製造・小売等の荷主企業にこそ求められる「物が運べない時代」への対策
執筆者プロフィール
システムコンサルティング事業本部 阿久根 智之:
2007年に野村総合研究所に入社。金融業のシステムエンジニアを経て、現在は金融やインフラ、物流業界等に対して、事業創出・業務改革、IT戦略、ITガバナンスなどのコンサルティング業務に従事。専門は、デジタルを活用した事業変革や新事業創出、デジタル/IT戦略、業務改革実行。
はじめに
野村総合研究所システムコンサルティング事業本部の阿久根です。
近年、物流危機が叫ばれ、物流のリソース不足が大きな社会課題として取り上げられています。
物流業界では危機感を持って既に各企業で対策を進められていますが、小売業や製造業など物流を委託する側の「荷主企業」にとっても放置できない課題となっています。従来のように商材を運ぶことができなくなる、あるいはできたとしても費用が増大する懸念があり、それが事業継続する上での大きなリスクとなりかねないからです。このため、荷主企業としても、物流危機を「物流業界が対処してくれる対岸の火事」と捉えず、自ら積極的に対策を講じていくことが重要となってきます。
パートナーである物流企業に対策を委ねず、荷主企業が自ら対策を講じていかなければ、物を運べなくなる時代がまさに来年、再来年にも到来してしまうのです。
物を運べない時代の到来と、荷主企業にとってのリスク
従来、物流は委託する側の立場が強く、依頼をすれば業務を委託でき、要請に応じて個別対応など柔軟な対応も期待できる傾向にありました。
ところが、物流の労働力不足によって、こうした傾向が続かなくなる可能性があり、要求の厳しい仕事は受け手を見つけられなくなる事態も起こりつつあります。中でも、いわゆる2024年問題と呼ばれる、自動車運送業の時間外労働の上限が年間960時間に制限される法改正に伴うトラックドライバーの労働量減少の影響は大きく、NRIの試算では2025年には全国の35%もの荷物を運べなくなるとみられているのです。(詳細はNRIメディアフォーラムの記事をご参照ください。https://www.nri.com/jp/knowledge/report/lst/2023/cc/mediaforum/forum351)
こうした背景から、物流料金の値上がりする一方で、運送頻度が低下し、委託そのものも困難となるケースが現実問題となっているのです。物が運べなくなれば事業・サービスを維持していくこともできなくなってしまいます。仮に、「運べない事態」は運良く回避できたとしても、物流コストがかさむと事業やサービスの競争力に影響するのは必至です。
製造業や小売業の場合、物流コストは売上高の約5~7%と大きな比率を占めており、物流コストの高騰により競争力低下を招く恐れもあります。物流危機は荷主企業にとって事業の競争力を左右する問題として捉えた方がよいでしょう。
また、物流に対する荷主企業の責任も拡大する流れにあり、社会的責任を追及されるリスクも生じています。国交省では長時間労働や荷役災害を引き起こした荷主企業に対して再発防止勧告や事案を公表する荷主勧告制度を整備しています。経産省・国交省・農水省が主催する「持続可能な物流の実現に向けた検討会※」では物流労働時間削減に計画的に取り組むよう、荷主企業も対象として法規制化の可能性も含めて検討がなされていくようです。また、プライム市場上場会社に対して、委託先の物流領域についてもGHG排出量の報告を求められることも物流に対して荷主企業の責任を求める例と言えます。このように、物流への荷主企業の関わりや責任がこれまで以上に求められる環境となりつつあります。
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※
出展)経済産業省 2023年2月持続可能な物流の実現に向けた検討会
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/sustainable_logistics/pdf/006_s01_00.pdf
物流危機の回避における荷主企業の重要性
荷主の責任が求められる背景として、物流改革を実現するためには、荷主企業による協力が非常に重要である点が挙げられます。物量や荷物の形状、納期などの条件を決めているのは荷主企業であり、物流企業は基本的にはこの条件の中で効率化を検討することとなるため、物流企業だけでは改善にも限界があるからです。ドライバーの労働時間は数年横ばいを続けているほか、トラックの積載率も2010年以降、40%以下の低い水準で停滞していることはその一端を示しています。(経産省・国交省・農水省「我が国の物流を取り巻く現状と取組状況」)
この状況に対して、物流の条件をコントロールできる荷主企業が協力することで、大きく改善効果が拡大する可能性があります。例えば、物流企業のみでは荷物の納品時刻を変更できませんが、荷主企業の関与により、到着時間などの条件を見直すことが可能となります。NRIが過去に行った机上試算の中では、トラックの到着時刻の時間幅を前後15分間許容することで、20%のトラック台数削減を可能としたケースも存在しています。前述の通り、35%もの荷物が運べない時代が迫っている中、こうした物流効率の向上は非常に重要となります。
同様にトラックの必要台数を抑制する手段として、他企業との共同配送や中継輸送といった手段がありますが、これらの施策を行うことで輸送時間が延びる傾向にあるため、施策を実現するには、荷主企業が到着時刻の変更を許容する等の協力をすることが求められます。
直近では、物流の供給量に大きな影響を与える「2024年問題」に向けて、持続可能な物流を作っていくことが最優先事項となります。対策を物流企業に委ねるだけでなく、自社の問題と捉え物流企業と一体となって取り組むよう意識と行動を変えていくことが重要となります。
物流危機の回避に向けて荷主企業が行うこと
直近で求められる2024年問題の対策として、大きく4種類を挙げることができます。いずれも荷主企業の協力により検討可能な施策の幅が広がります。
2024年に向けたトラック輸送への対策(例)
対策の種類 | 荷主企業の協力により行いやすい検討の例 |
---|---|
① 既存の物流を効率化する | 荷主企業の拠点への到着時刻など条件緩和による効率化、パレット活用や到着拠点側での荷待ち削減の工夫等によりドライバー拘束時間を短縮 |
② 輸送手段や方法を変更して効率化する | 他企業との共同配送や鉄道・フェリー等の輸送手段を採用できるよう、輸送条件の緩和や、混載を可能とするよう梱包形状の変更 |
③ 輸送量を減らす | 商品や梱包形状を変えることで必要なトラック台数を圧縮、生産や納品の計画を変えることで配送頻度を低下 |
④ ドライバーを増やす | 拠点における荷待ちや付随作業の削減、中継輸送や拠点再配置を行い日帰り輸送化・短距離化などでドライバーの労働条件を改善 |
また、近年は物流の改善を支援する各種サービスやツールが登場しています。例えば、トラック輸送の最適化計算(自動配車)や、共同配送相手の探索、輸送マッチング、鉄道/フェリー等と連携したマルチモード検討といったサービスです。これにより、現場でブラックボックス化していた輸送の世界をデータで捉え、科学的アプローチで対策を考えることができる環境になってきています。
データの有無により、物流改革の検討の幅が大きく変わってきます。荷主企業と物流企業が協力し、荷主企業が持つオーダーや計画・予測等のデータと、物流企業が持つ輸送計画やリソース、実績等のデータを相互共有し、改善の検討を進めていくことも非常に重要となります。
改善の検討に有用となる輸送関連データの一例
- ・ 物流オーダー情報: どこからどこに、いつまでに何を何個運ぶ必要があるか
- ・ 荷物情報: サイズ・荷姿、重量や、温度など取り扱い条件
- ・ リソースデータ: 使える車両の数、積載可能量・稼働時間、拠点のキャパシティ
- ・ 配送データ(計画/実績): どこからどこに、いつどのような車両で運行を行ったか
- ・ 積載データ: どこ車両にどこでどの荷物を積んだ/卸したか
また、物流の実績や現場実態を表すデータも取得しやすくなってきているため、活用したいが不足するデータを明らかにした上で荷主企業と物流企業が協力してデータを取得していくことも非常に重要です。
まとめ(最後に)
「物を運べることが当然」という時代は過去のものとなりつつあり、商材を運べず事業を継続できなくなるリスクや、物流コストの高騰で事業・サービスの競争力を棄損するリスクが目の前に迫っています。
対策を物流企業に委ねるだけでなく、荷主企業が自ら協力していくことで改善効果が大きく拡大する可能性を帯びてきます。物流危機に備えていくために、物流企業と共に持続可能な物流を自ら作り上げるべきです。
NRIは荷主企業や物流企業の皆さまと一緒に日本の物流をより良いものにしたい、社会課題となる物流問題の解決に貢献していきたいと考えています。持続可能な物流に向けた準備や、改善施策の検討やデータの取得・活用などにお困りの際はぜひご相談ください。
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