構造に沿ってデータが正しく関係づけられること
マスターデータに階層がある場合、最下層のデータを選択したら、最上層のデータを「自動的に」特定できるようにすることです。
最下層のデータから階層をさかのぼる際、複数の候補が出てきてしまうと、人が判断しなければならず、大量のデータを短時間で処理するのは困難になるためです。 -
④
全組織・システムに同じデータを配信できること
マスターデータを必要とする組織やシステムに、「同じデータを」配信することが重要です。これは、各組織が作った独自のマスターデータではなく、すべての組織で共通のデータを使って業務ができるようにするためです。
マスターデータが上記の要件を満たすことで、「同一のデータ」を「自動的に」処理できるようになります。いかに人が手をかけずに、システムやAIが膨大なデータを正しく効果的に扱えるようになるかがポイントです。マスターデータを管理する基盤を整備することで、データの活用が大きく前進するでしょう。
データ活用の効果を最大化するマスターデータマネジメント(MDM)とは
ここまで、マスターデータ整備の重要性と求められる要件について説明してきました。データ活用の効果を最大化するために、このマスターデータを単一のデータソース(マスターデータ基盤)で管理し、常に最新で正しい状態にしておく必要があります。そうでなければ、ビジネスにおける意思決定に活用することはできません。こうした一連の活動を「マスターデータマネジメント(MDM)」といいます。
MDMの導入を検討する際には、まずマスターデータについてどのような問題が生じているか、そしてMDM導入によって問題を解決することでどの程度の効果が得られるかを明確にしましょう。すなわち、MDM導入前に、マスターデータに関する「問題の洗い出し」と「効果の明確化」を行うことが重要です。そうすれば、投資対効果が明確にすることができ、MDM導入を前進させることができるでしょう。
問題の洗い出し
マスターデータの問題の洗い出しにあたっては、問題を3つのタイプに分けて考えるとよいでしょう(下図)。
-
1.
マスターデータを保持・管理する組織(つまり、登録・変更・削除を行う組織)における問題
-
2.
マスターデータの連携を受けて業務を遂行する組織における問題
-
3.
マスターデータを含むデータを使って分析を行う組織における問題
例えば、マスターデータの登録・管理を行うマスターデータ保有者は「タイムリーに発番/廃番できていない」などの採番業務に関する問題を抱えている可能性があります。また、連携先の業務担当者からは「マスターデータが不完全なので手作業で追加・修正している」といった問題があがってくるかもしれません。商品売上の分析担当者から「品番の遍歴を追跡できないため、旧品番と新品番をつなげた傾向分析ができない」といった、マスターデータの構造的な問題が出てきた実例もあります。
こうした問題をそれぞれの組織の担当者からヒアリングし、整理することが必要になります。
効果の明確化
MDM導入における効果の明確化は、「洗い出した問題」に対して測るのが有効です。現場の問題を「どれだけ解消できるか」がポイントとなります。実際に何をもって効果を測るかは、以下の3つの観点で考えるのがよいでしょう。
-
1. 効率性の観点:
業務負荷(人手による名寄せ、データの登録)がどこまで下がるか
-
2. 正確性の観点:
マスターデータが正確になることにより、どのような業務リスクが下がるか
-
3. 有効性の観点:
マスターデータが整備された場合に、どのような分析や学習が可能になるか
効率性の観点に関しては、定量的な表現が望ましいですが、正確性と有効性については、定性的な情報で十分です。現在、および未来に、どれだけのプラス効果があるかを整理していきましょう。ただし未来に生じるであろう効果を具体化するのは限界がありますので、やりすぎないように心がけましょう。
おわりに
今回は、マスターデータマネジメントの重要性と整備する上でのポイントについて解説しました。データ利活用に取り組むためには、マスターデータ基盤の整備が重要ですが、認識はしていてもなかなか取り組めていない企業が多いです。
その背景には、大量のデータを前に何から手をつければいいのかが分からなかったり、確実に効果を上げたいとするあまりに、検討・検証に時間をかけすぎてしまったりしていて、前に進められていないという現状があります。
市場環境は目まぐるしく変化しています。立ち止まって考える時間も必要ですが、マスターデータマネジメントはやってみなければわからない要素が大きいです。答えの出ない問題はいったん置いておき、PDCAを回しながら階段を一段一段上っていくことをおすすめします。次回は、マスターデータマネジメント導入の進め方や挫折しないためのヒントについてお届けします。
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